テクニシャンとか……妄想が爆発するじゃないか
今日も今日とて、BL妄想と現実がごっちゃになっている相田広子。
妄想が現実になってしまいがちな、お茶目な三十路ガールである。
しかし、そう毎日妄想に浸ってはいられない。
薄給の社畜は、二十日鼠のようにセコセコと働かなくては見捨てられてしまうのだ。……なんて、社会派みたいなこと言ってみたが、ただ単に自分が仕事をしていなくて、期限に間に合わなくなってきただけ。
側に観察対象がいるとついつい、妄想に力が入ってしまうのだ。
うちの同僚は、そういう意味ではよく仕事の邪魔をするから、迷惑この上ないな。うん。
私の仕事スキルと妄想のことは避けておいても、まぁこの会社は悪い会社ではない。
給料はちょっと安いが、残業は少ないし、仕事内容も無理がない方だ。
私は忙しくガツガツ働いて休日返上で仕事して、たくさん給料をもらうことに生きがいを持つより、のんびりと仕事して休みは休んで、適当に安い給料で細々と生きていきたい派だ。
なので、ここの職場はちょうどいい。
もちろん一番の魅力は言わずと知れた妄想のネタなんだけどね。
さて、その対象である同僚の2人、小堀主任と菊池さんは現在外周り中だ。
いつも自分の席で下らない話ばかりしているが、一応仕事もしている。
そりゃ事務の私がそれなりに仕事をしているのだから、もっと給料をもらっている彼らには馬車馬のごとく働いてもらわないと……なんか馬車馬ってエロい響きだな……ってアカン、アカン。
気を抜くとすぐに、アハンな方に進むこの腐れ脳みそをなんとかしたい……。
彼らが出ていってかなり時間が経つのに、全然仕事が進まない。
ふうっとため息を吐いたところで、部屋の入り口が騒がしくなった。
「マジで勘弁してほしいわ。絶対に終わったと思ったね、僕は」
「す、すいません。蔀さん」
ほっそりと無駄のない体に細身のスーツを着て、さっらさらの長めの髪を無造作にかき上げて部屋に入ってきたのは、営業二課4係の蔀玲司主任だ。
小堀さんの同期になる。
すっきりと整った顔は線が細く、色白で、まつ毛も長くて、目も切れ長。
ヨーロッパ貴族の血が混じっているのかと思われるほどの綺麗系の顔が今は、むすっとしかめられている。
う~ん、美形は怒っていても綺麗だな。
その後を必死に、大きなガタイを小さくしてついていくのは、蔀主任のペアの犬塚さんだ。
あの、小堀さんの子飼いで実直なラガーマン。
犬塚さんがその名の通り犬(雑種、調教済み、従順)なら、対する蔀さんは猫(ワガママ、気位高い、懐かない、気まま)だな。
種族でいうと対極にいる二人のペア。
よくペアに選んだな。
しかし、課長、グッジョブだ。
私はそっと部屋の窓側に視線を向けた。
窓に背を向け、一つだけ置かれた大きな机に座るアラフォー男子。
短く刈り込んだ髪に、健康的な色黒の肌。
くっきり二重が印象的な瞳を細めて、真剣にタブレット端末を見つめる眼差し。
あふれ出る余裕のある男オーラ、大人の男の色気。
何気なく唇をなぞる仕草も様になる。
我らが総川課長である。
見た目にも仕事のできる男である。
しかし、見えているものがいつも全てとは限らない。
仕事はできる。部下にも慕われている。性格も親しみやすい。
ただ……
「…っへ…っへ……っっぶわっちょいっ!ってんだ、コノヤロー」
ただのおっさんである。
皆から尊敬の眼差しを受けているが、このおっさんはそういったことを一切意識していない。
ある意味天然なんだろうな。
ビジネスマンでありながら、周りの自分に対する評価のマーケティングができていない。
深く考えているようで、何も考えていない。
今見ているタブレットも仕事をしていると見せかけて、実は好きなアイドルの画像を見ているだけだということを私は知っている。
この営業2課は、他の課よりもフランクで、休みも取りやすく、仕事も個人の采配に任せてくれるし、楽しそうだと、他からうらやましがられている。
が、ただ単にこのおっさんが軽いノリ好きで、自分が休みたくて、あまり深く考えずに部下のやりたいことにゴーをかけているだけなのだ。
まあ、ノリだけで課長になれるほど社会は甘くないので、おっさんの勘や運は人並み以上に優れているのだろう。
こう評価すると、まるで私がこのおっさんのことを嫌っているようだが、それは違う。
私は私情を挟んで人を評価しないだけ。ん?そんなことはない?私情挟みまくり?それは妄想の中だけの話なはず。
私だって同僚の小堀さんと菊池さんが本当に出来てるとか、小堀さんが強気受けだとか、菊池さんが鬼畜攻めとか、現実は思ってないから……うん、一応……。
思ってないけど、そうあってほしいな~いや、意外ときっかけを与えればそうなるんじゃね?ぐらいには思ってるけど……。
いやいや、今はこのおっさんの話だ。
確かに、このおっさんの、おっさんがかった軽いノリとか絡みとか、私は面倒くさいし、うざいと思っている。
だが、私はこのおっさんのいる課でそれなりに充実した生活を送れているし、なによりおっさんのセンスによるペア決めはある意味神がかっているとさえ思っているのだ。
リスペクトだよ、ホント。
ありがとう。小堀、菊池ペアにしてくれて!
