不思議な夢
「じゃあひとまず……予選会突破おめでとう!」
翌日の夜のB班の部屋。アルは笑顔で両手を上げて、B班の予選突破者……二次予選の二十四人の中に残ったものを祝った。
「お前もオメデトだろ、アル」
「あ、ナコル。うん、ナコルもおめでとう!」
「――ってもB班で残ったのは俺、アル、ラーファ……あとクラリス? クラリスって誰だっけ?」
「元E班の女の子だよ。ほら、こないだの戦闘でE班、解体になったでしょ? で、異動でB班に来た子」
「あ、ああ! ナイフ戦みたいな完璧接近戦で女の子が勝ち進むなんて珍しいな」
「確か……女の子で予選通ったのクラリスだけじゃなかった?」
「そっか……つまり四人か。まあ去年は二人だけだったからだいぶいい方だな」
二十四人中、B班からは四人。予選は誰とも当たらなかったが、次からはB班の誰かも当たるかもしれないとラーファは考える。でも……B班のみんなが勝つことは応援したいと思うが、それ以上に……勝ちたい。優勝したい。僕はあの子に近づきたい……。
「じゃあ、まあクラリスは女子部屋に居るからここの三人だけだ」
ナコルはアルとラーファに向き直って続ける。
「一昨日言った通り、もしあたったとしても恨みっこ無しだ。正々堂々戦おう」
「うん!」
アルは笑顔でこたえ、ラーファは首を小さく縦に振る。ナコルは二人の反応をしっかり確認して、
「よし、じゃあ消灯!」
部屋の電気を消した。そしてしばらくすると、部屋のあちこちから小さな寝息が聞こえ始めた。
暗くなった部屋、ラーファはなかなか眠れなかった。
明日のことが不安なのではない。楽しみと言うわけでもない。負けるとも思っていないし、勝ちたいと強く思っている。でも、なぜか眠れない。
ナイフ戦の事じゃなかった。それより先……優勝した時、『何でも願いがかなう』。なんでも……叶う。何でも……なんでも……。
ラーファは何度も何度も頭の中でその言葉を巡らせる。本当に魔法のような言葉だった。巡らせるたびに心が揺れ、どこからか力が出てくるような気がした。そして、本当に優勝できるかもしれないと思うほどだ。
しかし、油断は禁物。いつ隙を突かれて負けるかは分からない。油断も慢心もしない。一つ一つ、しっかりと勝ち進めたい。
そした、『何でも願いがかなう』と言うのなら……ずっと前から、戦武会が開かれるよりも前から、初めての戦闘の日より前から、この塔の国の軍に入る前……ずっとずっと前から思い続けているこの気持ちも、願いも、叶うかもしれない。何度も何度も願い、ずっと心の奥にあった気持ち。言葉にするよりもずっとはっきりした願い。
あの子に会いたい。
初めて触れた手のぬくもりは覚えている。あの子の笑顔は忘れるわけがない。初めて自分に笑ってくれた人、手を繋いでくれた人。
あの子と過ごした日はほんの少しだった。けれど、今までで一番輝いていた、楽しかった、うれしかった、ずっとこのままでいたいとも思った大切な日々だ。
この前の戦闘があった時、ラーファは会った。望んだ子に会ったが、その子の背中には大きな鋼の翼が一翼生えていて、右腕の先は大きな機関銃のような武器に変化していた。
そして今。変わったあの子を見た後でもラーファの気持ちが揺らぐ事は無かったが、願いと同時に一つの疑問も生まれた。
会って僕は何がしたい?
あの日のように笑って過ごしたいと思った。けれどそれはもう過去の事、今は僕はもう戻れない。戦争の真っ只中のここではできない。
それに、あの子はなんと思っているだろう?
あの子は僕を嫌うだろうか? 迷彩服を着て、ナイフケースを腰に巻き、銃器を持って引き金を引く僕を嫌うだろうか? 人を殺すために訓練し、戦争に参加して火薬を爆発させる僕を嫌うだろうか?
