『キノコの娘』狩りへ!
秋のきのこ狩りシーズンを迎え、どこの山もきのこ狩りの行楽客で賑わっているようだ。その山によって入山料は様々。低価格のところもあるし、高いところでいうと松茸狩りなんかだと、その鑑札を買う料金は1万円だとも。
だが今日俺が向かっているのは、きのこ狩りはきのこ狩りでも、『キノコの娘』狩りだ。その山への入山料は…まぁ、かなりお高いと言っておこう。なんせ俺のバイト代3ヶ月分なのだ…。寝る間も削ったフルのバイト代3ヶ月分だ。しばらくは、切り詰めた生活が待ち受けている……。
それでも…それだけの価値があるのだ! 『キノコの娘』狩りには!
まぁ、高いのも仕方ないと思う。山に入ることは普通のきのこ狩りと同じだが、山のある場所が問題なのだ。『キノコの娘』狩りができる山は、異世界にあるのだから。
異世界と日本を繋ぐ道が発見されたのは数年前。先駆者のおかげで、異世界が危険でないことが証明された。それからは、異世界へ渡る希望者が増えたのだが、渡ることができる人数にはどうやら制限があることが判明。その為、そこからは政府管理となり、制限がかけられているのだ。
お高い入国料は、ゲートなどの管理維持に使われているそうだ。といっても、いかにもっ! ってなゲートがあるわけでもなし。実際の使い道はどうなのやら。
さて、話が逸れてしまったが、話しているうちにゲートの前まで着いてしまった。ゲート…それは古びた鳥居。その先に神社はない。その鳥居をくぐり抜けると、もうそこは異世界なのだそうだ。
入国手続きは済ませ、鑑札も腕に付けた。異世界に渡った後は、向こうに常駐する役人が、『キノコの娘』狩りスポットを案内してくれるそうだ。
『キノコの娘』…キノコが擬人化したという異世界の住人。俺は先駆者達が書き上げた『キノコの娘図鑑』を見て以来、彼女達に一目会いたくて! その思いだけで、ここまでやって来たのだ!
異世界に渡ったからといって、確実に会えるわけじゃない。また、会えたからといって、俺のことを気に入ってもらえなければ、話をすることも叶わない。
だけど! それでも、俺は行く! いざ、『キノコの娘』狩りへ! あ、狩りとは言っても、キノコを採るみたいなことはしない。そう、紅葉狩りと同じだ。ようは愛でるのだ! あ、俺の1番のお気に入りで、是非とも出会いたいのは猫ノ舌 ゼラだ! ゼラちん…会えると良いなぁ…。今の俺には癒しが必要なのだ!
意気揚々とゲートをくぐり抜けた俺。待ち受けていたのは、お役人。制服をキチッと着こなし、表情は真面目そのもの。…頭にキノコの帽子をかぶっているところ以外は…。うん、こちら側でも、『キノコの娘』は一押しなのだろう。そうに違いない!
「ようこそ、異世界フィオーリアへ。本日の目的をお伺いしても?」
「おはようございます。今日は『キノコの娘』に会いたいと思って来ました。早速、向かいたいのですが」
「では、そちらの出口から出て、左手の道を真っ直ぐ15分ほど歩いてください。登山口にも係員が立っているので、そこで鑑札を見せて、入山してください」
「わかりました。ありがとうございます」
丁寧に説明をしてくれたキノコ帽子のお役人にお礼を言い、示された出口へと向かう。出口を抜けると左手に向かって歩いて行く。道はひたすらまっすぐで迷うことはない。言われた通り15分ほどで、登山口が見えてきた。
「おはようございます。ここで鑑札を見せて入山すると聞いたんですが」
「はい。では、鑑札を確認させていただきます。……はい。大丈夫です。気をつけて登山をお楽しみください」
係員のチェックも終え、早速登山を開始する。登山は高校以来だが、体力には自信がある。装備も整えてきた。タイムリミットは夕方。鑑札の有効期間は2日間だが、夜間登山は認められていないから、夕方には下山していなければならない。今日会えなければ、明日ももちろん登るのだが、今日も時間いっぱい粘ってやる!
スギやカラマツを目印に、頂上を目指すのではなく、山をくまなく回っていく。時々、小さな気配のようなものを感じるのだが、ゼラちんはおろか他の娘達にも出会えないまま、お昼を迎えた。登山は体力勝負。時間は惜しいが、持参した昼食を食べ、水分も補給する。さぁ、午後からも頑張ろう。
午後…頂上に登り、今度は下りながら探していく。やはり気配は感じるのだが、なかなか出会えない。焦っても仕方ないし、焦って小さな手がかりを失っては意味がない。鞄からオヤツを取り出し、オヤツ片手に小休止だ。切り株の上に座ってオヤツを食べていると、カサカサと後ろから何かが近付いてくる気配が。
もしかして…と思ったが、いきなり振り向いては、警戒させてしまうかもしれない。知らないふりをして、オヤツを食べていると気配はどんどん近付いてきて。ゆっくりと横を向くとそこには…オヤツを物欲しげに見つめる…猫ノ舌 ゼラの姿が!
「ぜ、ゼラちん…」
「ん…。ゼラのこと知ってるの?」
「う、うん。図鑑で見て…ずっと会いたくて。ゼラちんって呼んでいいかな?」
「…そのスイーツ美味しそう。ゼラにもくれる?」
「もちろん! まだたくさんあるんだ!」
「わぁ! ありがとう! ん。『ゼラちん』って呼んでもいいよ。あなたのお名前は?」
「俺はユウマだ。ユウマって呼んでくれ」
これが俺とゼラちんとの出会い。2人並んでオヤツを食べ、翌日は再び山に入った俺をゼラちんが出迎えてくれ案内してくれた。ゼラちんは俺に懐いてくれ、『友好の印』をもくれたのだ。『友好の印』、異世界フィオーリアの住人にそれを授けられた者は、優先的にこの世界へと渡ることができるのだ。鑑札の代わりとなるので、鑑札を買う必要もない。滅多に授けられることのない物を手にすることができた俺は、とても運が良かったのだろう。ともかくこれで…生活を切り詰めなくても…いつでもゼラちんに会いに来ることができる! 俺は…癒しを手にいれたのだ!