戦争の歴史
メーブ・メラ軍からヘリで近くの駐屯地まで移動し、そこから軍用でない車を使い、荒野を走る。乗っているのはセンドラとクラリスの二人のみ。後部座席には簡単なキャンプ道具と食料品。それと、服と燃料だ。
運転席にはセンドラが座り、助手席には手錠で両手の自由が効かないクラリス。
「ねー、もしかしてずっとキャンプするつもりなの?」
「兵士なんだからそれくらい平気だろう?」
「まぁ私は平気だけどさ、なんでわざわざキャンプなのって思うのよね……駐屯地に寄ってもいいと思うし、宿に泊まるお金も支給されているはずでしょ?」
もちろん、兵士でなく研究員であるセンドラは野宿なんてしたくない。それでも持って行くのは、周りに宿がなかった時の緊急用だ。おそらく、クラリスもそれを見越しての質問だろう。こんなのはただの無駄話。本題はまた別。
「じゃあ……まずはあの研究の概要から……ね」
催促されて、若干躊躇する。もともとクラリスはガブリエルという固体名で研究されていた身なので、話しても問題ないと思うが、今の肩書ではただの兵士だ。機密情報なので、外部に漏らすのは気が引ける。
「知ったからにはあとで消されるかもしれないぞ?」
「私を消す奴なんているの? まぁ、それも覚悟だから話して」
一応逃げてはみたが、クラリスは許してくれなかった。仕方ないとあきらめるが、いちいちの命令口調には腹が立つ。
だが、相手にしているとだんだんと慣れていくものだ。息を吐くだけで腹のわだかまりも一緒に吐き出せる。
(慣れてきたな……まぁ、いいや)
考えを放棄すると、大抵良くないことが起こるものだ。しかし、予想される良くないことといえば上司から厳重注意されることくらいだ。相手がガブリエルなので何をいまさらと思うところもあるし、こいつの処分を俺に一任したあいつらが悪い。
「質問は話し終わった後だ」
「わかった」
センドラは目線を前に向けながら話し始める。メーブ・メラ軍の倫理を無視した研究を。
まず始まりは世界情勢から。科学技術が発展したおかげで出生率は維持したまま、幼児死亡率は減少。順調に少しずつ世界人口が増加していった結果、少しずつ人間の居住範囲が拡大した。環境保護政策がいくつもされたが、それでも増え続ける人間の生活を奪うことはできない。限界はあった。そうして少しずついびつさが増していき、いつしか人間の生活は薄氷の上のような危ういものになってしまった。それでも何かが壊れる予兆はなかった。昔から言われていただろ? 何年後には石油が無くなる……とか、何年後には異常気象により住める場所がなくなる……とか。言われてはいたが実際そんなことなかったし、あったとしても人間の生活……社会にはあまり影響のないものばかりだったんだ。だから、予兆はなかった。けど、確実に壊れ始めていた。
『絶滅スイッチ』って知っているか? それまで反映していた動物が突然急速に減少し、そのまま絶滅する。原因はわからない。いや、実際は環境の変化だとか生態系の変化だとかいろいろ理由はつけられる。だがどれも決定的な原因とは成り得ない。生き物のこんな絶滅の仕方を『絶滅スイッチが押された』と呼ぶことがある。そう、学者の間では人間も『絶滅スイッチが押された』と言われている。百億人以上いた人間もだんだん減ってきて、そろそろ最盛期の半分になったんじゃないか。正確な数? そんなの知らん。エネルギー資源も減ったし、環境も変わったし、人口減少のせいで人材も減った。そこで、かすかなエネルギーを求めて世界大戦勃発ってわけだ。
この国は当初は戦争には不参加だったんだ。それはお前も知ってるだろ。それに、この国と極東のとある国はブレイクスルーを起こした。そう、『メーブ・メラ』だ。本来、あんなにバカ高い塔なんて軍事拠点には向かない。それでもなぜ軍があそこを拠点にしているのか? その答えがあの塔の中にある。
『メーブ・メラ』とは何の名前か? それはあの塔自体の名前と、あの塔の中にあるとある装置の名前だ。空気と太陽から食料を作り出す装置だ。軍の中で毎日配給される食事があるだろ? あれを作っているのがメーブ・メラだ。味は保証できないがな。だが、味の問題は後でどうにでもなる。大事なのは今までと全く違った方法で人間の生活を支えることができるという点だ。この国の目下の問題だった食料問題はこれで解決した。メーブ・メラで生活するものだけでなく国中へ食料配給がいきわたるようになった。極東の国でも食糧問題は急務だったからな。あっちでも多くの人が飢餓から救われたんだろう。
だが、メーブ・メラは二つは作れなかった。いや、この世にすでに二つ存在しているから三つめか。作れたことは本当に奇跡だったんだろう。加えてメーブ・メラ……塔のほうだ。あの周辺は石油の産出地であり、他国との国境が近いし、海に面している。軍の拠点が置かれることも必然だったということだ。
なんであんなに高いかって? 話し終わるまで質問はするなといったろ? ……まぁいい。あの塔は昔の科学技術の産物であり、未完成の建物だったらしい。どこまで本当かわからないが、これくらいしかあの塔のうわさは聞かないしな……。『宇宙エレベーター』ってやつだ。宇宙まで届く建物になるはずだったらしいけどな。ごらんのとおり建設途中で白紙にされ、代わりにメーブ・メラの建造・保管・駆動場所として選ばれた。メーブ・メラはとにかくでかいし、周囲の環境も考えたら、あそこが妥当だったんじゃねぇか? 詳しくは知らん。無駄無駄言われてきた宇宙エレベーターも結局は有効活用されているから、完全な無駄じゃなかったんじゃないか。
「っと……こんなもんか」
