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妄想遊戯  作者: 秋鹿
7/10

妄想のプロ、男を語る

 昼の時間も終わり、小堀さんと菊池さんも戻ってきた。

 しかし、帰ってきた二人はずっと言い合いをしていて、いつも通りではない。

 二人の観察者である私からすれば、どういう経緯で喧嘩になったのか、ぜひその場で見たかった。

 まぁ言い合いと言っても仕事の方向性で揉めているとか、どちらかがどちらかの尊厳を貶したとか、そんなんじゃなくて……。


「っだっから、男はやっぱ仕事ができるやつが格好いいんだって!」


「そりゃ仕事ができるにこしたことありませんけど、女の子は所詮見た目ですって!」


 どっちがモテるかで争っているらしい。実にくだらない。

 でも、こんな下らないやり取りが実に萌える。

 どうもカレー屋からの帰りに、菊池さんがキャーカッコいいとその辺のOL女子に言われたことを小堀さんが妬んでいるらしい。

 そういうところを恥ずかしげもなくプリプリ怒る小堀さんの素直さと、器の狭さが実に可愛らしい。

 それにしても普段からカッコいいと言われ慣れている菊池さんは余裕の表情だ。

 日常ですけど、何かって顔をしている。

 それがまた嫌味でないのが、彼のすごいところだ。

 モテることを自慢はしないが、小堀さんをからかう為にちょっと調子図いてニヤリと笑う菊池さん。

 ニヤリと腹黒スマイルの菊池!いい、実にいい。

 そして対する小堀さんの余裕のない、むすくれた顔もなんていいんだ。

 これだけで想像の幅が広がって、白ごはん何倍でもいけそうな気がする。

 マスクの下で身悶える私を他所に彼らのトークはヒートアップしていく。

 どこそこの合コンではどっちがモテただの、あの時は自分の方が多く女の子とメアドを交換しただの、実にくだらないことで言いあう二人に、私は妄想が広がっていく。

 これはモテ自慢ではなく、自分にヤキモチ焼いてほしいだけなんだよね、きっとそうだ。


『俺だって、それなりにモテるんだからな!あんまり蔑ろにしたら浮気するかもしれないぞ!』

 

 みたいなことを言いたいのだ。

 一人ニヨニヨする私に、小堀さんが更に言葉をかぶせる。


「お、俺だって昨日、カッコいいって声かけられたし!」


 グレート!小堀さん。

 強がる小堀さんを、もう全力でいじめたい。

 妄想スイッチ、オン!


