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鋼の火  作者: 古代紫
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塔の外側

 カウンターで朝食を受け取り、クラリスとアルの待つテーブルに少年とナコルは腰を下ろす。メニューは変わらず、固いパンと不味いスープとコップ一杯の水。それだけ。

 いつも通りの食事なのだが、今回は少し空気が違った。

 少年もナコルもクラリスはいつも通りなのだが、一人だけ気を張っているアルがいた。少年は何も思ってはいないが、明らかにアルは意識していた。いつかはB班の誰かに当たると分かってはいたが、いざそのときになると緊張する。

 誰も喋らないのはいつものことだが、妙な沈黙だった。


「戦武会、一次予選を突破した者におめでとう!」


 突然、よく通る男の声が響いた。食堂で誰かが叫んでいるわけではなさそう。館内放送で戦武会一次予選突破者への祝辞が述べられた。

 簡単な祝辞の後はこの国の戦況がどうとか、戦力が何だとしゃべり続けた。いつから始まったかもうほとんどの人が覚えていない戦争のこと、何で闘っているのか分からない戦争のこと。

 放送の途中で、ナコルの隣にいつも間にか座っていたテオが誰かに聞いてほしいような独り言をつぶやいた。


「国境が無いからなぁ。どこにどんな国があるか分からないし……」

「テオ!? いつからいた?」

「いつからって……さっきからだよ、いつ気付くかなーって思ってたらぜんぜん気がつかねーだもん」

「あ、ああ。わりぃ。でも確かに、国境が無いってのは厄介だよなぁ」

「この国だって塔そのものが国みたいなもんだし、おかげでいつ戦争が終わるか……」

「――っ! ……ああ」

「いつ帰れるかなぁ?」

「帰るさ、戦争の前にこの戦武会を勝つって言うのもある。俺は絶対に村に帰る」

「フン。まぁ、ナコルらしいっていやそうかな?」

「お前は帰ろうと思わないのか?」

「俺か? 俺はもっと違うことだ」

「……そうか」


 ナコルとテオの会話は普通のはずなのにどこと無く冷めていた。コンクリートの壁のような、触れないと分からない冷めた会話だった。

 少年はそれを興味など一切示さず聞き流し、最後にコップの水をのどに押し込んで立ち上がる。

 すると、食堂を出ようとする少年をあるが呼び止めた。


「ラーファ。今日はウォーミングアップは別々にしよう。僕、一人でやるから」

「あ、じゃあ俺は……どうする? どっちか手伝うか?」

「ナコルは……ラーファ、いい?」


 少年は軽くうなずいて、一人で食堂を出て行った。感情の読めないいつも通りの少年とこれから戦うことをアルは再び実感する。そしてアルは気を引き締め、コップの水を一気に飲み干して、むせた。


◆◇◆◇◆◇


 塔の外、つまりさっきのナコルとテオの話だと国の外だ。グラウンドは国に含まれるかと少し疑問に思ったりもしたが、この大きすぎる塔に比べれば狭いものだった。

 少年は地面に座り、背中を塔の壁に預けて空を眺めていた。秋の真っ只中。涼しい風が吹き、日差しは直接浴びると少し暑い。空は透き通るような青だったが、底が見えてしまうような少しくすんだようにも見える青色をしていた。

 地面は相変わらず硬く、乾いた茶色。塔の周りの地面だけは何があっても変わることは無かった。いつまでも硬く、いつまでも乾いた茶色の地面。


 少年は塔が作る日陰と日向の境界線、それよりもそ少し日陰でナイフも振らずに空をただ眺める。

 ぽつりぽつりと浮かぶ白い雲は風に乗って流れていき、同じ空模様ができることは無い。

 さまざまな形に姿を変える雲が作る流れる空模様をぼんやり眺めながら、少年は思考を昨日の続きへ持っていく。


 会ってどうするか?


 すぐには出てきそうに無い問い。空を眺めたまま少年は考えようとして……やめた。

 理由もなく動かそうとした思考を停止する。本当に理由はない。ただの気まぐれ。あえて言うなら、疲れたからかな? と、少年は自分自身また問いを投げて、その問いのボールは受け止めない。一人の自問自答のキャッチボールはやめた。

 考えることを辞め、頭の中を真っ白にした少年の頭には風に流れされ行く空模様がよく見えた。

 青と白。透き通る青のパレットに無邪気な神様がところどころに塗りつぶしたような白。心地よい景色は少年の頭を癒し、体を軽くしていった。


 軽くなった体と頭の中に、突如流れた思い出。目の前の青と白の絵画を彩っていく思い出が少年の中から流れる。

 ずっと前のことは覚えていないが、だんだんとはっきりした憧憬になる。

 真っ白の銀世界の町。凍える風と、冷たい空気。空腹と寒さに耐えるだけの灰色の毎日。

 そこでの出会い。初めて触れたぬくもり。向けられた笑顔。繋いで離さなかった手。降りしきる雨の中、抗うことなく離れていったこと。

 そして、まったく知らない土地へ歩みだした。倒れて拾われて、この塔で出会ったナコルやアル。照りつける日差しの中の訓練。火薬と鉄の入り混じった臭いの戦場。そこで再会した鋼の翼を生やした少女。


 辛い事はたくさんあった。けれど、キラキラ輝く思い出も持っていた。そして無いと思えた思い出を作ってくれた奥底にはあの少女がいた。

 思い出は浮き上がり、すぐに沈んでいく。雲も風に流されてすぐに形を変える。風も吹いてきたと思えばもう遠くに過ぎ去っている。

 けれどあの笑顔だけは、空色のパレットから落ちることなく、変わらず、消えず、はっきりとあった。


 戦場での涙。戦場で会った少女の頬には確かに流れた雫。あの時、知っている笑顔を彼女はしていなかった。


 泣いてほしくかった。もう一度笑顔になってほしい。また、隣で手を繋いでいてほしい。今、泣いている君を暖かい手を差し伸べて助けるのは。


 日向と日陰の境界線が少年の体に差し掛かりそうになったころ。首に巻いた赤いスカーフをポケットにたたんで収め、少年は立ち上がりナイフの素振りを始めた。

 片足を踏み込み第一撃、一旦肘を曲げ、再び足を踏み込んでナイフを振り下ろして第二撃。振り下ろしたナイフを上に突き上げて第三撃。ナイフの持ち替え、ステップ、身のこなし方。一つ一つ丁寧に確認して体をほぐす。


 一通り基本の動きをして、ナイフをケースにしまう。さっきまで少年の座っていた場所はすでに日が照っていた。ポケットからスカーフを取り出し、汗をぬぐう。銀色の髪も少しだけ汗にぬれていた。

 戦部会会場の演習場へ向かおうとしたとき、赤毛の女の子が日陰から声をかけてきた。クラリスだ。


「そろそろ、グループ2の二回戦が始まるわよ?」

「うん。ありがとう」


 自然に、当たり前に少年は声に出して礼を言う。

 クラリスは少し目を丸くしたが、笑って返した。そして、少年の中で何かが変わったと感じた。方向だけを決めて歩いていた旅人が、目的地を考えて歩くようになったような変化だった。


「急がないと不戦敗になるわよ?」


 少年はうなずき、手を振って塔の中へ駆け抜ける。

 この先の演習場に待っているのはしっかり対策してきたであろう人。アルが待っている。ナイフケースを軽く撫で、少年は地面を強く蹴った。唯一つある目標に向かって。

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