「私たちの研究のことは?」
「あー、面倒くせぇなぁ……」
口ではそういっても、話はつづけてくれるらしい。センドラの話はクラリスもちょくちょく知っている内容だったが、塔の正体や今の世界情勢は全く知らなかった。メーブ・メラの食糧生産システムは少しだけ知っていたが、それでも塔の研究員の話を聞きかじった程度だ。興味は尽きない。
メーブ・メラは食料を生産できる。それはつまり、エネルギーを生産できるってことだ。と言っても、その研究が成功したのはごく最近なんだけどな。だがそれでも、この世界大飢饉、エネルギー不足の状況で他の国から見たらあの土地は魅力的な場所だったんだろうな。石油資源と食糧生産装置。まぁ……他国から攻められ、世界大戦勃発から少したってこの国も参加したってわけだ。
戦争が始まったせいで、世界人口の減少に拍車がかかり、環境破壊もイケイケどんどんさ。表現がダサいだ? ほっとけ。まぁメーブ・メラ辺りやここ辺りは昔から緑が生い茂ってたってわけじゃないが……。
そこでメーブメラ軍が考えたのは、環境の急激な変化にいかに対応できるかだ。核兵器を使ったせいで絶滅した動物もいるが、突然変異した新たなウイルスや細菌も増えた。病気も増えた。
試行錯誤の末、たどり着いた成果が……お前、ガブリエルだ。これはお前も知っていることだが、『完全免疫血清』を作ることができることがお前の力だ。……力と言うと語弊があるな。特性、性質とでもいうべきか。体内に入った自らを害するウイルスや細菌を正常な細胞に何ら影響させることなく排除させることができる。人間の本来持っている『成長するために使う細胞機能』を低下させ、その分の細胞の働きを免疫力に当てることで実現できた。まぁ、詳しく話してもわからないだろうから簡潔にまとめる。
ガブリエル、お前はあらゆる感染症に絶対に疾患しない。その代わり、12歳の体以上に成長しない。第二次性徴期が途中で不完全に終わる。
「と、まぁこんなもんか」
「長い……私のことについては省いてよかったのに」
「お前が全部話せって言ったんだろうが。あと、今更だが年上には敬語使え」
「え、私は22よ。あなたも同じくらいじゃないの?」
「……そろそろ30に近いな」
「え……?」
先ほどまでも真面目な空気と打って変わって、気まずい沈黙が流れる。クラリスの横で運転するはどう見ても20代前半の男。
「……嘘」
「悪かったな童顔で!」
「わっ、ちょぉ!?」
突然車の速度が上がり、クラリスは体を背もたれに押し付けられた。先ほどまでのわずかな揺れとは打って変わり、激しく上下運動する。
それもそうだ。20代前半の人間が研究員になれるわけないし、ここまで軍の秘密を知っているわけがない。
「ラファエルとミカエルのことを聞いてない――」
「あぁ? 後にしろ!」
「ごめんなさい。後でいいです」
怒らせてしまったようだ。今はとても聞ける雰囲気じゃない。
車は荒野を砂煙を巻き上げながら一直線に西へと向かう。
◆◇◆◇◆◇
夜の星空を見上げるには、いつもより一人足りない。二人の目に映る澄んだ景色は昨日と相も変わらず綺麗だ。
ミルは帰ってこなかった。マツダは帰ってくると確信しているようだが、ラーファとクロエには不安でしょうがない。人一人が抜けた穴を埋めることは難しい。それも一番よくしゃべり明るかったミルがいない。
クロエとラーファはマツダに背中を預けて足を延ばして地べたに座っている。明かりは消しても月の光で十分。明るいからこそ、一人足りないという寂しさがよく分かる。
クロエは横に座るラーファをちらりとミル。今までは知ってきた方向の空をじっと見て動かない。
彼の目はクロエには見えない。彼の表情の変化もクロエにはわからない。彼が何を考えているかなんてわかるわけがないし、彼の望みもわからない。ただ一つ、ミルがいなくなって寂しいということだけはわかる。
何度もマツダに聞いたが、帰ってきたのは「ここらへんで待ち合わせだ」だけ。ラーファはそれを信じているのか、ずっと空を見つめて動かない。
まだ会って間もないが、クロエから見てもラーファの頭に常にあるのはミルだとわかる。彼の手はいつもミルを握っていた。彼の隣にはミルがいた。その彼が一人で空を眺めている。そんな姿を見ていると……もっと寂しくなる。
居ても立っても居られなくなり、クロエは右腕をラーファに伸ばす。そして、そのまま彼の後頭部をポンと叩いた。そして、首だけ動かすラーファの襟首をつかんで、自分に引き寄せた。膝にのせて両腕でラーファを抱く。クロエの思った通り、ラーファはされるがままだった。
「だいじょーぶ。マツダも言ってるし、ミルちゃんはすぐ帰ってくるよ」
根拠なんてない無責任な発言。だけれど、不思議と確証は持てた。嘘っぽい言葉だけど……。
「信じていれば、だいじょーぶ」
両腕に力を込める。腕の中のラーファは何も言わずにうなずいた。吹く風が二人の髪をはためかせる。少し寒い。クロエとラーファは自然と体が丸くなる。
「後部座席に毛布がある。羽織れ」
「ありがとう。マツダ」
朝早く起きるにはもう寝なければいけない時間だが、誰も寝る様子はない。いつの間にか決定したのだろうか、ミルが返ってくるまで待つ……と。
クロエはラーファを抱き、上には毛布を羽織っている。人と人が重なるとこんなにも暖かい。いつぶりだろうか、こうやって人の温もりに触れるのは。そして、それまでの寒い夜が記憶から湧き上がってきて、振り払った。
寒い夜は要らない。記憶ですら要らない。
今、この温もりさえあればいい。でも、これも次の町まで。そこでこの子たちとはお別れ……。
……え、お別れ?
