表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔剣伝承ラブレス  作者: サワハト
5/6

第五話「魔剣一閃」

停戦が失敗に終わり、アルテアとガディスは再び緊迫した局面を迎えていた。

これまでの戦いでお互い相当数の兵力を失っていたが、両国を隔てるグレートティアーの大河をはさみ、残されたほぼ全軍を集結させていた。次の衝突があれば、おそらくそれはどちらかが全滅させられるまで終わらない、血戦となるだろう。

そんな状況の中、ランスロットはラブレスを携えて、単身ガディスの王城を目指していた。


カポーン。


竹筒が石を叩く音が鳴り響く。

ランスロットは初めて見るものだったが、獅子脅しという異国の装置だという。


「あー、いいお湯ねー」


ラブレスは両腕を夜空に向けて伸ばすと、解放感をあらわにした。そして、腕を下ろしてお湯につけながら、背中合わせになっているランスロットに声をかける。


「ねえ、あんたの左腕にも良いんじゃない?」

「ああ……そうだな」


ランスロットの返事は歯切れが悪い。ラブレスとは逆に緊張した面持ちだ。


「こっちを向くなよ?」

「ちょっとおー、あんたがそれ言う?

 それは普通、女の子のセ・リ・フでしょ!」


五百歳を超えた魔女が何を……

言いかけて、やめる。それは女性に言うべき言葉ではない。

自分は騎士なのだ。たとえ、魔女と二人で風呂に入っていても。


「ねえ、明日で戦争も終わりでしょ?

 最後にちょっとして欲しいことがあるんだけど」


道中で偶然、秘湯を見つけたとき、ラブレスが言った。


「何だ?」

「んふふ……

 まだ、あんたに力を貸したお礼、何ももらってなかったよね」


人間の姿で一緒に風呂に入りたい。

ラブレスの真意はわからなかったが、力を借りている代償と言われると断れなかった。

背中合わせで、決してお互いの姿を見ないことを条件に了承した。


「ランスロット……あんた、ホントにいい男だったね」

「……何だ?突然」


ラブレスにしては珍しく、素直な話し方だった。


「最初は、興味本位でちょっと手伝ってやろうと思っただけなんだけどねー。

 あんた、割りとあたしのタイプだったし、必死こいてて笑えたから」


ランスロットは、自分を人として扱ってくれる。女として見てくれる。

からかうたび、ランスロットが顔を赤くするのが楽しくてたまらなかった。


「でも、あんたを見てると、人間も捨てたもんじゃないなって……

 そう思える」

「買いかぶり過ぎだ」


自由とか愛情とか人並みの幸せとか、そういうものを望んではいけない。

ラブレスは、それが痛いほどわかっていた。

五百年前に愛した男が最後に自分に望んだのは、剣として戦うことだった。そして、戦いが終わり、魔法に関するすべてのものと同様に自分は封印された。


最初は、いつか男が迎えに来るという希望もあった。だが、数十年経ち、男が寿命を迎えたであろう時間が過ぎると、その希望も捨てざるを得なかった。

結局、自分がここにいることが男の人生にとって最善の措置だったのだ。冷たい石のほこらの中で、過去の存在として人々から忘れられることが、一番良いのだ。

ただ、それは、やはり、寂しかった。


「ランスロット……」

「何だ?」


好きよ。

本当は言いたい。


「明日は勝とう、ね!」


だが、それは言ってはいけない言葉だ。


「そうだな。

 必ず勝って、戦いを終わりにしよう!」


明日、戦いが終われば自分は再び封印されるだろう。

魔法戦役以後、今でも魔法は禁忌なのだ。魔剣や魔女などの存在が許されるはずもない。

ランスロットは、わかっているのだろうか。だが、ラブレスはそれを確認する勇気が出なかった。

だから、代わりに思いきり背中から抱きついてやった。


ギュウ。


「うわっ!離れんか、馬鹿者!」

「あははははは!」


こうして笑えるのも、今夜が最後かもしれないのだから。


☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆


ガディス王城。

険しい山に囲まれ、道らしい道と言えば、普段からガディスの騎士団が利用している小径のみ。この天然の要塞に城を移築したのは、今の王の代になってからのことであり、実際に戦争を開始した今となっては、以前より何かしらの心積もりがあったようにも思えた。

