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鋼の火  作者: 古代紫
10/39

テオドールの戦う理由

「明日からは戦武会だ。よって今日の午後は各自戦武会に向けて自主トレをしろ」


 いつもの訓練が始まる前、教官が五番隊の少年兵たちを集めて戦武会についての説明を始めた。

 暑い風が少年の髪をなびく。空から降り注ぐ太陽の光はだんだんと強まっている。

 季節は夏。

 真夏の中、少し離れた所から海風が吹き、少しだけ暑さを和らいでくれる。


「今回の種目はナイフ戦だ。対戦方式はトーナメントだ。初めにAからXでの二十四グループに分けてから勝ち抜き形式の予選を行う。その後、それぞれのグループの一位を一から四の四つのブロックに分け、トーナメントをする。それぞれのブロックの優勝者が決勝トーナメントに進出し、優勝者を決める。優勝者は五番隊以外の兵一人と最終戦(ファイナル)を行い、勝ったら大統領から『願いを聞いてもらう権利』が与えられる。この軍のトップが直々叶えてくれるぞ。グループの振り分けは明朝、食堂前に張り出す。予選会を明日、あさっての二日。決勝トーナメントの準決勝までをその後の二日、決勝とファイナルはその次の日だ」

「「はい」」

「つまりは今回の戦武会は途中、二回のシャッフルがあるトーナメントだと思えばいい。以上、では訓練はじめ!」

「「はい!」」


 教官はよく通る声で戦武会の概要を一気に喋ると、少年たちの質問を受けずにすぐに訓練に戻るように指示した。

 少年たちはすぐに列を組みなおすと、いつもの塔の周りのランニングを始めた。


 ただ、そのとき。少年には右腕の錠がいつもより少し重くなったような気がした。

 いつも身に着けているため普段は気にも留めない鉄の錠だが、この時ばかりは少しの違和感があった。

 ……何かが?

 だが軽く腕を振ると、その違和感はすぐになくなった。

 違和感はすぐに消えたが、少年には何かが起こるような気がした。


◆◇◆◇◆◇


「おい、ラーファ……だったな」


 昼食後、ナコルと一緒のにナイフを振っていると、聞き覚えのある男の声がした。

 振り向くと、そこには昨日の夜見た少し釣り目気味のツンツンシタ髪の男……テオドールがいた。


「お前、ナコルにナイフ戦で勝ったんだってな」

「……だからどうした」


 少年が答える前に、ナコルが言った。相当悔しかったようで、ナコルは歯を食いしばっている。


「戦武会の前に、俺とやってみねえか? ナイフ戦じゃなくて……銃撃戦で」

「おい、テオ! 戦武会は明日なんだぞ、何考えてんだ!」

「まあ、ナコルは黙ってろよ。特にこういった理由はないが……ナコルに勝ったやつと戦ってみたくなった……かな?」


 テオは両手を肩の高さにあげて「で、やるか?」と、ひらひら振る。

 少年にとってはどっちでもよかった。確かに明日は戦武会があるが、テオと銃撃戦をしてもそれほど訓練時間に支障はないからだ。

 むしろ銃撃戦をして上手く体のこなし方を覚えられるかもしれない。

 少し悩んでいると、テオが少年にそっと耳打ちした。「俺の戦う理由。話してやるよ」と。


 少年はしばらくナイフを見つめて考え、ナコルに視線を移した。

 ナコルは少年の視線に何かと思ったが、すぐにその意図が分かった。


「ああ、いいよ。俺の事は気にすんな。やればいいさ」

「……うん」

「よーし分かった。じゃあ演習場の使用許可とってくる」


 テオはそう言って教官に演習場の使用許可と銃撃戦の審判を頼みに行った。

 少年には銃撃戦よりも、テオの戦う理由が聞きたくなった。

 テオにはアルやナコルとは少し違う理由がありそうな気がしたから。


◆◇◆◇◆◇


 銃撃戦の前、少年はナコルから演習場の見取り図を見せてもらった。全長百メートルほどの通路が三つ、平行に並んだ長細いフィールドだった。同じ長さの通路が壁を挟んで三つ並び、中央と両端に長い通路を結ぶ通路が計三つある。