「ねぇ、ラーファ?」
「……ん」
考えたくなかった。だから、考えをそらした。目を向けないように逃げた。逃げることは悪いことじゃない。今はこの幸せに浸っていたい。
「ミルちゃんが帰ってきたらね、今みたいに思いっきりぎゅってしてあげなよ」
「……」
「そしたら、あの子すっごく喜ぶから。ね?」
「うん」
小さな声だが、即答だった。かわいい。
「ラーファはミルちゃんが大好きなんだね? 目に入れちゃうくらい?」
「……?」
首を傾げられた。ちょっと難しかったのかな?
「……うらやましいよ」
そんなに想える人がいて。
続く言葉は口には出さない。自分には絶対手に入らなさそうな存在は願っても虚しいだけだ。
微笑を浮かべるクロエが見つめるはラーファの銀髪。ラーファが見つめるは地平線の先。空と地面の境界がわからなくなった世界の先。
すると、突然ラーファが立ち上がった。そして、クロエの手から抜け出し走り出した。
「あ、ちょっと待って! どうしたの!?」
突然のことにクロエは驚くも、すぐに毛布を車に放り込んでラーファの後を追う。
光の少ない道を走ることは危ない。舌がよく見えないから、ちょっとした起伏に帆足をとられやすいはずだ。それなのに、ラーファはぶれることなく一直線に走る。クロエは転ばずに走る自信がないので、ジョギング程度の早さしか出せない。
100メートルほど走ったあたりで、立ち止まるラーファを見つけた。
「……あはっ」
クロエは頬のゆるみが止まらなかった。なぜなら、ラーファの両腕に抱かれているのは、小柄な銀髪の女の子、ミルだった。ただ抱き合うだけで、二人は一言もしゃべらない。
ラーファの後ろからゆっくり近づくと、少しおかしいことに気が付いた。抱き合っていない。ラーファがミルを抱えている。……いや、ミルがラーファに支えられている?
「ミルちゃん!」
感動の再開だとか、可愛いだとか思っている暇などない。力なくラーファにもたれかかるミルを抱き上げ、急いでマツダのいる場所まで戻る。
助手席の背もたれを倒し、靴を脱がせてミルを寝かせる。
呼吸は落ち着いているが、ところどころ血が出ている。怪我している。火傷もしている!
「マツダ!」
「落ち着けクロエ。後部座席に救急箱がある」
「ありがとう」
「やり方はわかるか?」
「大丈夫! 知ってる。明かりを強くして!」
後部座席にある白い箱を取り出すと、そこには消毒液やガーゼなどが入っていた。ミルの傷に命にかかわるような大きなモノは見当たらないが、それでも彼女の身に何が起こったのかと不安になる。
「ラー……ファ? クロエ? ……わたしは……だいじょうぶだよ」
途切れ途切れの小さな声には元気がない。ラーファはミルの手を握り、自分の額に当てる。どこにいるかわからない神様に向かって祈っているのだろうか。
「ラーファ、だいじょうぶだよ」
この子たちに不安など感じさせたくない。その思いでクロエは消毒液を手に取った。傷口に当てると、ミルが顔をしかめる。
「……クロエ? だい……じょぶ、このくらい、すぐ……治るから」
「力抜いて、リラックスして。大丈夫、寝ていいよ。私もラーファもずっと一緒にいるから!」
…………………………………………あれ?
私、この子たちとずっと一緒にいれるのかな? 次の町までっていう約束だし、マツダは次の町は近いって言ってた。
じゃあ、ずっとどころかすぐにお別れ? そしたらまた…………独りぼっちなのかな?
そう思うと、クロエの目には涙が溜まった。