午後に入ってから天気が崩れ、上空には暗雲が立ち込めている。

騎士たちのすべてを獣人の軍団として送り出し、閑散とした城には不吉な雰囲気すら漂っていた。


「エフタル!エフタル!」


ガディス王は廊下をバタバタと早足で歩きながら、頼りの魔法使いの名を呼ぶ。


「王さまー、僕はここだよ」


少し先に行ったところにある中庭から、少年の返事が聞こえてきた。

王はさらに足を速め、庭に駆け込んでいく。


「エフタル!」

「どうかした?」


焦燥感を漂わせている王とは対称的に、落ち着いた様子で少年は答える。


「エフタル!

 今度こそ……今度こそ、アルテアに勝てるのだろうな!?」

「またその話?状況は変わってないよ。

 魔剣を持った騎士さえ倒せば、こっちの勝ち。

 残りはおまけみたいなものだから」

「では、その騎士には勝てるのかっ!どうなのだ!?」


王は怒鳴りながらも不安そうに身を縮め、救いを求めるように両手をエフタルに伸ばした。その指は落ち着きなくパタパタと、不規則に動いている。


「勝つよ。

 騎士ごときに、僕は倒せない」

「エフタル!わしはお前だけが頼りなのだぞ!

 お前の力を見たから、わしはアルテアに勝てると思って……」

「ガディスとアルテアの統一……

 王さまの夢って言ってたっけ?」

「本来一つだったものを、元に戻すだけだ!」


明確な根拠はないが、白い上弦の月と黒い下弦の月という紋章の対称性など、アルテアとガディスがかつては一つの国であり、今でも一つであるべきという思想を支える証拠はいくつか存在する。ガディス王もその思想を持った人間の一人だった。


「アルテアもわしのものだ……」


エフタルの魔法の力は彼の心に一石を投じ、波紋を起こしたのだった。波は大きなうねりとなり、二つの国を戦禍に巻き込んだ。


「停戦はさせなかったんだ。もうすぐ次の戦いが始まる。

 情報が入ったら教えるよ」

「ああ、よろしく頼むぞ……」


王はようやく多少の落ち着きを取り戻すと、エフタルに背を向けてその場を去ろうとした。


「そうそう、王さま」


エフタルは王の背中に声をかけた。

王が立ち止まり、顔をエフタルの方に向ける。


「何だ?」

「王子さまだけど、生きてたみたいだよ。

 今はアルテアの捕虜だって」

「……そうか、それは何よりだ」


興味なさげに答えると、王は城内へと去って行った。


「自分の息子すら、道具に過ぎない……か」


王を見送りながら、エフタルはつぶやいた。

何気なく視線をやると、空は相変わらず黒い雲で埋め尽くされている。


「一雨来るかと思ってたけど……もっと荒れそう、かな?」

「どうかしら。

 できれば、穏やかに済ませたいものね」


エフタルの誰にともなく投げかけられたつぶやきに、答えた者がいた。

城内の闇の中から姿を現したのは、ラブレスを右手に持ったランスロットだ。

エフタルは、二人をいつもの笑顔で迎える。


「ここまで乗り込んでくるなんて、姉さんとランスロットくんには驚かされっぱなしだな」

「あんたと決着をつける。

 それが、この戦争を終わらせる唯一の方法よね」

「なるほど……確かに、僕と姉さんの力を考えたら妥当な考えかもね。

 僕と王さまを殺せば、それで終わり」

「殺し合いをするつもりはない。停戦を希望する」


ランスロットの言葉に、エフタルの表情が忌々しそうに歪む。


「停戦なら、こないだ台無しにしてあげたはずだよ?」

「だから、あらためて申し込む。

 この戦争は終わりにしなければならん。次にアルテアとガディスの軍がぶつかれば、両国の被害はとりかえしのつかないものになる」

「きれいごとを言うな!