その答えは出てこなかった。頭をねじってもひねっても叩いても分からない。
けれど、ラーファはその疑問を打ち消した。考えても分からない。いくらめぐらせても分かりそうにない。けど……
僕があの子に会いたいという気持ちに迷いはない。
疑問を強引に打ち消し、自分の願望だけに身を任せたラーファの意識はだんだんと遠のいていく。そして、まだ夢の世界へと旅立つ前に右腕に違和感を覚えた。
手錠がまた少し……重くなった。
一昨日も少し重くなり、今日も重くなった。この錠はだんだんと重くなっているように思えたが、ラーファは考える前に睡魔に襲われたのだった。
その日、ラーファは夢を見た。
リノリウムの床とコンクリートの壁でできた部屋でのベッドで横になっている夢。
回りには白衣を着た男が何人もラーファを取り囲んでおり、紙の束を持ちながら話している。そして白衣の男達が居なくなったかと思うと、機械の腕が何本もラーファの目の前に伸びてきた。逃げようにも、体がベッドに縛られて動けない。手も、足も動かない。機械のメスはだんだんと目の前まで迫ってくる。頭を振って機械のメスから逃げようとする。けれども動かない、動けない、逃げられない。
そして、右手に少しの痛みを感じたかと思うと、一気に体の力がなくなった。
もう何もあらがえないと、目を閉じる。
機械のメスはラーファの目蓋に触れ、両目をこじ開ける。人の手ではない、冷たくて無感情で無機質なメス。これから自分を切っていくメス。否応なしに視界に入る切っ先に、恐怖を覚えた。
メスがラーファの肌に触れたかと思うと、視界が奪われた。何も見えない、真っ暗な世界。恐怖の塊と冷たさが渦巻いているような世界。
そんな夢の世界に落ちてく。
目が覚めた時、目蓋は開けられなかった。どこかに座っていて、目には包帯が巻かれていた。目に当たるところには違和感があった。確かに自分の目のはずなのに自分のではないような感覚。
がやがやと複数の足音が近づいてきて、ラーファを取り囲んだ。けれど、ラーファの目には包帯が巻かれていて誰なのかは分からない。
取り囲んだ人たちは何やら話していた。「実験」だとか、「試験段階」、「兵器」などと言う単語が飛んだが、ラーファにはよく分からなかった。
けど、一つだけ。ほんの一つだけは理解できた。
僕は改造された。兵器として目を改造された。
永遠に終わらないような気がして妙な既視感と現実味のある。そんな夢。
◆◇◆◇◆◇
朝食の前、ラーファとナコルとアルは食堂の前に集まった。初日とは違い勝ち残ったのは二十四人だけなので、少し早目に食堂に行けば人ごみに呑まれることなく組み合わせ表を確認できた。
組み合わせ表の前には先客がひとり……クラリスがいた。
クラリスは三人に気が付くと、見やすいように横にずれた。
「おはよう、三人とも昨日まではお疲れ様」
「クラリスもおめでとう! どうだった? グループ何?」
「私はグループ3。ほかは自分で確認したら? 私は先に行くわ」
「あ、うん。僕らの席もお願いしていい?」
「わかったわ、早く来てね」
「じゃあ」
アルがクラリスと話している間にナコルは表の前に立って自分の名前を探し始めた。ラーファはアルとクラリスのやり取りを傍観し、クラリスが去ったのを確認してから組み合わせ表に目を移す。
「え~っと……俺は……ああ、あったあった。グループ4。また最後かよ」
「グループ3のB班はクラリスだけみたいだね。四人しかいないけど」
「でも第二シードだ。二回勝てば決勝トーナメント進出。特に……知ってる強そうなのはいないな。楽勝、楽勝」
「またそんな油断をする。油断は――」
「大敵だろ? しってるよ。大丈夫。それよりお前はどこのグループだよ?」
「ああ、うん。今確認するね」
アルが自分の名前を探し出した時にはすでにラーファは自分の名前とアルの名前を見つけていた。
ラーファが一歩表に近づいて右手をすっと上げる。指の先に示されたのはラーファの名前。
「あ、ラーファはグループ2だったんだ。第一シードじゃん、よかったね」
ラーファは手を上げたままアルの言葉にうなずき、少し手を下げる。同じグループ2のメンバーの名前。書かれた名前を見て、アルは絶句した。
「僕とラーファが……同じグループ?」
グループ2のメンバーの中には確かに書かれてあった。ラーファは第一シード、アルは第二シード。初戦に勝てば決勝で二人は戦うことになる。
「あ、あははは。まあ、いつかはこうなっちゃうんだしね、うん……ラーファと戦うのかぁ。勝てるかな?」
「そういや二人の一対一って見たことないな。当たることは残念だけど、仕方ない。面白い試合を期待してるよ」
「うん、そっかぁ。ラーファとかぁ……じゃあ僕先に行くね」
アルはそう言って二人に手を振ってさっさと食堂に入っていった。残されたラーファとナコルはしばらく組み合わせ表を見ていた。
ナコルはA班のテオのグループも知りたかったらしい。どうやらテオはグループ1。四人とはまったく関係ないグループだったようだ。しかし、ラーファにとっては自分のグループさえ分かればいいのだ。ただ、アルと戦うとなるとしっかりと対策しないと負ける。それだけはしっかりと感じていた。
アルの願いは知っている。その強さも知っている。だから勝ちたいということも、ラーファは知っている。
けれど、それでもやっぱりラーファには負けられない理由がある。アルだからといって手加減する理由はどこにもない。
ラーファは腰のナイフケースをそっとなでて、食堂へ歩を進める。
そしてラーファの右腕の錠と鎖がまた少し、重くなったように感じた。