『おや、誰です?そんなこと言って、貴方の気を引こうとする不届き者は……』


『べ、別に誰だっていいだろ?』


『よくありませんよ。貴方は褒められると、すぐに心を許すんだから。襲われてからでは遅いんですよ?』


『だ、誰が男を襲う奴なんて……』


『まったく、警戒心のない……。これだから天然は困るんですよ。相手は誰です?』


『だ、誰だっていいだろ?』


 迫りくる菊池に、たじたじの小堀。

 思わず口を突いて出た言葉で、こんなに責められると思ってなかったんだろうな。

 グイッと小堀の顎を掴むと無理やり自分の方へ向かせる菊池。


『おや、庇っているんですか?そんなにその人がいいのですか?』


 急に目が座り、周りの空気を凍らせていく菊池。


『おいおい、目が笑ってねぇぞ』


 なんて強張った顔で笑ってみる小堀だが、菊池の機嫌は治らない。


『今夜は一晩中お仕置きですね。貴方が誰のものかしっかりと教え込まないと……』


『な、何を言って……』


「何、言ってんですか!」


 妄想小堀の声に菊池さんの声が重なり、私はドキリと肩を竦めた。

 視線を上げると、渋い顔の菊池さんが小堀さんの方を向いている。

 どうも私の妄想を聞きとがめたのではなく、小堀さんのカッコいい発言への苦言らしい。

 だよね~基本可愛い系の小堀さんに誰がカッコいいなんて言うんだよ、おいって突っ込みの声を上げそうになるよね。

 いや、別にカッコ悪いわけじゃないし、顔はすっきり男前なんだよ。

 十人に聞けば、6人はカッコいいって答えると思う。

 でも普段の小堀さんを知っている私からすれば、カッコ可愛いという表現が実に似合っていて、カッコいいから遠ざかってしまうのだ。


「それ、犬塚っしょ?」


「っぶ!そんなわけあるか!」


 プスッと小馬鹿にした笑いを零す菊池さん。

 カッと火がついたように怒鳴る小堀さん。

 笑いの治まらない菊池さんのボディに、小堀さんの拳が入る。


「い、痛いじゃないっすか!」


 そう言いながら、ちょっと笑っている菊池さん。

 これは私のイメージに反するので、スルーしよう。

 さて話題の犬塚とは、営業2課の新人。

 犬塚剛いぬづかつよし。23歳。

 小堀さんと同系統な運動部系だが、彼は小堀さんと違って長身でガタイもいい。

 短く刈り込んだスポーツ刈りと、パッチリ二重のアンバランスさが魅力のナイスガイだ。

 大学時代はラグビーをしていたらしい。

 男気があって面倒見がいいからか、この犬塚君は小堀さんによく懐いている。

 女子ではなく男子にモテる男、小堀。

 同じ4係の、綺麗系でツンデレな蔀玲司しとみれいじ27歳とは気が合わないのかもしれない。

 まぁ、嫌よ嫌よもなんとやら、だよね。

 嫌っているのに、何かのきっかけですごく仲良くなるとか……素敵すぎる。

 綺麗系を襲う犬系の攻というのも私が好きなカップリングなので、ぜひ仲良くしていただきたい。

 でも蔀さんの場合、前までペアで、今は6係の各務理かがみおさむ主任、30歳との絡みも捨てがたい。

 クールであまり表情を崩さない眼鏡系男子の各務主任と、同じくツンっとして表情を崩さない蔀さん。

 この場合は蔀さんに綺麗な顔を駆使しての小悪魔、年下、誘い受け、襲い受けをしていただきたい。

 眼鏡が似合う理系男子はそんな蔀さんにタジタジってのが実に萌えるのだ。

 もう一層の事、蔀さんが攻めても、それはそれで美味しい。

 クールな各務さんが蔀の攻めでアンアン言ってるのもいいな。

 嗚呼、妄想しただけで涎が……。


「ねえ、相田さんはどっちが気になりますか?」


 妄想と現実の狭間でぐらぐらしていた私は、急に話題を振られ、ビクリと背筋を伸ばした。


「えっと、どっちって………」


 何で毎回私を巻き込むんだ、この男どもは。

 ってか犬塚はどうした、名前だけ上げて放置か。

 気になる前振りだけしやがって。


「だから、男の良さはどっちから感じますか?」


 にこりとたおやかスマイルの菊池さん。

 対する小堀さんはちょっと渋い顔で腕など組んでいる。

 質問の意図が読めなくて、私は二人の間で右往左往するしかない。

 どっちに男らしさを感じる?

 さっきまでどっちがモテるかという話をしていたのに……。

 なんでこんなにも話題が飛んでいくんだ。

 お前らは女子か!と突っ込みたくなるのを我慢し、私は平静を装う。


「あの、どっちって言われても……」


 私は二人が絡んでいればそれで満足するので、単品では興味はない。

 一応気遣いできる女子風を装い、どっちも選べませんといった雰囲気を言葉端に散りばめたのだが……。

 そんなんで引く彼らじゃない。

 おいおい、いつもは卒なく危険回避の空気を読むクセに、なんで人が窮地に追い込まれそうな時は、放置するんだ、菊池!

 何、興味津々ですって顔してるんだ、小堀!

 二人の視線に晒され、私は更に混乱した。

 なんて答えるのがベストなんだ。

 ここは当たり障りなく、そしてこの話題から離れるようなナイスな返答を……できる訳ないな。私のボキャブラリーでは。

 とりあえず、考えろ、私。

 まず答えよりも質問の「どっち」の意味を考えろ。

 単純に考えれば小堀or菊池ってことだ。

 ええっと、つまり質問を訳すと「男は攻めか、受けか」ってことか……っておい!当たり障りまくりじゃないか。いろんな意味で。

 これを人畜無害に答えろというのか!恐ろしい子!