 戦争なんて殺し合いだ!

 人間の命なんて、なんだって言うんだ!」


エフタルの語気が荒くなる。

しかし、ランスロットは強い意思を込めて言った。


「戦争は残酷で、褒められた外交手段ではない。それは認めよう。

 だが、単なる殺し合いとは違う」

「ラウンドクレセントの惨状を見ただろう!アルテアの騎士どもは、僕が焼き払ってやったんだ!

 僕が憎くないのか!?」

「少しも憎くない……と言えば、嘘かもしれないな。

 だが、私はお前を許す」

「ふざけるなあっ!」


叫ぶと同時に、エフタルの全身から炎が噴き出した。

無数の火柱があらゆる方向からランスロットを襲った。


「ラブレス!」


ランスロットはラブレスを振るい、一本の火柱を斬り裂くと、その方向へと身をかわす。

一瞬前までランスロットが立っていた場所では残りの火柱が交差し、周囲の草木を焼き尽くした。


「騎士風情が!僕を許す!?

 僕に勝てるとでも……思っているのかっ!」


エフタルの体は今や炎の塊と化していた。叫ぶたびに火柱が吹き上がり、ランスロットを襲う。

ランスロットはそれを斬り裂いては逃げる。

あっという間に庭の草木の大半を焼き尽くして、炎はいっそう激しく燃え上がった。

ランスロットはすかさずラブレスを天に掲げた。


「ラブレス、雨だ!」

「オーケー!」


ラブレスが答えると、天を覆う雲から雨が降り注ぎ、炎を消した。

ランスロットがエフタルをにらんで言う。


「ガディスの人間まで危険にさらす気か?」

「知ったことじゃないね」


エフタルは吐き捨てるように言うと、ラブレスに質問を返した。


「姉さんもランスロットくんと同じ考え?」

「エフタル、ランスロットは……五百年前にあたしたちを利用した人間とは違うわ」

「変わらないさ!

 僕はずっと見てきた。人間は魔法戦役から何も学んでない。

 姉さん……僕は予言するよ。もし今、僕を止めて戦争を終わらせても、同じことの繰り返しさ。

 姉さんはまたあの冷たい雪山に逆戻り。誰も迎えになんて来やしない!」

「……」

「私はそんなことしない!」


答えを躊躇したラブレスに代わり、ランスロットが言った。

ラブレスが人間だとわかった以上、ホワイトウォールの山頂に戻すなんてあり得ない。

ランスロットには至極当然の帰結だったが、エフタルの怒りの炎には油を注いだ。


「その言葉の軽さがムカつくんだよっ!」


エフタルが両腕を伸ばし、手のひらをランスロットに向けると、赤い光が放たれた。

ランスロットは何が起きたか理解するより前に、反射的に上空に身をかわす。


ジュウッ!


赤い光がランスロットの立っていた位置の地面をえぐり、そのまま城の石壁を溶かした。

巨大な熱線だ。直撃すれば、人間など跡形もなく消えてしまうだろう。


「上に逃げたね。撃ち落としてやる!」


エフタルは顔を上に向けてランスロットを捕捉すると、右手を突き上げた。

最初のものより細いが、人間の体を蒸発させるのに十分な高熱の赤い矢がランスロットに放たれる。


「ランスロット!体の制御をあたしに任せて!」


ラブレスの声を聞いて、ランスロットは緊張と興奮を振り切り、全身の力を抜いた。

ラブレスは周囲の空気とランスロットの体を操作し、熱線を回避する。


ジュウッ!ジュウッ!ジュウッ!


