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野球とビール=青春?

作者: 蔵野茅秋

「おー!次は打てよ~」

「そうだ~ドカンと一発狙っちゃれ~」

 俺達はカンカンと照らす太陽の日差しの中、おっさん二人は持ち込んだビール片手に、目の前で行われる野球――もっと言えば夏の高校野球地方予選会の決勝の会場の外野席。芝生の上にビニールシートを引いて、好き勝手にくっちゃべりながら言いたい放題に応援していた。

 ――ドンドンドドドン!

 激しく鳴らされるバスドラム。それに続くように金管楽器の音が鳴り響く。その音に送りだされるようにバッターボックスに立つ高校球児。

「やっぱあっちに座らなくて正解だったろ」

 向こうに見えるアルプススタンドには両翼に分かれて決勝に進んだチームに保護者や応援団なんかがひしめいていた。そんな中でどちらかを応援して酒を飲むなんて言う勇気は、俺も友人も流石に持ち合わせてはいない。というかそんな鉄のハートがあるなら仕事もきっともっと上手くやれてる。そう思うほどだ。

「その変わりアチーけどな」

 笑いながら空になった空き缶グシャっと潰してコンビニの袋に投げいれる。そして持参したバケツにコンビニで買いこんだ氷と水をぶち込んで作った即席の冷蔵庫から、新たなビールを取り出し。キンキンに冷えたビールを喉へと流し込んだ。

「プファ~。最高だわ!この喉越しと苦みが何とも言えね―んだよ」

「ちげーねーわ」

 隣にいる友人も、持っていたビールを一気に呷るとバケツに手を突っ込み新たなビールを手にしていた。

「お前何本目だよ」

「ん?これで三本目」

「ペースはえーよ」

「そうか?」

 クツクツと笑いながら、友人も俺はビールを飲みながら観戦を続ける。

「そう言えばよ」

「なんだよ?」

「思いださねーか?」

「何を?」

「高校の時だよ」

 友人は普段はあまりしゃべらない。しかし会場の雰囲気と酔いも手伝ってか、いつもよりも饒舌だ。

「だからなんだよ」

「部活だよ、部活。俺たちも高校球児だったって事だよ」

「あぁ…そいこと」

 俺からすれば特に思いだしたくもない事だ。

「んだよ…ノリ悪いな」

「そりゃアレだ。お前も経験すりゃ分かるさ」

「なになにその経験者は語る的な~」

「うっせ」

 俺は友人の言葉を切らせる為、半分以上残っていた缶ビールを一気に呷ってやった。

「はは~言い呑みっぷりですね~社長!いや係長だっけ?」

「残念だけど課長への内定が確定だよ!こないだ内示あった」

「マジか!?お前なんでそんな出世してんだよ。なんだコネか!コネなのか!」

「残念だけどコレばっかりは実力と運だな」

「その心は?」

「実力二割、タイミングと運が八割」

「何だよ棚ぼたかよ」

「それを引きこむのも運の内だろ」

 ――パララ~パララララ、パララ~。

 何だっけ仕事人だっけ?これ。タイミング良すぎだろうと内心笑ってしまう。

 俺も友人も今年で三〇代も半ば。お互い独身やる事の無い休日。しかしこうやってビール飲みながら観戦する高校野球は初めてだ。グラウンドの中で躍動する球児たちの姿はまさに青春そのもの。泥臭くて甘酸っぱい経験が出来る多感なころ。それを肴にビールで一杯やる俺達おっさんにしたら、これくらいの苦みがある感じが丁度いいのかもしれない。

 グダグダとグダグダと……流れて行く時間は戻る事はない。掴み取ろうとしてもするりと抜けて行くものをテキトーに諦めて、この流れに身を任せていれば何とかなるだろうという楽観。悔しさに妬み嫉み――そう言ったものは色々感じる頃もあった。でも今は割とそう言うのはどうでもいいのかもしれない。そんな風に感じるようになってどのくらいだろう?