「いや、そんな真剣に考えなくても……」


 私の強張った顔に小堀さんが困った顔で頬を掻いている。

 あんまりにもだんまりを決め込んだ所為で、普通なら冗談で終わるところが、妙な空気になってしまっている。

 くそっ、会話のキャッチボールは鮮度が命なのに。

 返答が1秒遅れただけで、ボールをパスしにくくなっていく。

 早くこの訳の分からん注目から解放されたい。

 その一心で、私はしどろもどろに言葉をつなぐ。


「……その、あまり考えたこと、なくて……」


 受けも攻めもあってのBL。つまり菊池あっての小堀ってことだ。


「それぞれに良さがあるというか……ほら、小堀さんなら……」


「へ?俺なら?」


「小堀さんなら、お……後ろが……」


 思わずお尻と答えそうになるが、なんとか言葉を濁した。

 下ネタかよって自分で突っ込んでみる。

 思わず出た小堀さんの気になるポイントがお尻だったのだ。

 いや、だからって菊池さんのアレが気になるとか、そういう訳じゃないんだけど……。


「後ろ?それって、背中が気になるってことですか?」


 どうも予想していなかった返答らしく、菊池さんが目を丸くしている。

 どこか感心したように、彼は息をついた。


「つまり、男のよさは背中で語れってことですか?」


 いや、背中じゃなくてお尻です。

 お尻で愛を語るんです。


「へー相田さんも語りますね。男のよさは背中って、なんか渋いっすね」


 いや、渋くありません。

 腐ってるんです。

 ごめんなさい。

 本当に生きていて、すいません。

 自己嫌悪を陥り、更にどつぼにはまるような言い訳を自分の中で繰り返す。


「…腐って……ごめんないさい」


「腐ってる?ああ、使い古されたって意味ですか?いや、そんなことないですよ!そんな謙遜して謝らなくても!」


「やっぱ時代に流されない、本当の良さってのはあるんですね」


 ねえよ!間違いなく、私の言葉には!

 だが二人は妙に感心しっぱなしで、やいややいやと背中について、男の良さについて語りだす。


「見た目に捉われないって、なんかカッコいいな」


 実に羨ましげに菊池さんが言うものだから、悪い気はしない。

 むしろ、調子に乗ってくる。

 さっきまでのしどろもどろさを忘れて、ちょっとドヤ顔だ。

 なんだか二人に乗せられて私は、ふっと哀愁漂う大人の笑みを浮かべた。

 何故か眼鏡までとって、両手を組み合わせてみる。

 面倒くさがり屋だが、おだてられると乗ってしまう調子のよさ。

 どうも形から入ってしまうのだ、いい年こいて。

 途端に、ポカンとこちらを見る二人。

 しかし自分に酔っている私は、更に彼らを唸らす答えを探して、自分と自問自答中。

 男の良さはと何ぞや――。

 それはBL好きの私に対する禅問答のようだ。

 男、つまり、女性ではない性。

 私では入り込めない性の中にある、同性同士であるが故の愛の形。

 見た目も考え方も違っていて、そんな彼らが性別を超えて、お互いを認め合い、好き合い、葛藤しあい、ついでに求め合うのがいいのだ。

 感覚的にタブーを超えていくところも魅力的だ。

 タブー故に背徳的なやり取りが堪らない。

 つまり、女から見るBLの良さというのは、


「男であること……かな?」


 ふと、口を付いて出た、意味の分からない言葉。

 ついでにいえば、お題は「男のよさ」だったはずだ。

 一瞬で調子に乗っていた自分が恥ずかしくなった。

 慌てて、机に置いた眼鏡に手を伸ばす。

 嘲笑を受ける覚悟で彼らの方を見上げたが、何故だか二人はのけ反っていた。

 なんだろう、二人そろってガラスの仮面みたいな顔をしている。

 思わぬ反応に、私は眼鏡を鼻にかけたところで、止まってしまった。


「えと、あの……」


「漢、だって!」


 何故か息を飲む小堀さん。

 若干男の部分に違和感を感じる。


「やっぱ、相田さんには敵わないッス。漢を求めていく姿勢が男の良さってことですね!」


 感激した菊池さんに左手を掴まれた。

 彼は穏やかな目の中に何か、男らしい炎を燃やしていた。


「そんなこと考えもつかなかった。俺はなんて若輩者なんだ」


「先輩、おれもッス。愛想とかそんなんどうでもよくなりました!」


 何故だか感激している小堀さんと菊池さん。

 何故かその後しばらく、二人に兄貴と呼ばれることになった。


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