妄想は、ありのままで!
現在大ヒット上映中のアナと雪の女王を下品にいじっております。
けして作品を蔑ろにしている訳ではありません。
どうかネタの一つと笑って読み飛ばしていただける心の広さでお許しください。
パチパチ……とパソコンのキーを叩く音が響くオフィスの一角。
昼時間近な営業二課5係のデスク。
うちの会社の営業部は5つの課に分かれていて、その中で更に7,8つの係に分かれている。
係というよりもチームと言った方がいいのかもしれない。
うちの会社はこうやって、細かくチーム分けされて仕事をしている。
営業二課5係は小堀主任を頭に、菊池さんと私しかいない。
営業のペアである小堀さんと菊池さん、そして事務処理担当の平社員相田。
ついでに私は別のペアの事務処理も受け持っているのだが、その話はまた別の機会に。
「ねえ、先輩。アナ雪、見ました?」
「主任って呼べと言ってるだろ、タコ」
外回りから帰ってきた二人はパソコンも開けずに、暑い暑いと言って薄いファイルで仰ぎながら世間話をしている。
もう午前中の仕事は彼らの中では終わっているらしい。
「先輩、タコ好きですね」
「もう、お前の話なんか聞いてやらない!」
小堀さんがツンッとそっぽを向く。
すると菊池さんも反対方向にプイッと顔をそむける。
「いいですよ~おれの話は相田さんが聞いてくれるし」
「あっ、お前、相田さんの前だけいい子ぶんなよ。そして仕事している人の邪魔すんな!」
「それ、先輩が言うんですか?」
ムキになって立ち上がった小堀さんに、菊池さんが冷ややかな視線を送る。
「え~おれ、引くな~」
「何が引くなだ、タコ!諸悪の根源がおれ関係ないみたいな顔してんじゃねえよ!」
やいやい言い出した二人はもう、アナ雪のことも私のことも忘れて二人の世界を構築しだす。
いいぞ、私に構わず二人だけの世界をもっとこう、濃密に絡みついて、ねっとりと深めていこう!
「も~先輩と話すと話題がずれてくんですけど!」
ぷくっと頬を膨らませる菊池さんの頭に小堀さんがていっと空手チョップをお見舞いする。
「俺の所為か、お前がいつまでたっても本題に入らないのが悪いんだろ?何、アナ雪?アニメだろ?」
心底腹立たしげに息をつくと、眉を寄せたまま、背もたれにもたれかかる。
さっき一度締めなおしたネクタイに手をかけ、緩めだす。
そのネクタイを持つ手はすらっとしているのに、骨ばっていて意外に男らしい。
「知らないんですか?今、めっちゃ人気なんですよ?あの、歌がいいですよね~」
「お前、ディズニー好きなの?」
なんだかんだ言いながら、毎回、菊池さんの話を聞いてあげる小堀さんは本当に真面目だ。
いいように使われる系のイイ人を地で行く彼。
なんだか不憫に思えてくるので、後で甘いものでも与えてみよかなと私は心に決めた。
そんな私の心なぞ気づく訳もなく、二人は仕事もせずにどうでもいいことを話し込む。
「別にディズニーを好んで見る訳じゃないですけど、彼女がディズニー見たいって言うこと多いんです。だから、結構見てるかも。こないだもモンスター・ユニバーシティ見ましたし」
「前の彼女と、だろ?見る相手はいつも違うのに、いつもディズニーって」
「あっ、うらやましいんですか?」
「ばぁか!誰が羨ましがるかよ!」
ニヤッと笑った菊池さんに対して、小堀さんがムスッと顔をしかめる。
ああ、もう!
