尋問
ラーファとミルとマツダが思い出の廃墟に到着する約8時間前、メーブ・メラ軍の巨塔の研究・実験階層の一室。
白衣を着た男と、一人掛け用の木製の椅子に座る赤毛の少女。男の脇の机には資料の山。これからやることにうんざりして、ため息を何度もはいていた。
赤毛の少女は、足をぶらぶらさせて手持無沙汰にしている。片手が椅子の後ろと手錠で繋がれているので、背もたれに寄りかかる格好となり、若干男を見下ろすような形となる。
「ため息ばかりついてないで早く済ませなさいよ」
沈黙に耐えかねて、クラリスは不満げに目の前でうなだれる男をにらむ。男はクラリスを一瞥して、また大きくため息を一つ。
「なんでこんなことに……」
『うんざりだ』と男は言外に語る。クラリスは話がないのならさっさとこんな部屋から出ていきたいところだが、手錠でつながれているので身動きが取れない。男が話を切り出すのを待つばかりだ。
「まさかあの車を持ち出してくれるとは……」
「あの子たちは足が必要だったからね。送ってあげただけよ。どうせ倉庫でホコリかぶってたものじゃない」
「なんでよりにもよってアレなんだ?」
「ミルちゃんはわからないけど、ラーファが運転なんてできるわけないじゃない。だからよ」
「いや、あの車自体はいい。倉庫でホコリかぶってたな、そうだ。持ち出されること自体は問題ない」
男は言葉に出しながら頭の中を整理していく。
「一番の問題は……そうだ、脱走兵に渡したってとこだ。どうしてくれんだよ?」
「私はあの子たちに車を渡した覚えはないわよ?」
「でも結果的にそうなった」
「私の知らないことよ」
男の苦言を飄々とした態度でクラリスは流す。だが、クラリスの言う通り、彼女は脱走者の手助けはしていない。結果的にそうなっただけで、軍の規定では武器……それも、使わないものを一つ失くしただけで、本来は罪には問われないのだ。
だが、その武器がメーブ・メラ軍が昔に開発した『ヒト神経系内蔵軍用車両』だという点が問題となった。人の倫理を逸脱した研究とその成果は表に出ることはなく、運用方法もなくなったため一般武器と同じ余殃に扱われるようになり、倉庫で眠っていたのだ。
そこで、クラリスが誤ってその武器を『廃棄』してしまった。罪に問われることはないが、モノがモノだけにお咎めなしというわけにもいかず、クラリスの処分に困ってしまい開発者に丸投げされたということだ。
「あいつらがどこに行くかわかっているのか?」
「知るわけないでしょう」
「……本当か?」
「……知らないわよ」
しばらくの沈黙。クラリスは本当に知らないようだ。どんなことをどこまで考えているかわからないので、言葉通りに受け取れないが、判断材料はない。とりあえず、信じてみるしかない。
だが信じたら信じたで情報が全くないことになる。クラリスが武器を一つ喪失したという事実だけしか残らない。
そもそも男は尋問官ではないのだ。処分を一任されたはいいが、特にどうとも思ってないのでどうすればいいのかわからない。失ったものは確かに研究していたものだが、もう過去のもの。上はそれなりに大事だと思っているらしいが、外部に漏れたら問題があるだけで、はっきり言って価値はあんまりない。
「しゃあない。お前は追跡隊に配属されたけど、取り消す。しばらくここで留守番だ」
「あら、じゃあ私は暇になるのね?」
「もちろん手錠はかけておく。俺にとってはお前も終わった研究だ。どうなろうが構わないが、好き好んで処分しようとも思わないさ。頼むから、保存室処分は勘弁してくれよ」
「……あんたたちは人間じゃないわ」
顔をしかめたクラリスは吐き捨てる。男を心の底から忌み嫌って吐く言葉はこれまで届かなかった。これまでも届かなかった。半ばあきらめの境地に達した彼女は、言葉だけで訴えることはもうしなくなった。
「じゃあ、あそこに行ってくるか。今から急げば何とか間に合うかな」
「捕まえるの?」