連続して放たれる三の矢、四の矢も回避。

まるで空気を蹴っているような、慣性を完全に無視した動きだ。

だが、五の矢に備えて地上に視線を戻し、ランスロットは異変に気が付いた。


「エフタルがいない!?」

「僕ならここさ」


すぐ横で声がした。

エフタルが壁に足をめり込ませ、垂直に立っている。

向き直るより早くエフタルの拳が背中に叩きつけられ、ランスロットは落下した。ラブレスが風を起こし、地面への直撃は回避する。

が、ダメージは小さくなかった。


「がはっ!げほっ!」


ランスロットは地面にひざをついて、せき込む。

鎧の上から叩かれたのに、相変わらず信じられない力だ。

ランスロットを追って、エフタルが下りてきた。


「苦しそうだね、ランスロットくん。

 もしかして骨までやっちゃった?」

「ぐっ……!」


ランスロットは何とか立ち上がるが、言葉を返せない。


「僕みたいな子どもがこんな力を出せるなんて、信じられないでしょ?

 これも魔法の力なんだよ。

 魔法使いっていうのは理不尽な存在なのさ」


自分は人間ではない、とでも言いたげにエフタルが語る。


「どうだい?怖くなってきた?

 まだ僕を許してやろうとか思ってる?」


ランスロットは中腰のまま肩で息をしている。


「そろそろ殺す気で向かってきたらどう?

 意外といけるかもしれないよ?

 実際、五百年前の姉さんの魔力は僕より強かったんだ」


ランスロットを見下ろし、エフタルは再び余裕を見せる。


「それとも、僕に命乞いするってのはどう?

 自分がくだらない存在だって認めれば、許してあげるよ。

 その後はどこへでも行くがいいさ」


ランスロットの体はボロボロだ。

背中の痛みがひかず、ラウンドクレセントでザインから受けた左腕の傷も完治はしていない。まだ上半身を起こすこともできぬまま、何とか足だけは倒れぬよう踏ん張っている。

そんな状態で、しかし、ランスロットは言った。


「エフタル……お前は苦しそうだ。

 本当はお前自身が一番、人間の価値を、自分の価値を認めてもらいたがっているように見える。

 だから、私がお前の誤りを正し、許してやる」


☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆


ラブレスは戦いながら、ずっと迷っていた。

エフタルが言ったことは、彼女にとって最も残酷な現実だ。

この戦争中だけは、魔剣として彼女の存在は許されている。だが、ランスロットが何と言おうと、戦争が終われば自分はまた封印されてしまうだろう。


それに結局、自分とエフタルは同じなのだ。

五百年前の魔法戦役で兵器として利用され、人を殺し過ぎた。

あの戦いは、人の命の重さを忘れるのに十分な地獄だった。


だから、ラブレスはずっと迷っていた。

自分はどうしたいのか。弟との戦いをどう決着させるべきか。

この先、自分と弟にどのような救いがあるというのだ。


「私がお前の誤りを正し、許してやる」


ランスロットの言葉は、そんなラブレスの迷いを断ち切った。

ランスロットを、信じてみよう。彼と弟のために、この戦いを終わらせよう。

ラブレスは決意した。


☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆


「コノ上一体何ヲ考エテソンナコトヲ言ウンダ!?

 正義漢ブルノモ、イイ加減ニシロ!」


エフタルの怒号が城中に響いた。


「神ニデモナッタツモリカ?

 僕ノ暗ク、熱イ炎ハ誰ニモ消セヤシナイッ!」


火を吐きながら怒鳴る姿は、もはや悪魔のようだった。最終局面だ。

いずれにせよ、先ほどのダメージで自分の体も限界だ。

ランスロットは気力を振り絞って体を起こし、剣を構え直した。


「ラブレス……これが最後になりそうだ。

 悪いが、最後まで私を助けてくれるか?」

「当たり前でしょ。

 ランスロット、息を止めて」

「息……そうか!わかった」


ランスロットはラブレスの意図を理解した。

痛みをこらえながら深呼吸して肺に空気を溜めると、口を閉じたまま駆け出す。


――あたしは覚えてる。

――重たい石の扉を開いて、五百年ぶりにあたしに触れたあなたの手を。


「バカメ、一直線ニ突ッ込ンデクルトハ!」


ジュウッ!