なんでこうも乙女心をくすぐるやり取りをするかな。
カチッ―――。
『ばぁか!だ、だれがうらやましがるかよ!お前が誰と付き合おうと俺は興味ないし……』
『本当に興味ないんですか?先輩?』
『当たり前……』
プンッとそっぽを向こうとする小堀の頬にそっと手を伸ばす菊池。
『ダメですよ?しっかりとおれの目を見て、言ってください。本当におれが誰と付き合おうと興味ないんですか?』
グイッと小堀の顔に自分の顔を寄せる菊池。
顔を真っ赤にして、視線だけ逸らす小堀。
『そ、それは……』
『ほら、ちゃんとおれの目を見て言ってください』
「……さん、あい……さん」
『菊池、離せよ』
『ダメですよ、本当はヤキモチ焼いてるんでしょ?ちゃんと言葉にしてくれないと、おれには分かりません』
フフッと黒い笑みを浮かべる菊池。
噛みつかんばかりの距離で、小堀の耳元に囁く。
『あなたの雪の女王はおれだけだって。だって、あなたはおれだけのアナ……』
「おーい、相田さ~ん!」
「……アナだから……」
「あれ?相田さんもアナと雪の女王に興味あるんですか?」
「ってか、ちゃんと聞いてたのか?」
ふと浮上した意識の中で、二人が不思議そうな顔で私を見ていた。
「えっと、あの……雪の女王が……」
何の話かさっぱり分からないけど、とりあえず二人の話を聞いていた体で話を進めることにした。
「ほら、やっぱり女の子はディズニーが好きなんですよ、相田さんも気になるって言ってるじゃないですか!」
「違うって、相田さんはお前に気を使ってるだけだっての!」
どうも話はアナ雪から外れて、女子はディズニーが好きか否かへと論旨が移ったらしい。
しかしこんな三十路女を捕まえて、女の子って……。
菊池クオリティーはやっぱッパネェーな。
しかし映画か……最近、全然見てないな。
アナ雪もCMは見て気にはなったけど、でもあなた、三十ガール一人で、込み合った映画館INディズニーはきつくね?
いや、一人映画館なんて全然へでもないけどさ。
純粋な目をした子供たちに交じって見る自信は……ない。
「相田さん、見ました?映画?」
「見てません。CMで歌が流れるので、よく知っている気になりますが……」
「あの歌いいですよね~なんか、熱唱したくなるんすよ!」
なんだかノリノリの菊池さん。
新しく出来た彼女と行った映画が実に楽しかったようだ。
それは何より。でも、貴方の最愛の人は小堀さんなんだよ。映画行くなら小堀さんと行こうよ。
私は無表情の中で苦虫を噛み潰した。
「あの、ありのままの~ってのがいいですよね。おれもありのままの自分をさらけ出そうって気になりましたもん!」
何!ありのままの自分だと!
それってやっぱり爽やかスマイルの下の鬼畜攻めですか!菊池さん!
もちろん、さらけ出すのは小堀さんの前だけ……。
カ……
「いや、お前はもう全部さらけ出しているだろ?今更何を出すんだ?このヘタレ!」
ああ、妄想スイッチが入る前に小堀さんの「ヘタレ」に邪魔されてしまった。
違うよ、ヘタレと見せかけて、近寄ってくる小堀さんを捕食するんだよ、ありのままの菊池は!
私は叫びたいのを我慢し、言い知れないもやもや感をなんとか押し込めた。
そんな私の気持ちを代弁するように、菊池さんが不服の声を上げる。
「え~先輩、ひどいですよ!これは表の顔です。裏には誰にも見せたことのない影の菊池が……」
「どこの中二病患者だ!早く学校に帰れ!保健室でずっと寝てろよ、タコ!」
くぅ~なんて今日の小堀さんはこんなにも飛ばすんだ。
美味しい、実に美味しすぎるネタ振りだ。
学校、学ラン、保健室ネタで何倍ご飯が食べられるだろう。
ジュルッと溢れ出す涎を必死に呑み込み、私は意を決して妄想の空に羽ばたく。
さぁありのままの自分になるのだ、相田広子。
めくるめくBLの世界へ。
カチ……
「ってか、常識で考えて、ありのままの自分をさらけ出すなんて、後で憤死しそうだよな」
ぼそっと呟く小堀さん。
ありのままの自分をさらけ出した私に100のダメージ。
「そうっすね、大人には出来ない芸当っすよね~。我に返った後、恥ずかしくて表歩けなくなるかも……」
真顔で頷く菊池さん。
恥ずかしくて表を歩けないフラチな妄想を抱く私に1000のダメージ。
つまり……。
「って、うわ!どうした!相田さん!」
「どうしたんですか?すっごい音しましたよ、ゴンって!」
机に突っ伏した私に、二人がぎょっとなって立ち上がる。
しかしすでに瀕死の私には返事をするHPもない。
もはや「返事がない。ただの屍のようだ」状態である。
「相田さ~ん、何か気に障ることでもありましたか?」
「ちげーよ!お前が夢のない話するから!きっと相田さん、こう見えてめっちゃアナ雪見たかったんだよ!」
「ええ!そうなんですか!相田さん!ってか、それならおれだけじゃなくて、先輩もでしょ?」
「相田さん、気にせず映画見てくれていいですよ。ってか、なんなら今日、俺と行きますか?」
「ああ~二人だけずるいっす。おれも行きます!おれも相田さんとアフターしたい!」
「ああん!お前は彼女と見たんだろ?」
「結局見れなかったんですよね~見る前になんか雰囲気悪くなっちゃって。今回の子は2か月で終わりか~。また次探そ~!」
なんてやりとりは、もちろん屍には届かないのである。