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鋼の火  作者: 古代紫
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親友の今

 追跡隊は100名ほどで編成された脱走兵2名を追跡するには少し規模が大きかった。しかし、隊員たちは風の噂で追跡対象を知ると、100名でもまだ少ないのではないかと皆が思った。

 メーブ・メラ軍最高戦力、通称『死神』。戦闘機の援護もないこの程度の戦力では、破壊はおろか小破させることもできずに返り討ちに合うだろう。

 不安を抱えながらの追跡隊に昨夜、悪夢が襲った。

 まさに追跡対象だった死神が追跡隊を攻撃してきたのだ。追跡隊が発見すると同時に死神からの初撃の光。隊員たちは死神が味方だったからこそ知っている。アレにはそれ相応の準備がないと太刀打ちできない。

 しかし、その『準備』はしっかりとしてあった。隊員たちが見たのは空に浮かぶ死神に向かって一直線に伸びる白い光。ミサイルや機関銃といった類ではない。明らかに〝飛んでいる”何か。星のきらめく夜空で死神と交錯し、轟音爆音破裂音が響いた。戦闘機ではないもっと小さい、それこそ、死神がもう一機いるような錯覚。

 死神と〝何か”の戦闘は痛み分けに終わり、死神はどこかへ去っていき、〝何か”は帰投した。幸い、死者は出なかった。負傷したものの手当と損害を受けた機器の修理、その他もろもろの雑務をこなしている中、一部の隊員はその〝何か”を見た。

 死神と同じくらいの年齢の少年だった。



 昼食休憩中、アルは横にいるナコルをちらちらと見ては、終始落ち着かない様子でいた。話すべきか、このまま黙っておくべきか。悩み続けて結果を出せずにいた。

 でも、アルにはナコルの今が少し分かりかけていた。だんだんおかしくなってきている。変なことを話したり、奇妙なことをしたわけではない。どちらかというと不活発になった。元気がなくなったとでもいうべきなのか、心が無いように感じてしまうことが時々起こるようになった。ナコルは疲れている。肉体面よりも精神面で、疲労しきっているのだ。

 塔にいる間は訓練は嫌いだったけど、友達とふざけあったりして楽しかった。もちろん、戦争に駆り出されたときは怖かった。けれど、ナコルやテオドールがいるから、村に帰れなくても明日に希望を持てた。

 けれど、今はあまり楽しくない。ナコルに笑顔が無いから。テオドールやラーファもいないし、最近仲良くなったクラリスもいない。ふざけあって笑うこともできないし、今まさに悩んでいることも話せずにいる。


 結局、アルは昼食を他の仲間としゃべりながら食べた。時々ナコルに目を向けたが、ずっと一人でいた。他の仲間もナコルに変に気を使い、話し声も終始抑え気味だった。


「ナコル・アイマール、アル・ランプリング。呼び出しだ。四号車に来い」


 食べ終えるころ、上官からそう告げられた。詳しいことは話されないのはいつものことだ。

 ナコルと二人で四号車に向かう。アルにもナコルにも呼び出された原因に心当たりがない。何か失態を犯したわけじゃないし、強いて言えば、今まさに追っているラーファのことだろうが、それは塔にいるときにすでに話した。どんな人物だったが、何を話していたか、不審なことはなかったか。友達を売るようでいい気分はしなかったが、彼に後ろめたそうなことは何もなかったので、正直にすべてを話した。今更聞かれることなんてないはずだ。


「なんのことだろうね。ナコル、何か知ってる?」

「いや、何のことか全然わからない。アルにも心当たりは?」

「僕もわからない。なんで呼ばれたんだろう」


 ナコルと話しながら歩いていると、いつの間にか四号車の前に着いた。この車両は他の車より二回りほど大きい。武器輸送車でも通信設備でもない。この車両だけは今までに見たことがない方で、妙な違和感が二人に伝わってくる。


「失礼します。呼び出しにて来ました。ナコル・アイマールです」

「アル・ランプリングです」


 躊躇していても仕方がないと、四号車の後部にある入り口の扉の前で声をかける。「入れ」とすぐに返答があった。


「行くか」

「うん」


 二人ともこの時点で良くないことへの予感はあった。なぜ自分たち二人だけがここに呼ばれたのか、昨日の戦闘から翌日の今日でもある、そして、ここ最近姿を見ていないテオドールのことも。

 得てしてこういう予感だけは当たるのだ。良い予感は当たらないくせに悪い予感だけはズバリと当たる。


「……よぉ」


 中は小さな研究室のようだった。壁一面の機械、コードが張り巡らされ、おそらく交換用の兵器が奥でそろえられている。ナコルとアルはこれと似たような部屋を見たことがある。戦闘機の整備室がこれと同じような見た目だった。そして、部屋の中心のベッドに座り、片手を上げているのは昔からよく知る友達。

