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鋼の火  作者: 古代紫
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上へ上へ

 幸い、朝の朝食後であったために倉庫までの道ではだれにも見つからなかった。

 薄暗い倉庫の中で目的のリュックサックを見つける。少しばかり重たいそれをしっかりと長さを調節して閉め、ぶれないように背負う。


 ポケットに入れていたクラリスから受け取った紙を開く。それは、この塔の断面図と階ごとの用途、上へ行く階段の場所が丁寧に書かれていた。それも、手書きで。フロアごとの通路の配置は書かれていないが、上に行く階段の場所は大まかに描かれてある。


 この塔は予想以上に高かった。この塔だけに武器、戦車、航空機や食糧庫、また食糧を生産するエリアとその設備まであるのだから横幅はかなり広いことは分かっていた。だが、それと同時に高さもかなりあった。クラリスからもらった地図から察するに……


「360階、高さ約2000メートル」


 高すぎる。階段で一階から最上階まで登る高さじゃない。現実的な高さじゃない……。


 一応エレベーターはあるみたいだが、クラリスからもらった紙には『絶対に使うな』と書いてある。途中の階で止まって誰かに見つかったら終わりだからだ。特に、塔の真ん中あたりの十階ほどはこの塔の中枢をなす装置があるらしく、あまりうろつくことのできないエリアだ。それも訓練中の五番隊の少年兵がそこに居るとなれば、怪しまれることは間違いない。

 それに、そこでなくてもラーファみたいな五番隊の少年兵が見つかるのはまずい。


 けれども、行かなくては何もならない。今日訓練を休んだ意味がなくなるし、戦武会での奮闘も水の泡。今までの思いもすべてが意味をなさなくなる。

 そんなのは嫌だ。

 ラーファは倉庫を出て、辺りを気にしながらまっすぐ一番近い階段へ向かった。

 一階は五番隊専用の食堂と、五番隊の宿舎、それと五番隊の武器庫がいくつかと、演習所なので大人の兵はめったに見ない。階段までは誰にも見つからなかった。

 大人の兵……一番隊から四番隊、それと特殊隊の宿舎はもっと上だ。二階からは主に演習場とそれを見物するための部屋がいくつかある。


 大丈夫、360階もあるけど無限にあるというわけではない。時間は今日一日いっぱいある。大丈夫。

 階段の前で深呼吸。一気に上がって途中で息を切らさないようにしなければ。

 ラーファは顔を上げて階段を上って行った。


◆◇◆◇◆◇


 何階登っただろうか? 今たどり着いた階の床には『57』と書かれてある。だれにも見つからないのはいいのだが、何階登っても先は長く、あまりにも静かすぎる空間の中に響くのは自分の足音と息遣いだけ。別の世界に自分だけ飛ばされたような感覚に陥って、おかしくなりそうだ。


 まだ……まだまだ先は長い……。58……59階……。


 と、その時ラーファの耳が捉えたのは重い足音と、大人の話声。

 上の階から人が来る!? しかも話声もするから二人以上だ。このまま行くと鉢合わせ、ラーファは足音を立てないように階段を降り、59階の奥へ進み、曲がり角の影で身をひそめた。

 だが、二人がこちらにやってきたらおしまいだ。大人の兵士の足に勝てるとは思えない。ましてや少年はリュックサックを背負っている。追いかけられたら絶対に捕まるだろう。

 心臓の鼓動が早くなる、体がだんだん熱くなる。足音と話声が近づくにつれて背中には汗がじわっとにじんでくる。


 上からやって来たのは二人の大人の兵士だった。腰には銃をつっているし、ナイフも装備している。談笑しながら階段を降りる二人は、ラーファに気が付かずにそのまま下の階に降りていった。


 二人の姿が見えなくなるとどっと疲れが押し寄せた。緊張の糸がほどけて、壁にもたれてずるずると座り込んでしまった。

 危なかった。あと少しで見つかるところだった。心臓はまだ大きく脈打っている、いつの間にか息を止めていたのか、呼吸も荒い。

 今まで誰とも合わなかったのが不自然だったのだろう。心のどこかで油断していたのかもしれない。でも、落ち着いていれば対処できないこともない。


 大人の兵士がいたという事は、これから先は大人たちの居住区か訓練場が近いってことかもしれない。気を付けて行こう。


 そう思ってが立ち上がった時、


 ――ガチャ


 ラーファの居る通路のずっと先の方、通路からは見えないところにある、ラーファからはそんなに遠くはないところのドアが開いた。

 茶色い床がまっすぐ伸びて、白い壁は所々汚れている通路にぽつぽつと点在しているうちのドアの一つが開いて、大人の兵士が数人出てきた。

 何人も……おそらく、休憩室かただのたまり場だったのか、武器倉庫で武器の掃除をしてたのか、大人の兵士たちが何人も出てきたのだ。


 突然のことに体が固まったラーファだが、すぐに立ち上がって階段へ引き返す。大人が出てきた部屋と階段の方向が別の所にあったことが幸いだが、見つかったかもしれない。見つかったことには不幸中の幸いなんてものはない。


 一番やってはいけないこと、絶対に見つかってはいけないのに。


『誰かそこに居る……あ、逃げたぞ!』

『おい! お前は誰だ!』

『スパイか!? 待て!』

『追え! そこを左に曲がっていったぞ!』


 ラーファが走ると、後ろから大人たちの声が聞こえてきた。同時に複数の足音。重く、だんだんと迫ってくる。

 マズイ! このままでは捕まる。思っていた最悪の事態になった。絶対に見つからないように、気を付けていたのに。唇を噛んだが、悔しがっても事態は打開できない。どうする?

