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妄想遊戯  作者: 秋鹿
5/10

妄想と同僚とわたし

「ねぇ、先輩」


 菊池さんがコソッと小堀さんのデスクに椅子を寄せて話しかけた。

 先輩っ!と呼ぶ時は大体がプライベートな内容の時だ。

 彼らはどうも入社時から仲の良い先輩後輩のようだ。

 この一年じっくりねっとり観察した私は、彼らのことを彼らよりもよく知っている。

 私は下を向いて、素知らぬ振りをしながら彼らの会話に耳を向ける。

 小堀さんはチラリと菊池さんを見やったが、すぐに自分のパソコンに視線を戻した。


「主任って呼べって言ってんだろ、このタコ!」


 小堀さんが周りに悟られないように、でも軽い口調で自分を舐めているのがありありと伝わってくる菊池さんにイラついているのか、感情を込めた全力の小声で怒鳴る。

 対する菊池さんはまったく意に介してないのか、ひょいっと肩を竦めて舌を出した。


「え~先輩って、なんか主任ってキャラじゃないというか。ほら、主任って仕事のできる男って感じじゃないですか!」


「おい、いい度胸だな。オレは仕事ができねえって言いたいのか!˝あ˝あっ!」


 勢いよく菊池さんの方を振り向くと、そのスーツの襟元をつかんで、小堀さんが菊池さんに顔を寄せた。

 小堀さんの切れ長なのに大きめの瞳が潤み、怒りのためか頬も紅潮している。

 正統派男前なので、眉を寄せて怒るとそれなりに怖いはずなのだが、その幼い顔立ちのためか、なんかうんうんっと目を細めて頭を撫でたくなる。

 ううん、惜しい。私はネクタイをギュッとしてほしかった!

 ネクタイは魅惑のアイテムだよね、妄想を掻き立ててくれるというか。

 対する菊池さんはいつもの爽やかスマイルでとりなす。

 自分のスーツを掴む小堀さんの手に自分の手をそっと添える。


「一番仕事できるって知っていますよ?小堀主任」


「っな!ふざけんなよ、タコ!」


 恥ずかしそうに、小堀さんは掴んでいたスーツからパッと手を離した。

 でも、仕事できると言われてまんざらでもないのか、どこかニヤケ顔の小堀さん。

 こういう単純なところが小堀さんの魅力だ。

 そういう隙をついて、彼を翻弄する菊池さんも実にいいキャラだ。

 いい、この感じ。今日も実にいいシチュエーションだ。

 カチッ―――。



『一番仕事ができるって知ってますよ?小堀主任。でも、主任が一番いい仕事をするのは、ベッドの上ですけどね』


 ニコッと爽やか笑顔を浮かべる菊池。

 だけど、爽やかな笑顔の中で目だけはギラギラと輝いている。

 そう、あれは貪欲に獲物を求めている目だ。

 対する強気・俺様・誘い受けの小堀は、顔を真っ赤にしてそっぽを向く。

 おそらくこれは思い出し照れ(昨日、色々あったんだ。顔が赤くなるようなことが)