「いいや。それは追跡隊の仕事だ。あいつはまだ俺の研究対象だ。……と言っても観察対象って言ったほうがいいかな? どこで死ぬのか確認する義務がある」
「何するの? 馬鹿なことはしないでしょうね?」
「いいや。思い出させるだけだ。それで何かが起こったら……面白いなぁ」
男は引き出しから一冊の古いノートを取り出して、研究室のドアを開けた。
「じゃあな、食事と、追跡隊からの除隊は部下に言っとく。おとなしくしとけよ、ガブリエル」
「誰に言ってるの? 私はクラリスよ」
ドアが閉まり、鍵がかかったことを確認する。そして、クラリスは自由になっている左手でポケットから針金を取り出し、手錠のピッキングを開始した。
◆◇◆◇◆◇
一日夜を挟んでマツダは走る。ミルは横で外の様子を眺めるラーファを見て、また窓の外に目を戻す。人の光のない晴れの日の夜空は格別だった。星と月の光が荒野を照らし、おぼろげな知識から知る星座も見ることができた。
寝るときは座席を倒して、二人で並んで寝た。少し離れていたが、手を伸ばせる距離は初めて出会った時の廃墟での生活を思い出すことができた。ずっとラーファの寝顔を見ていたらマツダに小声で「早く寝ろ」と言われたのは内緒だ。
「次の町にそろそろ着くぞ。窓、開けるなよ」
「ラーファ、ちゃんとドアはロックしてね」
「うん」
見えてきたのは小さな町、休憩程度にしかならなさそだ。町というより集落と言ったほうが似合う。
細い道はその町に向かって一本で伸びている。枝分かれはなかった。
「……なんで?」
「治安悪いからだ」
「もともとメーブ・メラ軍のキャンプ地で、結構大きかったからそこに人が集まって行ってできた街なの。軍がいた間は治安が良かったんだけど、だいぶ前にここから離れて行ったの。で、小さくて治安のよくない街ができちゃったの」
「治安が良くないといっても、ちょうどいい休憩地になっているからな。小さい割に人はそこそこいる」
ミルとマツダが答えてくれた。マツダはともかく、ミルが知っているのは……? と考えたが、すぐに分かった。一度来たことがあるか、そう教えられたのだろう。
注意に反することをわざわざすることもないので、言われた通りラーファは窓を閉めた。ドアにロックがかかっているかも確認した。
整備された一本道を一台の車が走る。道のわきは荒井地面が広がっており、ところどころ大小さまざまの石が転がっている。脇にそれることはできない。一台の車は小さな町に吸い込まれていった。
マツダは口は悪いが、運転は安全だ。道の状態が悪いところでは速度を落とすし、町のような人が近くを歩くような場所ではきちんと徐行する。
ぼろぼろの服を身にまとった老人が運転席の窓をたたいた。そして、両手で器を作って、運転席に座るラーファに差し出す。
「ラーファ、無視しろ」
「なんで? いいじゃん、何かあげようよ。この人困ってるんだよ?」
マツダの声に反応したのはミルだった。マツダは止まることなく進んで、男性は追いついていけなくなり、あきらめて道の端に座り込んだ。
「大人が何の努力もせずに稼ごうと思わないことだ。特に、今のご時世はな」
「あ! 子供だ! 私たちよりちっちゃいよ。マツダ。この子たちには?」
三人の子供が助手席側に近づいて窓をたたいた。ラーファは一瞥しただけで、シートに深く座りなおして前を見る。
「ダメだ」
「なんで!? あの子たちは働けないでしょ!?」
「道の端を見てみろ、その子供が二人いる路地の影。大人がいるだろ。何をあげてもあいつのもとに行くよ。結局この子供たちは何の得もない」
「で、でもさ!」
「それに、俺たちにも余裕はないんだぞ。あるのはトランクにあるのと後部座席の荷物だけだ。これだけで何日生きれるかすらわからない。自分が生きていくだけに精いっぱいだということを理解しろ」
「……でも……ねぇ、マツダ、ラーファ」
「ミル、お前は戦争は知っていても、戦争をしている社会については何も知らないんだな。あと、自分のことも置かれている状況も」
子供たちは、いつの間にか遥か後方に置いて行ってしまった。




