vsアル
戦武会第二次予選グループ2最終戦。
土のフィールドの上には審判員の五番隊の教官とラーファとアルがいた。フィールドの周りはB班の少年兵たちが全員、二人のナイフ戦の成り行きを見守ろうとじっとフィールドを見つめる。
「では、これより二次予選グループ2、最終戦を始める」
教官の淡々とした口言葉に二人は背を向けて、開始位置まで歩を進める。
「ラーファ、手加減は無しだよ」
「……うん」
向けていた背中を反転させ、二人は向き直る。片手には銀色に光るナイフを持って、構える。ひざを曲げ、腰を落とす。呼吸を落ち着かせ、体なの中でリズムをとり、自分の心と体を戦闘体勢に持ち込む。
時が止まったかと錯覚するほど静かな沈黙。観客のざわめきも、足音も何も聞こえないほど静かだ。あるのは自分の心臓の音と確かに動く軽い体。そして目の前の相手。
「はじめ!」
教官の言葉と同時にラーファは駆ける。まっすぐアルに向かって走り、右手に持ったナイフをアルの右脇を狙って振り上げる。アルのナイフは向かってこない。
切っ先が触れる直前に、アルは体を半回転させた。ラーファのナイフは目標を失って空回りする。ラーファのナイフはアルの目の前を上へと振り上げられる。
アルはすっと腰を落とし、右手に持ったナイフをラーファのわき腹に突き出し……服を切る。少ラーファは体の重心を左に傾けて、倒れながらアルのナイフをかわした。そのまま勢いに任せて、アルから距離をとる。
――と。ラーファは視界からアルをはずしてしまった。傾けた体はアルとは反対方向に向き、態勢を立て直す前にアルが見えなくなる。
そして、一瞬見えなくなった相手に顔を向ける。
「――ッ!!」
アルの姿よりも先に視界に飛び込んできたのは銀色のナイフの切っ先。まっすぐ顔面に迫るナイフを、首だけ曲げてぎりぎりによける。
チッと髪が千切れる音がするとともに、耳の横をナイフが通り過ぎる。空気が冷たく裂かれる。
小さな息遣い、鼓動する二人の心臓。音のないナイフを通して互いの鼓動が聞こえてくるようだ。
そうだ、アルも僕も全力で戦っている。
かすかな躍動感がラーファの口元をゆがませ、恐怖や不安とは違うプラスの感覚に染まっていく。
ラーファは体勢を立て直すよりも開いている左手を勢いよく振って、アルがナイフを戻す前にその手首をつかむ。肘を曲げようとするアルの腕を強引に体を時計回りに回転させながら振り回す。
「う……わぁっ!」
小柄なアルはラーファの力には及ばず、されるがままに振り回される。
ラーファは遠心力を使って体を一回転させ、そのままアルを地面に放り投げる。背中から地面にたたかれたアルだが、そのまま体を転がして受身を取る。だがラーファは相手が地に着いた好機を逃さない。一気に間合いを詰めて上からアルの肩を狙ってナイフを振り下ろす。
アルは右手に持つナイフをぶつけて何とかナイフの軌道を逸らす。だがここで、ラーファのナイフの勢いはアルが思ったより強く、軌道は逸らせたもののアルのナイフも下へ弾かれる。そして、アルのナイフは地面を刺してしまう。
ラーファは左足を思いっきり振って、アルの右手を横から蹴る。
アルの手にあった銀色のナイフはフィールドをすべり、場外へと落ちていった。
「あっ、ナイフ!」
アルがナイフのほうに体を傾けようとした時にはもう遅かった。高いところから振り下ろすラーファのナイフ。防ぐためのナイフは無い。アルは地面を蹴って後ろに飛んだ。しゃがむような体制からの後ろへのジャンプは足から着地することはできず、背中を地面にこすって仰向けの体制になる。
ラーファはその上にかぶさるようにナイフを突き立てる。右手でナイフを振り、左手でアルの首を押さえて逃がさないようにする。が、アルが寸前のところでラーファのナイフを持つ手首をつかみ、ナイフの動きを止める。