 ――――俺は…。



「おい最終回だぜ」

「あ?」

 どうやら俺は少しの間落ちていたみたいだ。友人に小突かれて目が覚めた。

「何か知らんけどさ。お前が急にピッチ上げ始めてよ五回くらいで寝落ちしやがったんだよ」

 ホレと言って水を手渡してくれた。

「ホントならスポドリ何だろうけどな、残っててさらにアルコール吸収とかシャレならんだろ。だから水だよ。つかこんな暑いのによく寝れたもんだな」

「ホントだよ。熱中症でくたばっても文句言えないな」

「違いない」

 友人から手渡されたミネラルウォーターは程良く冷えていた。とりあえず俺はカラカラニ渇いた咽喉を潤す為に一気に半分近く飲み干した。そして残った半分は頭へとぶっかけた。

「おいおい大胆な事するな。オイ!頭振るんじゃねー!犬かテメー!俺まで濡れちまっただろうが!」

 そういう友人の罵声なんかどうでもいい。まぁその友人のお陰でかなり意識がはっきりした。

「…水、まだあんの?」

「ん。ほれ」

「サンキュ」

 二本目のペットボトルの蓋を開け、口を付けようとした時だ。

 高鳴る金属音会場を木霊した。

「おぉ…こりゃこれで終わりじゃないか?」

 友人はそう言って、

「あん時みたいなのな」

 そう続けた。

 ――――ッ!言葉にはならなかったが、友人のその言葉は俺の心を深く抉った。

 あの日も暑かったし熱かった。グラウンドもスタンドも見守る人にプレーする人。全てがアツかった。

甲子園何か目指して頑張って、決勝までは行けなかった。けど、県でも上位に入れたあの試合。俺が最後に――。

 ――風が吹いた。気まぐれな女神のいたずらなのかもしれない。女神はこのまま終わる事は望んでない。もう一波乱ドラマがあっても良いと思ったんだろう。

 風の一押し。ボールは目の前にいた外野のグローブを掠め後ろに逸れた。

「マジかよ。これあん時同じだぞ…」

 友人の呟きがやたらとハッキリ聞こえた。

――その瞬間だ。

俺は弾かれたようにフェンスまで駆け寄ると叫んでいた!

「まだ間にあうぞバックホームだ!」

何とか捕球した選手は俺の言葉を聞いてか、それとも日頃の練習の成果なのか、一直線にホームへとボールを放り投げた!

二アウト満塁。ボールが打ち上げられた瞬間ランナーは全て走りだしていた。点差は三点。一塁のランナーがホームに変えれば勝ちはなくなる。そのまま次回へと持ち越し。もしバッターランナーがホームに戻ろうもんなら逆転だ。

力強く投げられたボール低い弾道でキャッチャーの元へ向かっていく。中継何必要無い。最短で最速。高校生には投げられないような早さで、想いの丈が詰まったボールが向かう。

ランナーが一人。また一人とホームに生還する。一塁ランナーは三塁コーチのサインでホームに向かう。

ボールはワンバンドする。その時少しキャッチャーから軌道がずれた。

無理矢理身体を伸ばして捕球を試みるキャッチャー。その思いは届く。グローブに収まったボール。それをホームへ!

ランナーは何とか生還しよう必死に飛び込んだ…。

――そしてキャッチャーとランナーは交錯した。



グラウンドもスタンドもベンチも静寂に包まれる。

「おいおいどうなったんだよ!」

 友人の一言に主審が答えるよう、満を持して結果のサインをした。

 にぎりしめた拳を振りコールする。

 ――アウト!

 ランナーの手は僅かにホームには届かず、キャッチャ―が防いでいた。

「お、お、おぉぉおおおぉぉーーっ!!」

「止めた!止めてんぞ!」

 歳がいなくおっさん二人がはしゃぐ光景は傍からすれば滑稽だろう。

 両チームが整列し挨拶を交わす。

「あん時とは違う結果になったな」

「あぁ…」

 俺は友人が飲みかけていたビールをひったくって一気に呷る。

「ちょ!お前!」

 友人の声など無視して一気に飲み干してやった。

 口に残る苦味は、きっとあの時の涙の味。喉を通る炭酸の刺激は、あの時の後悔想いが集まった痛み。お陰で眼元からはよくわからない涙が流れ出した。

 俺はまだ引きづっていた。でも目の前の光景はそれを裏切った。失敗したところで逆転できる目が残ってる事。今更ながらにそう感じた。今みたいな流されるままの人生でいいのかよ俺。棚ぼたなんか期待したところでそんなものあるかどうかも分からない。

それなら少しでも自分からやりに行くべきだろ。さっきの外野の子みたい。

 そう思ったら自然と口元が緩んで笑い出していた。

「おい、大丈夫かよ!」

 俺の様子を見かねてか友人が声をかけてくれる。まぁ関係無い。

「なぁ、飲みに行くぞ!」

「はぁ!?何考えてんだ」

「いいだろう。俺がおごるからよ。ほら行くぞ」

 ――さぁ、明日から見える景色を変えてやるか。



誤脱字見たら教えてください。

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