最終戦
試合開始の合図とともに私は地面を蹴った。体勢を低くしながら左足めがけてナイフを振るう。けれども、後ろに下がって避けられた。そのままナイフを振り上げるが体をひねって避けられ、急に彼が視界から消えた。私は軽く後ろに跳ぶと、さっきまで私がいたところに彼の足払いが通った。避けれたけど、ギリギリ。やっぱり強い。
試合の敵としてここにいるけど……やっと会えてよかったよ。
私は兵器だから戦うことしかできない。けれど、それでも今このときだけ、一回だけでも、君に近づきたかったんだ。
これは私のわがまま。そして、この後も私のわがまま。
横から迫るナイフを持つ手を手で弾いて起動を逸らす。戦いながらなんだけどね、思い出す。
少し前の大きな戦闘が終わったあと、私が君に兵器の姿を見られた戦闘のあと、私はずっとコンクリートいに囲まれた冷たい部屋にいた。君がいないのは前と変わらないのに何故だかすごく寂しかった。
時々、君と戦場で会ったあのときを思い出す。所々赤い乾いた血が付いた君の迷彩服と、腰のホルスターに納められた銃。右手には鎖の付いた手錠。
私の背中には金属製の翼。自分の体の何倍もの大きさのある翼で、私は空を飛んだ。そして、左足首には君と同じような鎖の付いた錠。
隠していたことが全部君に知られてしまう。知られたくなかった。けど、もう遅かった。
胸が空っぽになるような、締め付けられるような妙な感じがした。
戦武会が始まってから、私は第一演習場を上から見ることのできる部屋からガラス越しに君を見ていた。伸ばす手なんてない。伸ばしても届かない。届いても、君に拒絶されるかなと思うと見ていることしかできなかった。
見えているのに、とても遠かった。
君は私のことをバケモノなんて思っているかな? そう思われても仕方ないよね。
もう近づきたくないなんて思っているかな? あんな姿をしてるんだもん、仕方ないよね。
けれど、試合の間や休憩のときとか試合中の君の言葉が忘れられなかったんだよ。わるいなーって思ったけど君の声を拾って聞いていたんだ。
すごくうれしかった。けど、申し訳なかった。
だから最後に……君との本当の最後に、私は教官さんに戦武会の最終戦に出してもらうよう頼んだんだよ。
手を伸ばしてナイフを持つ君の手を払う。横から君の蹴りは腕を立てて受け止める。戸惑っている感じが丸分かりだよ。私が相手だからって驚いてるのかな?
腕で受け止めた足を突き飛ばすと、バランスを崩しながら後ろに下る。私はナイフを振り下ろすけど、ぎりぎりのところで手首を押さえられる。ナイフは届かず、私は腹に蹴りを入れるとそれも腕で受け止められて距離をとられた。
うん。強いよ。
迷いがあるようだけど、負ける戦いはしてないよね。
むこうから攻撃してくる様子がない。ならばと、私は三度ナイフを伸ばす。だけど右肩を狙ったナイフは体をひねって避けられる。そこから腕を引き戻して下から振り上げると、君は横に跳んで私のナイフを避ける。続いて三撃目。横に薙いだナイフもしゃがんでかわされる。私のナイフが当たる気なんてしなかった。
君がしゃがむと同時に両目を隠す銀髪がふわっと浮いて、その奥の黒い瞳が一瞬見えた。まったく感情が読めない君の目。まだ、一度もしっかりと見たことがなかったけど、最後に少し見れたから、良かったかな?
君の右手が私の脇腹向かってナイフを突く。けれど、それは私は後ろに下がって避ける。私の攻撃も、君の攻撃もどっちも当たらない。引き分けのないこの試合ではずっと闘っていられるかもしれないとも思った。
試合上、相手同士だけどずっとこんなに近くにいられるなら、それでも良いかなとも思った。けど、そんなことはだめだって分かっている。
私は兵器。君とは違う。
戦うことしかできない。
君とは一緒に居られない。一緒に居てはいけない。
兵器の私はバケモノだもんね。
戦うことしかできない私の傍にいると君に良くないことが起きる。私に巻き込まれる。
私のせいで君が傷つくのは見たくない。
だから……ね?
君が突き出したナイフを持つ手首を避けながら掴む。話さないようにしっかり握り、私は君に顔を近づけて小さな声でそっとささやく。
「私に構わないで。……ここから逃げて」
私は彼のナイフをゆっくりと私の首に当てる。
「もう……私のことは忘れて」
このときの私はどんな顔していたかな? 笑っていた? 悲しい顔していた? 苦い顔していた? ……自分でも分からないよ。
これが最後。君がいる世界の最後だよ。君とはもう二度と会わないからね。
これでいいんだ。こうしなきゃいけないんだ。兵器の私が幸せになっちゃいけないんだ。戦うことしかできない、殺すことしかできない私。たくさん殺してきた私は……こうしなきゃいけないんだ。
これが一番幸せな選択。
これ以上のない一番な選択なんだよ。
だから、さよなら。
戦武会最終戦
勝者。ラーファ。