「ぬっ……ううぅぅ!!」
「ぐぅ……ぬううぅ!!」
腕力だけの押し合い。肘を曲げて力をこめ、互いに互いへとナイフを押し返す。歯を食いしばり、相手をにらみ、必死に腕に力をこめる。互いの呼吸音や汗ばんで湿った体温まで伝わるほどの距離。少し力を抜けば押される。
だが、両手で抑えていたアルの左手がラーファの腕から離れる。片腕で支えるナイフを持つラーファの腕はだんだんとアルの首元へ迫ってきたが……。
「――ぁッ!!」
ナコルの首から手を離し、斜め後ろにラーファは飛ぶ。
アルの首にナイフが触れようとする直前、アルの左手が大きく振られたのだ。アルの左手に握られていたのはラーファが持っているのより一回り小さいナイフだった。
「備えあれば憂いなし、準備しといて助かったよ」
アルは左手に持ったナイフを右手に持ち替え、軽く素振りをして言う。にっこり笑ったアルの顔は戦場でおびえていたのとは別人の顔をしていた。余裕を持った戦う旅人の顔。小柄なアルは再び体勢を低く構えて、
「行くよ!!」
低い大勢のままアルはラーファへ踏み込み、ナイフを突く。左脇腹を狙ったナイフをラーファは体を半回転させてよけて、一歩後ずさる。そして、ラーファが右手を上げる前に再びナイフを突く。右手の動作を止め、首元を狙われたナイフを、またもやギリギリのタイミングでラーファは避ける。
続いた第三撃、第四撃……アルは反撃の隙を与えない速さでナイフを振るう。振り上げ、突き、振り下ろし……次々と襲ってくる銀の刃を、ラーファはひたすら避け続けた。
首筋を狙ったナイフを体を傾けて避けると、赤いスカーフかピリッと少しだけ破れる。常にギリギリで避けたラーファ。銀髪の奥の真っ黒な瞳がかすかに動いた。
引き気味だった足を強引に前へと踏み出し、顔面を狙ったナイフにまっすぐ突っ込む。ためらい無くナイフに向かうラーファ。ナイフがラーファの顔に突き刺さりそうになる。止めに入ろうとする教官。「殺してはいけない」とナイフを止めようとするアル。届かない観客のざわめき。
世界のすべてがスローに流れているような錯覚に演習場にいるすべての人が包まれる。
何かがぶつかる鈍い音がした。
ラーファの頬には血が流れる。
息を呑む観客。
アルのナイフはラーファの頬をかすめただけだった。
そして、ナイフを持つアルの右手はラーファに左手が押さえられている。ラーファの右腕はアルの首に巻きついてナイフの切っ先は首元で止められている。
動かないアルのナイフ、首にナイフを当てられたアル。
それは、試合終了の合図。
「やめ! 勝者、ラーファ!」
ラーファは手を解き、ナイフをケースにしまう。軽く深呼吸した後、フィールド外に落ちたアルのナイフを拾う。アルは顔を下げたままフィールドから出る。周りの空気が暗くなったアルにラーファはナイフを手渡す。
何と声をかけようと迷うラーファより先に、アルはナイフを受け取った。
「すごかったよラーファ! 最後なんてどう避けたか覚えてないくらい速かった!」
「……うん」
「でもやっぱり負けちゃった。決勝トーナメントもがんばってね!」
両目を腕でぬぐって涙を溜めたまま笑って応援してくれた。
「うん。ありがとう」
ラーファはアルにお礼を言って、二次予選突破の安堵の息をつく。
しかし、緊張の糸を解すのはまだまだ先。
夕食前、頬の傷を治す包帯をもらった医務室からの帰り。食堂前には新しい張り紙があった。
決勝トーナメント出場する四人の組み合わせ表。
『決勝トーナメント出場者
ナコル(B班)
テオドール(A班)
ラーファ(B班)
クラリス(B班)』
ラーファの次の相手は同じB班の女の子。クラリスとなった。