しかしノリだけで選らんでると、時には大きく外す時もある。
私はまだいがみ合っている雰囲気の4係に目を向けた。
おっさんによってペアにされた猫と犬が、対極の顔をして机に向かっている。
見た目も中身も歩み寄れない彼らは、はた目にも仲がよろしくない。
蔀さんは誰に対しても愛想がなくツンツンしてるし、我が道を行く。
まだ新人の犬塚さんは誰に対しても愛想がよく、元気やる気に溢れているが、細かい作業が苦手なのかミスが多い。
小堀菊池ペア押しの私が言うのもなんだが、新人教育なら小堀さんと組ませた方が数倍ためになるのではないだろうか。
確かにBL妄想好きの私としましては、こういうツンツン綺麗系を襲っちゃう、本能のままの素直攻めなんて、素晴らしい素材のセッションだ。
なんていうの?こう、自分に従うのが当たり前の忠犬がある日、牙を向いて襲ってくるみたいな?ツンツンしてるのに、攻められたら意外に呆気なく落城しちゃうとか?
年下攻めの、下剋上。マジで萌えるな。
うん、ポチッとな。
『僕が何で怒ってるのか、分からないのか。このクズ』
冷ややかな目で、床に正座する犬塚を見下ろす蔀。
そうだな、服装は貴族キャラっぽくフリルのついたお洒落シャツに、ピチッとしたズボンでどうだ。靴はエナメルの、とんがったのがいい。
そんな蔀をじっと見つめる犬塚。
大きな体を小さくして、見捨てないでとばかりに目をウルウルさせる。
『デカい図体して、何もできないとは!本当に役立たずだ』
『も、申し訳ありません』
『もういい』
フイッと顔を背け、その場から立ち去ろうとする蔀。
この世が終わったかのような顔をする犬塚。
『いやだ。おれを見捨てないで』
そう呟いた瞬間、蔀に駆け寄り、その細腕を掴む犬塚。
驚いたように振り向く蔀。
巨体が細い蔀の体をきつく包み込む。
『な、離せ!』
『離しません!離したら、別の人のところに行ってしまうでしょ!』
『ふざけるな!僕の言うことが聞けないのか!』
なんとか犬塚の腕から逃げようとする蔀。
細い腰に手を回し、更に強く抱きしめる犬塚。
蔀の首元に顔をうずめ、大きく息を吸い、蔀の匂いを嗅ぐ。
暗い部屋に響くのは、犬塚の熱い吐息。
『……すいません。もう我慢できない……でも、蔀さんが悪いんですよ。おれはずっと我慢してたのに、蔀さんがおれから離れていくから……』
『お前、何を言って……』
『もうダメだ。蔀さん……すっげぇいい匂い』
『な、何、サカってるんだ!変なものを僕に押し付けるな』
『だって仕方ないじゃないですか。こんなにも間近で蔀さんを感じたことなかったから……』
そして噛みつくようなキス。
『……ちょ、やめて……いぬづか。そんなはげし……』
クールな瞳が熱を帯びて潤む。
火照る頬に、伝う唾液。
らめぇっと舌足らずな声を上げる小さな口は赤く腫れている。
更に盛る犬塚が蔀を押し倒し、野犬が牙を剥く。
『蔀さんが悪いんですよ?』
「蔀くんも悪いんじゃない?」
何~!!だ、誰だ。私の妄想に口を挟んだやつは!
漏れてたのか、だだ漏れだったのか。
一瞬のうちに現実に引き戻された私は、臨戦態勢をとった。
誰だ?私の妄想を聞いたやつは!
素早く当たりを見渡す。
ってか、その発言は同意?蔀も悪いって同意したよね?
やっぱり、おれをこんな風にしたのは色っぽい蔀さんが悪いんですって流れで正解ってことか!
って、そんな訳ないよね。誰も同意しないよね。こんな腐った妄想!
ぎゃ~どうしてこの腐った脳みそはすぐに違う世界にフライアウェイするんだ!
どうやって、この事態を乗り切る!相田広子!!