二人と一台
雲一つない晴天の下、乾いて荒れた土地を一台の車が走っていた。
乾いた風が少年の髪を揺らし、視界を遮ろうとするところを手でかき分ける。銀色の長髪を間から覗いた目に映るのは土一色の荒れた土地。人や生物が住んでいる気配などない。
シートから伝わるガタゴトとした安定しない震動。横を見ると、少年と同じように外を眺めている長い銀髪をなびかせる少女。外には何も面白いものは映っていないのに、少女はとても楽しそうに笑っていた。
少年は再び窓の外に目を向ける。今度は前の方を見てみる。
「見えるか? もうすぐしたらあの町に着く。あそこに寄るぞ」
突然聞こえてきた若い男の声に、助手席に座っていた少女が窓から頭を出して顔全体で風を受ける。
「わーほんとだ! ねぇマツダ! あの町はどんなとこ?」
ひときわ明るい声を出して少女が尋ねる。けれど、助手席に座る少女のミル、運転席に座る銀髪の少年ラーファの二人以外は車に乗っていない。
「あそこは交通の要所だな。戦線から離れているが、少しは人がいる。昔はメーブ・メラ軍の研究施設があったようだが、今は廃止されてるぞ」
「え!? じゃあ」
「ダイジョブだ、ミル。軍はたぶんいないぞ。いても何にもなんないからな」
「そうなの? よかったぁ」
ミルは顔に不安げな色を出したが、マツダと呼ばれた青年のような声を聞いてすぐに笑顔に戻った。シートに座りなおし、前方に見える町を今か今かとそわそわしている。
「……マツダは何でも知ってるよね」
「まぁな。お前やラーファよりずっと年上だしな」
「マツダってホントに人間なの?」
ミルが話しかけているのは運転席と助手席の間の液晶画面。画面にはギザギザ折れ曲がった円のようなものがあった。
「おう。正確には元人間だけどな。今は車だ」
ミルの言葉に応えた声に合わせて液晶画面のギザギザの円が激しく動いた。
そう、ラーファとミルが話しているマツダというのは彼らが乗っている車そのものなのだ。
「車って言っても人間なんでしょ?」
ミルは首をかしげる。マツダが車だという事をまだ疑っているようだ。
「だーかーらー、何度も行ったろ? 俺は『ヒト神経系内蔵軍用車両』だって。いい加減分かれよ。理解なんてしなくていから納得しろよ」
「え? 理解と納得って同じじゃないの」
「別もんだ。納得っていうのは事実を受け入れることだ。考えなくていいんだ」
きょとんとしたミルに呆れた様子の声でマツダが応えた。
先日、軍から逃亡した二人は荒野を歩いている途中、マツダに出会ったのだ。軍の方からやって来たので、最初こそ敵だと思ったが、マツダがまったく武装していなかったことと、二人に協力するとのことで一緒に行動することになったのだ。
マツダ自身が車なので運転手がいなくても自由に走れるらしい。燃料は要らず、太陽光で自家発電している。二人にとってまさに渡りに船だった。
「ところでさ、マツダは軍にいたんだよね?」
「おう。俺は実験用車両だか何だかで、車庫に入れられたままだった」
「ならさ、どうやって軍から脱出できたの?」
ミルの質問はもっともだ。マツダは人間のように喋れるが、見た目は車。自力で車庫から出ることはできないはずなのだ。
マツダは『あー……』と微妙な声を出した。
「クラリスっていうお嬢ちゃんが出してくれたんだよ」
「え!? ほんとう!?」
聞き覚えのある声に少年はすぐさま反応した。
クラリスはラーファがいた5番隊B班に所属する女の子だ。見た目はラーファと同じ年齢なのだが、行動や言動は少し大人びている。
「あぁ、ずっと西に行けば男の子と女の子の二人組がいるからそれに協力してあげてって言われて出してもらえた」
ラーファがミルに出会うためにクラリスはいろいろ協力してくれた。軍の内部の地図を書いてくれたり、装備を整えてくれたりもしてくれた。
軍にいる時だけでなく、その後のことまで考えてくれていたのだ。彼女はどこまで先を見ているのだろうかと思わずにはいられなかった。
一度、なぜそんなに協力してくれるのかと、ラーファは尋ねたことがあるが、『同じ匂いがしたから』と言うだけで明確な答えは返ってこなかった。
「俺もずっと車庫にいるよりは外に出た方がいいしな。軍に捕まってもいいやと思ったからお前らと一緒に居るんだ」
「ダメだよ! わたしたちは捕まっちゃいけないの!」
「大丈夫だって。追跡隊の足次第だが、簡単には捕まりゃしねーよ」
「む―……」
どこまでも軽い口調のマツダにミルは両頬をぷっくりふくらます。ラーファは小さく笑いながらだんだんと近づいてくる町を眺めていた。
「あ、そーいや、クラリスと言えば忘れてた。おいラーファ」
「……?」
「お前の座席の下に紙……ないか? あー、それだそれだ。それ、クラリスからの手紙だ。読んどきな」
ラーファは見つけた四つ折りの紙を広げる。
『ラーファへ
後部座席には携帯食料と寝るのに必要なものと、ナイフと銃と弾薬とか積んどいたわ。(ほとんどミルちゃんの物だけど)他にもいろいろあるし、使い方が分からない物はその車に聞きなさい。すぐに軍は追跡隊を編成すると思うからさっさと逃げなさい。死んじゃダメよ。
クラリス』
本当に簡単に、そっけなく書いてあるところがクラリスらしかった。
ラーファはそっと『死んじゃダメよ。』という部分を撫でる。手紙のほとんどはおまけのようなもので、この一文こそ彼女が言いたかったものじゃないかと思った。
「へー、マツダを送ってきたのも、このたくさんの荷物もクラリスさんのおかげなんだぁ。感謝しなくちゃね」
「お? ミルも知ってんのか? ラーファは知っているのは当たり前だけど、どうしてお前まで?」
「んー、ちょっとね。戦場で会ったりしたし……」
「……そうか」
『戦場』という言葉を聞いて、マツダはそれ以上は聞かなかった。おそらく、クラリスは全滅した元E班のたった一人の生き残りだという事を、マツダも知っているのだろう。
「ほら、もうすぐ着くぞ! 降りる準備しとけよ。今日はあの町に泊まるんだからな」
「はいはーい」
「ラーファは着替えとけ。軍属だなんてばれちゃまずいからな」
日が少しだけ傾き始めた頃に、小さな町に一台の車が入っていった。
◆◇◆◇◆◇
海沿いの荒野にそびえたつ鉄塔、メーブ・メラ軍軍事基地。そこでは一枚の通知書が食堂横の掲示板に貼られていた。
『新隊編成に伴う移動通知
以下のものは××××年××月××日をもって特殊編成追跡隊(以下、追跡隊)への異動を命ずる。追跡隊へ配属されたものは××月××日に第二演習場へ集合、任務の細部を説明する。
なお、追跡隊の主な任務は脱走機及び、脱走兵の追跡、捕獲、破壊である。』
…………
…………
五番隊
A班:
…………
…………
B班:
ナコル・アイマール
アル・ランプリング
クラリス・アズナヴール
…………
…………
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特殊機動隊
テオドール・ザラフィアンツ
以上、128名。』