『な、何をふざけたことを言ってんだよ、このタコ』


『フフッ。本当にタコがお好きですね。いいですよ、今夜も好きなだけおれのタコさんウインナーを食べさせて……』


 って、いや、これだとなんかコントっぽい。

 タコさんウインナーって……。

 いや、ウインナーを食べてるとこ見てみたいけど……。

 違う。こういうのじゃなくて、ぜひ、菊池さんにお似合いの爽やか腹黒男子による、敬語・年下・鬼畜攻めを活かしたシチュエーションを考えねば………。

 って、ことでリテイク。

 顔を真っ赤にしてそっぽを向く小堀。


『っな!ふざけんなよ、タコ!』


『おやおや、そんな強気なことを言っていていいんですか?先輩?』


 掴まれた手にそっと己の手を重ね、ついでに指を絡める。


『な、なんだよ』


 ちょっと腰が引けたのか、体を反らす小堀に、さらに一歩前に進める菊池。

 ギラギラと燃え盛る菊池の目は、小堀にロックオン。

 薄い唇を長い舌で舐める。


『先輩の冷たい言葉に傷ついたおれの心、じっくり温めてもらわないと困りますね?部下のケアも仕事でしょ?しゅ・に・ん?』


『ど、どうすりゃいいんだよ』


『分かってるくせに、おれに言わせたいんですか?エッチですね』


『ち、違う!俺は部下のケアのためにだな!』


『フフッ、ムキになって可愛い。もちろん、朝までおれ専用の猫ちゃんになってもらうんですよ。いっぱい鳴かせてあげますからね』


 菊池はそっと頬に手を寄せた。

 嗚呼、ここのセリフは、ミルクをたっぷり飲ませてあげますからね、の方が良かったか。

 いや、でも……。


「……さん、相田さん!」


 そして、もちろん……二人は目を閉じて……


「相田さんってば!」


「っふぇ……へいっ!」


 どっぷり妄想の海に浸かっていた私は、慌てて浮上した。

 勢いよく返事してしまったので、変な声になったのは、うん、これはご愛嬌だ。

 二人だけの世界を築いていたはずなのに、何故、私を呼ぶんだ。

 まったく気のきかんこわっぱどもだ。


「へいっ!て、すし屋みたいだな、どうしたんスか?相田さん」


 ハッと気づいて、現実を見れば、二人が不思議そうな顔で私を見ている。

 私の前で手をヒラヒラ振っているのは小堀さんだ。

 小堀さんは、平社員だけど一応年上の私に気を使ってくれている。

 だが、上司の威厳を保ちたいのか、敬語とタメがなんかごちゃまぜだ。


「ははっ、物静かな相田さんのお茶目なところ見れて、なんか新鮮で嬉しいですね」


 フフッと爽やかな笑顔を浮かべるのは菊池さん。

 彼は基本敬語だ、誰に対しても。

 前に一度聞いたのは、間違って上司にタメ口を聞いてしまったので、そこから誰に対しても敬語を使うようにしたらしい。

 誰にでも敬語を話しておいたら間違えないって発想。

 なんて極端なんだ。

 卒のないイケメンのくせに、そういうところは受けぽくって、妄想の幅を広げられるじゃないか。

 しかし、敬語はいいとしても、そんな爽やか笑顔を乱発して、嬉しいとか言うんじゃない。

 こんなアラサー独身喪女にまで気を遣うとは。彼のイケメンスペックは非常に高いな。

 だがそのスペックを発揮してほしいのは、私じゃなくて、小堀さんなのだが……。


「失礼しました。どうされました?」


 私はずれかけた眼鏡を直し、小堀さんの方を向き直った。

 ツンツン頭の上司は、28歳のくせに、まるで高校生のような無垢な顔をしている。

 よせよ、そんな罪な太陽って感じの笑顔を浮かべるのは。

 妄想が爆発するじゃないか。


「いや、もう昼だし、仕事置いてよ。もうメシにしようぜ。俺はこいつがワガママ言うから、外のカレー屋に行くんだけど……」


 なに!もう昼時だったか。妄想のお蔭で30分くらいは楽しく過ごせてしまった。

 私は満足げに頷き、パソコンを閉じた。

 昼にカレーか、いいな。

 何種類ものスパイスが混じった濃厚で、魅惑のカレーって……ちょっと待て!

 二人でカレーだと!

 いつもはその他大勢と社食なのに、二人っきりなんて!


「そ、それで、もし良かったら、相田さんも……」


 小堀さんが鼻に手をやって、何か恥ずかしげにそっぽを向いている。

 だが、もうすでに私は聞く耳など持てない状況だ。

 私はもう妄想の波にもまれ、自分でもよく分からん感じになっていた。

 二人でカレー!しかも菊池がワガママを言っただと!

 なんでそんなおいしいやり取りを聞きのがしたんだ!私!

 きっと「先輩、おれのお勧めの店、二人だけで行きませんか?」「なんだよ、そんなにうまいのか?(ワクワク)」「フフ、(単純で可愛い人だ。カレーを食べに行くつもりが逆に食べられるとも知らないで…)濃厚なカレーで身も心も熱くしてあげますよ?」とかいうやり取りがあったんだ。

 それを聞き逃すなんて!

 妄想女子にあるまじき行いに、悔やんでも悔やみきれない。

 思わず深いため息が漏れた。


「……カレーが憎らしい………」


「……もしかして、カレー嫌いでしたか?」


「そ、そうなのか?じゃあ、無理に付き合わせるのも悪いし、俺ら二人で行ってくるよ」


 そう言いながらそそくさと席を立ち、外に行く二人。

 苦悩に身もだえる私。

 バンッと机を叩き、頭を抱える。



「相田さんって、1年も一緒にいますけど、謎の多い人ですよね」


「でも、だから攻略したくなるよな~。とりあえず、あの眼鏡とマスクをとってみたい」


「それ、めっちゃ分かりますよ、先輩!」


「だから、主任って呼べって言ってんだろ!」


「はいはぁーい、子ども主任!」


「殺っ!」


 なんてやり取りがあったとか、なかったとか。

 妄想の海にどっぷり浸かった私には、何の声も届かなかった。


とりあえず、思いついたところまでで完結です。

また思いついて続きが書きたくなった時に付け足していこうと思いますので、ヒマな時にのぞいてやってください。

最後に言い訳ですが、一応、この作品は、主人公の頭の中だけがBLで、現実世界では普通のオフィスラブの恋愛物となっています。いや、なってないか、全然。

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