 両端はそれほどでもないが、中央に近くなるにつれ身を隠すための壁やブロックが用意されて、入り組んだ形になっていた。


 プレイヤーは通路の両端からスタートし、手持ちのハンドガンで相手を撃つ。これが銃撃戦のルール。

 もちろん使うのはペイント弾。プレイヤーはゴーグル着用だ。


 少年は通路の一端に移動し、顔を保護するためのゴーグルをつける。

 テオもすでに準備しているのだろう。少年は予備のペイント弾が入ったポーチと、いつものハンドガンを携帯した。

 ハンドガンの他に、ショットガンやサブマシンガンと言った銃器も選択することはできたが、少年はそれをしなかった。

 使い慣れたハンドガンが一番扱いやすく動きやすいからだ。


 少年の耳に着けたインカムから教官の声が響いた。


「今回は銃撃戦なので、ナイフの使用は禁止だ。ペイント弾を先に食らった方が負け、相打ちかどうかはこちらが判断する。以上」


 言い終わると同時に演習場にブザーが鳴る。

 少年は一つ息を吐いて、中央の道を見据える。右、左と左右の道を一瞥し、少し考えてから、右の道へ行くことにした。

 遮蔽物に隠れて遠くまでは見えないが、ひたすら相手の気配だけを探る。

 相手から死角になるようなところでは素早く動く。物陰に隠れつつ、遮蔽物に隠れながら壁にぴったりと体をつけて、堅実に前へと進んでいった。


 演習場の中央部のあたりに少年はさしかかった。

 いまだにテオとは遭遇していない。

 息を殺し、気配を探りながら歩いていた少年の背中は汗でにじんでいた。

 風もない、音もないし、人の気配もない。

 すると、少年の前方に左に開ける場所が見えた。中央の横にのびる通路だ。ちょうど真ん中に来たという事だ。

 少年は壁に体をぴったりつけて、曲がり角の先の様子をうかがう。

 ……いない。

 障害物の陰に隠れながら少年は左に曲がった。再びテオの気配を探るが、何も聞こえない。

 曲がった先には十字路があった。フィールドの中央の横道と縦の通路が交わる地点だ。

 索敵を怠らず、緊張感を保ちつつ少年は移動する。

 十字路の周囲を確認し、障害物に隠れながらまっすぐ反対側の道へと走ったその時……


 乾いた爆発音が少年の鼓膜を響かせた。それと同時に少年の右横にある木製のブロックにピンク色のペイントが広がった。


 テオのペイント弾だ。

 テオが近くに潜んでいるのだ。

 だが少年はテオの居場所を確かめるより、地面を思いっきり蹴って反対側の通路にあるブロックの影に身を隠す。

 ブロックの陰に隠れたまま少年は思考する。


 待ち伏せか鉢合わせかは分からないが、テオは確実に中央の十字路付近にいる。彼も同じハンドガンを使っているし、互いに互いの射程圏内に入っているのだろうが、ここでは少年の方が不利だ。

 少年にはテオの正確な居場所は分からないが、テオは少年の居場所をおおよそ見当つけているだろう。


 少年はハンドガンを構えた。

 迎え撃つ姿勢をとる……が、テオは姿を現さない。


 顔だけを少しだけ障害物から出して、十字路を確認する。何とかテオの居場所を確認して、優位に立ちたいと試みたのだ。

 すると十字路の向こう側、少年が今居る通路とは反対側の通路のコーナーで……影が揺れた。テオの姿を直接見たわけではないが、人影が視界の端に一瞬ちらりと見えたのだ。その影は少年から遠ざかっていく。


 追いかければ背後をとれるかもしれない。

 そう思った少年は可能な限り早足で、その影を追った。

 相手に気付かれないよう足音、呼吸音に気を付け、気配を殺しながらコーナーを曲がる。

 自分の心臓の音も大音量で脈打っているのかと錯覚してしまうくらい静かなフィールドで、少年は静かに急ぐ。

 瞬間、通路の障害物の先で、テオの後ろ姿が消えたのを垣間見た。今度は影ではない。距離は確実に迫っている。

 少年はハンドガンを構えなおし、歩を進める。

 あと一歩で仕留められる。もうテオは射程圏内にいる。

 体勢を低くして、次のブロックに移動する。体を隠しながら、テオの様子を確認する。

 だが……


「残念賞だな。行動が単純すぎる」


 「ハハハッ」っと小さな笑いが聞こえるのと同時に、少年の足元で何かが爆ぜた。

 対人地雷だ。テオは少年がこのブロックの陰に隠れるのを見越して、罠をはっておいたのだ。結果、少年をセンサーが捉えてその場にペイント弾が散弾のようにばらまかれる。

 ペイント弾でピンク色に染まった少年の前にテオが姿を現す。


「お前は行動が単純すぎる。ちょっと影をちらつかせたら、すぐについてきやがって……」

「…………」

「まあいいや、付き合ってもらった礼だ。教えるよ、俺の戦う理由」


 ブロックを背もたれして座る少年の横に、テオは座って続ける。口調は淡々としているが、強い意志が込められているのがうかがえた。


「俺は帰りたいからじゃない。天辺をとりたいからだ」


「今じゃ大分収まったが、戦争はまだ続いている。だから俺は天辺に登って戦争をやめさせる」


「うるさく言うやつは誰であろうと殺してでもだ。天辺をとって俺が戦争をやめさせる」


「そりゃ親の事は少しは気になるさ。けどそんなのどうでもいい。誰かに会いたいだなんてくだらない!」


 テオの言葉に、少年は視線を動かす。けど、テオはそれには気付かない。

 少年の中で何かが動いたが、テオは少年のことなど眼中にない。


「だからこの軍に居て、戦っている。この軍の天辺を盗って世界をの一番上に登ってやる」


「そのためなら、俺は誰だって殺してやるさ。向かってくる奴も殺してやる。いくらでも引き金を引く」


「今度の戦武会、これも一つのステップさ。だから俺は……負けねぇよ!」


 テオが言い切ると同時に演習場にブザーが響く。続いて教官の声がして、帰ってくる命令が下される。


 テオは立ち上がって「これで充分だろ?」と言うと、少年に構わず、演習場の出口に向かう。演習場の出入り口のドアで「俺が戦武会も勝つからな、ラーファ!」と言って、ドアを強く閉めた。

 ドアの閉まる強い音の後の静寂。

 自分の静かな心臓の音だけが響く。


 いつの間にか汗ばんでいた自分の手を見つめ、少年はハンドガンを仕舞う。

 立ち上がり、真っ黒の瞳でテオの出ていったドアを見つめ、口を開く。

 

「――……」


 少年の小さな声は演習場の空気を震わし、張り詰めた。

 先ほどのテオの言葉より短く、小さいがそれ以上に重く、強い言葉を残して少年はテオとは反対側の出入り口に向かう。

 その言葉は、少年の決意の表れだった。


『僕も、絶対に負けない……』 


 戦武会の開幕は……明日。

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