 アルは首をかしげる。


「テオ? なんでここにいるの?」


 二人の考えのすべてはその言葉に集約されていた。部屋の中心にいるテオドール、まるで整備台とでもいうように配置されている硬そうなベッド。そして、それを中心に配備されているもろもろの機械。技術者と思われる数人の白衣を着た男たち。

 これじゃあまるで……。


「班長さん。ちょっとこいつらと外で話したいんだが……いいか?」

「すぐに戻って来いよ、まだメンテは終わってないんだ」


 まだ状況を把握できないでいるナコルとアルを連れて、四号車の裏へやってきた。周りを見ても人はまばらだし、その人ですらこちらのことは気にも留めていない。

 まず口を開いたのはナコルだった。


「テオ、どうしたんだよ。お前どうしてこんなところにいるんだ? ずっと探してたんだぞ!」

「わりぃ。戦武会の後、異動になったんだ。したら、しばらくずっと忙しくてさ……心配かけたのは悪いと思っている」

「異動って……特殊機動部隊?」


 塔の張り紙で見た。アルとナコルも追跡隊に編入されたが、それはあくまで5番隊からだった。その時はテオドールの所属に疑問を抱いたが、間違っていなかったのだ。あの時点で既にテオドールは特殊機動部隊に所属していた。

 うなずくテオドールにナコルが食って掛かる。


「だからって少しくらい声かけてくれてもいいじゃないか!」

「だからわりぃって言ってるだろ。ずっと忙しかったんだ……わりぃ」

「だから!」

「やめてよナコル! テオが無事だってわかったんだからいいじゃん。ね? 確かに心配だったけどさ、それでもテオは全然無事だったんだし……」


 アルは声を荒げるナコルを見ていられなくなり、言葉を遮った。せっかく久しぶりに会えたというのに、喧嘩なんてしたくない。見ていられない。

 アルに言われ、ナコルは胸にふつふつ湧いた感情を抑え込む。親友のアルに言われては黙るしかない。それに、テオドールも同じ村出身の親友だ。何度も対立したが、本気で喧嘩はしたくない。

 溜まった体温を吐き出すようにため息。ナコルは自分が落ち着いたと確認する。


「で? なんで特殊機動部隊に移動したんだ? あれ、エリート戦闘機とかの少数精鋭部隊だろ? 確か……死神もそこじゃなかったか?」

「違うよナコル。テオは特殊機動部隊、死神は特別機動隊。エリート戦闘機とかの部隊も特別機動隊だよ」

「げ、ややこしいな。何が違うんだよ……」


 1文字、2文字しか変わらないほぼ同じ隊名を聞いてナコルは顔をしかめる。上層部の連中のネーミングセンスと語彙力の無さを呆れると同時に、そんな紛らわしい部隊名をしっかり区別して覚えているアルに、少なからず驚いた。


「あー、それは俺も思った。特別(・・)機動隊は死神が隊長をやっている――いや、やっていた(・・・・・)部隊だ。で、俺が所属しているのが特殊(・・)機動部隊。特別機動隊の下の組織で、俺のために作られたような……実験的な部隊だって聞いた」

「ややこしいな」

「覚えなくてもいいだろ」


 なおもしかめっ面なナコルをテオドールは笑う。馬鹿にされたようで気分の良いナコルではないが、そんな意味があったわけじゃないことはわかっている。長く付き合ってきたからわかる。


「5番隊には戻らないの?」

「うーん、戻れれば戻りたいんだけどなぁ」


 アルへの答えの歯切れが悪い。アルとしてはできれば三人でずっと5番隊に所属していたいのだが、そうもいかないようだ。


「じゃあ仕方ないか。それならさ、時々テオから会いに来てよ! いままでも訓練以外の時はそうだったでしょ?」


 何ら変わらない。ちょっと会える時間が減っただけだ。一生会えないわけではないのだから、何一つ悲観することなんてない。

 アルもナコルもそう思った……笑みを絶やし、視線を逸らしたテオドールを見るまでは。


「……テオ?」


 どちらからもなく呼ぶ声は、一拍置いてからテオドールに届いた。無意識の底から嫌な予感が沸き上がる。思考の奥が暗くなる。視界の端がぼやけていく。


「あぁ……わりぃ……」

「なに? なんであやまるの?」

「わりぃ、実は――」

「テオドール。そろそろメンテを再開するぞ。準備しろ」


 追及されてはバツが悪いとテオドールはうつむく。だがすぐに車両の陰から呼んだ研究員の声に遮られた。

 言い終わるとさっさと車内に消えていった研究員をにらみ、舌を打つテオドール。その顔は「余計なことを言いやがって」と語っていた。

 そして、それを聞き逃すナコルとアルではない。すかさずナコルは疑問をぶつける。


「テオ、メンテって何だ?」


 メンテなんて言葉、普通の人間に対しては使わない。普通の人間には『健康診断』とか『定期健診』などを使う。少なくとも『メンテ』、『メンテナンス』は機械などに使う言葉であって、テオドールに対して使うには違和感が過ぎる。