 ラーファはすでに階段を上って上の階にたどり着いた。大人たちはまだ下の階だ。この回で通路のが下に隠れて……だめだ、騒ぎを聞いたこの階の大人が集まったら囲まれる。


 こんなところで終わるはずじゃなかった、まだまだ最上階は先なのに、大人の足に勝てるわけがない。

 それでも、ラーファは上の階へ向かった。上に登るしかない。上しか道はない。周りは……敵だらけだ。

 下の大人たちの足音はだんだん大きくなってきている。


「止まれ! 今すぐとま……」

「お前……五番隊の少年兵か?」


 すぐ後ろから大声をぶつけられた。階段の踊り場に居たラーファは、次の段に足をかけながら止まった。下には二人の大人の兵士がこちらを見ていた。一人は手に銃を持っていて、銃口はこちらに向けてある。

 少しでも動いたら撃つ。そんな気迫が伝わって、思わず足を止めてしまったのだ。

 大人の兵の銃を持っている男が、一歩一歩ラーファに近付く。銃口を向けられているので、下手に動けない。手すりに手をかけたまま、顔を相手に見せないように俯いた。


「なんだ、やっぱり五番隊の少年兵じゃないか。迷ってここまで来たか?」


 男がラーファをじろじろ見たあと、『スパイとか敵じゃなくてよかった』と言いながら笑って銃を収めた。

 下にいるもう一人の大人も安心したようで、腰のホルスターにかけていた手を放して、警戒心を解いた顔になった。

 それでも、ここで走って逃げるのは得策じゃない。怪しまれてすぐに捕まってしまう。なら……ならどうするか? このまま迷子のふりをして道を聞くか? それとも掃除をしに来たというか? 何も言わずに下に降りるか? いや、そのどれもいい策とは言えない。

 頭の中で必死に打開策を練る。今のところラーファの横にいる男は怪しまずに笑っているが、それも時間の問題だ。


 どうするどうするどうするどうするどうする? これはだめ。ここで捕まる? この人をどうやって引き離す? 走ったら追いつかれる。どこかに行ってしまわないかな? 最上階に行けない? ここで終わり? このままじゃあの子に……会えない?


 考えをめぐらすも、不安と焦りも入り混じって上手く頭が回らない。

 次第に呼吸も荒くなり、汗も噴き出てきて……


「そういや、五番隊は今頃訓練のはずだろ? お前、なんでここにいるんだ?」


 背中が凍りついた。

 そうだ、訓練中だ。毎日訓練があるのだから訓練を忘れていたなんてことはありえない。この時間にこんなところにいるのもおかしい。本来、ラーファはここにいるのはおかしい……いや、ここにいてはいけないのだ。


「……お前……どこの誰だ? どうしてここにいる?」


 凄みの聞いた男の声に心臓を鷲掴みにされたような気がした。


 ダメだ……言い訳しても、聞きそうにない……。なにを言っても……逃げられない。


「うわあああああああああああああああっ!!」


 ラーファは体に絡みついた恐怖や不安を振り払うように腕を伸ばして、男を突き飛ばす。踊り場の縁に立っていた男はラーファの伸ばした手をそのまま胴で受け、体が倒れていく。


「……おっ!?」


 男は重力に逆らうことなく体を倒し、階段を勢いよく転げ落ちた。そして、運よく下の男を下敷きにして……。


「てめぇ! なにしやがる!」


 下にいる男が叫ぶが、それでもいくらか冷静な対処をしていた。すぐさま拳銃を抜いて、下敷きにされたままの状態でラーファに銃口を向けようとするが、


「ごめんなさい。邪魔、しないでください」


 消え入るような声でラーファが言った。その手には拳銃が握られており、銃口は下にいる男に向いている。


 乾いた音が鳴り響いた。ラーファは銃を仕舞ってすぐに上の階を目指す。下にいる血にまみれた大人を隠そうと思っても隠す場所がない。すぐさまここから離れるのが賢明な判断だ。死んでいるかどうかは分からないが。


 そう、仕方がない。仕方がないんだ。あのままじゃスパイ容疑をかけられて、殺されていたかもしれない。


 ラーファは階段を上る。一心不乱に上る。何も考えてはいけない。ただ、自分の思う事だけを考えるんだ。でなければ死んでしまう。血を流して死んでしまう事もあるだろうが、ここで足を止めたら何も望まなくなる空っぽな人形になってしまいそうで、怖かった。


 空っぽになるのは嫌だ。人形なんかにはなりたくない。人間をやめることはしたくない。

 そう思いながら、ラーファは最上階を目指す。このまま誰にも見つからずに最上階まで行きたいと願うが、そんな微かな望みは一瞬で打ち砕かれることになる。

 普段は働かない警光灯が赤色の光を発した。


『緊急事態発生。塔内に不審者がいるとの連絡が入った。負傷者は今のところ二名。60階、一番隊宿舎の東階段前にて発見された。犯人は銃を所持している。総員、速やかに不審者を確保しろ。発砲も許可する。なお、やむを得ない場合は射殺も許可する。以上』


 ブツッと切れた後も、赤色の警光灯は周り続けている。


 この塔の中にいる兵士の全員を敵に回してしまった。その現実を、嫌でも理解させられた。

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