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鋼の火  作者: 古代紫
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黄昏を涙で

 一歩一歩ゆっくりと、慎重に次の段へ足をかける。そのたびにギシギシと嫌に軋む音がしてひやひやさせられる。それでなくても地上1000メートル以上の所だ。今が何階かは分からないが、かなり上ったことは確か。

 ここまで上って来るまでにこの鉄板の階段が壊れる事は無かったが、今にも剥がれ落ちそうなのは変わりない。強い風が容赦なくラーファを襲い、階段から吹き飛ばそうとしている。下を見てはいけない。下を見た所で後悔するだけだ。それならばずっと前を見て、一つ一つ確実に上っていくしかないんだ。


 そうは思うが、下を見ずともありえない高さの階段を上っているのは分かる。特別高いところが怖いというわけではないが、手すりもなしに古すぎる塔の外壁に取り付けられた階段を上がれば別だ。怖がるなというのが無茶というもの。手すりもなしに足場も不安定ではその恐怖は何倍にも膨れ上がる。

 なるべく壁側に寄ってはいるが、足場はそんなに広くない。落下死と常に隣り合わせなことには変わりがないのだ。

 それでも心臓を落ち着かせ、冷たい空気をいっぱいに吸い込み、休まず頂上を目指す。


 休むわけにはいかないのだ。


 手を止めても、足を止めても何も変わらない。ならばやることは常に頂上を目指して歩くこと。両手を階段についてゆっくり歩いてはいるが、確実に前へ進んでいる。


 そして、何度目かの下を見てしまいそうになる気持ちを抑えて顔を上げた時。それまで続いていた灰色の鉄の塔の終わりが見えた。

 赤い夕日に照らされて長い長い影を作る塔の先端……頂上だ。

 心臓が高鳴り、走りだしそうな気持ちをぐっとこらえて慎重に次の段へ手を伸ばした。


 あそこに……居る。


◆◇◆◇◆◇


 茜色に染まっていく空を見上げる。小さな雲が夕空にちりばめられ、東の空では三日月が出ている。月の光を遮るものはじきに無くなり、塔を銀色の光で照らすのだろう。

 今日の塔は騒がしい。警戒態勢が敷かれたあわただしい一日だった。屋外戦闘ならすぐに出撃させられる少女だが、屋内では小回りが利かないし、何より武器を出せないからこの塔の最上階で待機させられた。

 食事は持ってこられたが、食べる気は起きなかった。今日はメンテナンスもなかったし、侵入者を警戒してずっと屋上に追い出されてた。今日は昼間は曇り空だった。少しだけ肌寒くなってきたこの頃では太陽が一日中当たらないというのは寂しい。


 次の戦闘はいつかな? いつになったら……戦えるかな?


 ついつい戦いを欲する自分を心の奥へ追い込み、黙って吹く風の匂いを楽しもうとする。けれど、乾いた風が運んでくるのは乾いた空気でしかない。陸側から吹く風なので反対側の海からの潮の匂いは全くしない。

 考えてみれば戦いを欲すのは当然かもしれない。戦争があるから人は死ぬんだ。それならば戦争をやめればいい。文書上は戦争は無くなったが、事実的には継続中だ。そんな戦争をどうやったら完全に終わらすことができるか? 答えは簡単。一方を戦えなくなるまで殺せばいい。


 正直、少女はこんな短絡的に人を殺そうとする結論を出す自分が怖かった。けれど……


「兵器……だもんね」


 兵器――その二文字が重く胸にのしかかる。自分は戦争のために改造された兵器。人間だった時もあっただろうけど、今はもう人間ではない。兵器は人を救えない。兵器は人を殺すためだけにある。


 人を殺すためだけの存在。


 そういえば、あの銀髪の子はどうなったかな? 塔に入った不審者に殺されてなければいいけど。

 そう思ったところで彼女は自分の頭を軽くごついだ。


 バカみたい。兵器の自分が人の命の心配するなんて。


 何度も思い浮かぶ姿を必死に忘れようとする。そんなこと考えなくていい。今はただ警戒態勢が解かれるのを待ってればいいんだ。余計な感情を持って戦闘の時に動きが鈍ったらだめだ。


 地平線と雲の隙間から差す夕日が塔の屋上で膝を抱える少女の頬を赤く染める。彼女しか来ない屋上には塔の端に柵がなく、端まで行けば真下に広がる荒れた大地を見下ろすことができる。

 あまりに高いため強風が吹くことがある屋上では落ちても大丈夫な彼女以外誰も来ない。戦闘命令か、招集がかかった時に兵士が呼びに来ることだけを除けば屋上にいる彼女はずっと一人で日々を過ごしていた。


「……えっ?」


 彼女の気が付かないうちに、頬に一筋の雫が夕日に光った。紅い夕陽は彼女の涙までも紅く染め、一瞬の輝きを魅せた。


「な、え、なんで……? なん――え?」


 赤く光る雫は一つでは終わらない。顔を抑えても、拭っても後から後から頬を濡らし、流れた涙は膝に落ちていく。


 本当は分かっていた。自分の気持ちなんて分かっていた。もっと自分と同じ年の子と一緒に居たいって。怖がられるだけの存在はいやだって。人を殺すことでしか価値のない存在にはなりたくないって。平気じゃなくて……もっと人でありたいって。

 だけど、今のわたしは紛れもなく兵器。腕は人を殺す銃になるし、あらゆるものを粉々にする特殊波動弾も撃つことができる。背中からは鋼の翼を生やして空を飛ぶこともできる。

 どこからどう見ても平気だ。こんな怪物が人間なわけじゃない。

 だけど、だけど……


 怪物を見るような目で見ないでほしい。私を人間として見てほしい。こんな姿のわたしでも、誰かに愛してほしいんだ。


 でも、そんあことはない。彼女と関わればその人の命は短くなると、他の誰でもない彼女自身がよく知っていた。だからこそ、あの少年を彼女は突き放した。

 叶うはずのない淡い夢。この涙は叶えられない夢への悔しさからだろう。


 『好き』という感情を消せば何もかも楽になるのにね。


 突然、彼女を照らしていた夕日が何かに遮られた。急に真っ暗になった夕焼けに彼女は顔を上げる。

 ついに異常気象が起こったか? それとも他国の航空機? 他の何かがやって来た?

 目を吊り上げてすぐにでも戦える心に切り替えた少女が見たのは、長すぎるぼさぼさの銀髪に目を隠し、この塔の五番隊の制服を着て背中に緑色のリュックサックを背負った少年の姿だった。

 少年は片手を少女に差し伸べて、口だけの不器用な笑いを見せながら言った。


「ここから逃げよう?」

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