 その時、ピリッと、何かがアルの脳裏にフラッシュバックした。

 それは昨夜の記憶。星の輝く夜空で交錯する2機の何か。爆発で見えた2機のうち、1機はおそらくは死神。そしてもう一つは……。


「テオ、話して! 昨日の夜、テオは何してた!? 言って!」


 考えるよりも体が理解した。直感で答えを導き出し、体がそれを確かめようと動いた。

 アルは自分より上背のあるテオドールの胸ぐらをつかみ、鬼気迫る表情で問い詰めていた。

 普段は気の弱く、滅多に起こったことのないアルの姿を見て、ナコルもテオドールも気圧される。「分かった、言う言う! だから放せ!」とアルをなだめ、テオドールは二人に向き直った。さっきまで笑っていたテオドールとは少し違う、真面目な顔つき。

 「見せた方が早いな」とテオドールは右手を伸ばした。ナコルは握手を求めているのかと思ったが、あどうもそうじゃないらしい。黙って、差し出された右手に注目しておく。


「待って」


 なんでそう言ったか分からない。けれど、アルの言葉は小さく、二人に届くことはない。

 体が拒否していた。嫌な予感がした。さっきテオドールに会うまで感じていたあの(・・)感覚だ。気のせいだと思ったが、そんなことはなかった。嫌な予感ほどよく当たるのだ。


 テオドールが右手に軽く力を入れたかと思うと、その腕を無機質なモノが覆い隠し、形を作っていった。腕を覆うは鋼、その鋼は腕から生えている。いや、腕が変形しているのか? どちらかなんて二人には分からない。金属と金属がぶつかる音、妙なモーターの音、およそ人から聞こえるはずもない機械音がテオドールの腕から発せられる。元が人間の腕だなんて想像できない、金属質で光沢のある角のある形。

 やがて動きが止まり、ナコルとアルもよく知るものをテオが持っていた。いや、違う。テオの腕がよく知るものに変形していた。

 それは、腕より少し長い機関銃。テオドールの肩から生え、腕より二回りも大きい銃身と長く伸びた銃口。間違っても人間の体に生えてくるべきものじゃない。

 嘘だ。アルは心の中で叫んだ。けれど、目の前で起こっている現実が怖くて、言葉に出なかった。


「体を兵器に改造した。早い話、死神と同じ体になった」


 それからのことは、覚えていない。




 ナコルに連れられ、割り当てられた車両に乗り込む。もうすぐ出発する追跡隊は皆があわただしく作業している。そんな中、放心状態で心ここにあらずなアルは動きが緩慢だった。


「アル、ショックなのはわかるけどさ、危なっかしいぞ」


 アルは車両に乗るときも足を滑らしそうになったのだ。ナコルが心配して声をかけるも、アルは小さくうなずくだけだ。


「まぁ、俺もびっくりしたけどさ、結局テオは無事だったわけだし……気にすんなって」


 ピクッとアルが反応した。

 気にすんな?


「ナコルは……ショックじゃないの?」

「え、そりゃあショックだけどさ」

「なんで?」

「は?」

「なんで気にしないでいられるのッ!?」


 いきなり怒鳴ったアルに周囲から注目が集まるが、皆はすぐに作業に戻った。

 ナコルは今日2度目のアルの大声にたじろぐ。


「なんでって、あいつはあいつだろ?」

「僕たち親友でしょ? 心配じゃないの? テオがあんな体になっちゃって、ナコルはどーでもいいと思ってるんだ!?」

「なっ、どうでもいいとは言ってないだろ。それに親友なことに変わりはないだろ」

「じゃあなんで、そんな……いられるんだよ」


 アルの言葉はどんどん小さくなっていき、下を向いた口からは何も聞こえなくなった。ナコルは唇を噛んだ。アルの気持ちも分かるが、彼の口から漏れた言葉は、彼の本心だった。


「俺は村に帰れればそれでいいんだ。それが……一番大事なんだ」


 ナコルは踵を返し、アルから離れたところに座った。取り残されたアルは壁に背を預け、ずるずると体を落とし、膝を抱えて座った。


「どうしてこんな……なんで、みんな……遠くに行っちゃうんだよ……」


 ラーファは脱走し、クラリスも姿を見せなくなった。今日はテオドールと自分の距離を目の前に突き付けられた。そして、ナコルには自分の望みが伝わらない。


 アルの言葉は誰にも届かない。


 ただ、みんなと笑っていたいだけなのに。


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