エフタルの両手から巨大な熱線が放たれ、ランスロットを飲み込む。

が、止まらない。

赤い光を切り裂いて、ランスロットが突撃してきた。


――雪にさらされて、それでも温かかったあなたの手を。

――あたしを冷たい棺から連れ出してくれたあなたの手を。


「……何イッ!?」


ランスロットの周りは真空になっていた。

いかに魔法といえども、空気がなければ炎は燃えず、熱も伝わらない。

意表を突かれたエフタルは、かわしきれなかった。

ランスロットがラブレスを全力で振り抜くと、衝撃波がエフタルを襲う。


――あたしは、この先また数百年が経っても、きっと忘れない。

――だから、あたしは、この戦いが終わったら……


ドオンッ!


エフタルの体が吹き飛び、壁に激突する。


――ただの剣に戻って、二度と言葉なんか交わさない。


壁が崩れ、ほこりが舞う。


「エフタル!立て!立たぬか!」


いつの間にか戦いの様子を見に来ていたガディス王の怒声が響く。

すると、崩れた壁の下からエフタルが立ち上がった。


「おお、エフタル!」


一転して笑顔を浮かべたガディス王とは裏腹に、エフタルは小さく両手を上げて言った。


「ランスロットくん……

 僕を許すって話、今でも生きてるの?」

「もちろんだ」


エフタルをまっすぐに見ながら、表情も変えずにランスロットは答える。

エフタルは再び瓦礫の上に仰向けに倒れこんだ。そして、ゆっくりと両手を上げて顔を覆うと、ため息をついた。


「……殺せよ。今ならおとなしく殺されてやる」


絞り出すような声。一瞬、沈黙が場を支配した。

ランスロットは構えを解くと、ゆっくりとエフタルに向かって歩き出した。


「ラブレスに弟殺しをさせるわけにはいかん」

「いいじゃないか。護身用に予備の短剣くらい持ってるだろ?」

「もはや戦意がないお前と戦うつもりはない」

「わかってるんだろ?苦しいんだ。いくら生き汚い僕でも、もう限界だ」


ランスロットは瓦礫の手前で足を止めると、倒れこんだままのエフタルを見上げて言った。


「エフタル……生きろ。お前は生きるべきだ。

 昨夜、ラブレスは言っていた。人間も捨てたものではない、と。

 お前にもそう思えるときがくるはずだ」


エフタルは顔から両手を下ろすと、上体を起こしてランスロットと視線を合わせた。

そして、天を仰いで再び長いため息をつく。


「やれやれ……まいったね。これだけの死闘を繰り広げた後なのに、言うことは同じか。

 あー……王さま、いるんだっけ?

 ごめんね。僕、降参する」

「何だと!?」


ガディス王は血相を変えて、瓦礫をよじ登り、エフタルにつかみかかった。


「貴様、ふざけておるのか!?」

「痛た……ほら、結構ダメージでっかいんだよね。まともに受けちゃったから。

 まいっちゃうよねえ、ランスロットくんは姉さんを信じ切ってるし、

 姉さんは本気でランスロットくんを守ってるし……

 ま、今回は二人の愛の力に負けたってことで」


ガディス王は顔を真っ赤にして悲鳴を上げる。


「これは、戦争なのだぞ!」

「王さま……戦争はルールのない殺し合いじゃないんだよ。

 停戦協定を結んだら終わり。

 これ、豆知識ね」


エフタルはペロリと舌を出して言った。

怒りと悔しさの収まらないガディス王の背中に、ランスロットが告げる。


「ガディス王……アルテアはあらためて停戦協定を申し入れる。

 今回、魔法を利用して戦争を始め、両国を危機に陥れたあなたの処遇は、いずれしかるべき手順で決定されるだろう。

 観念していただきたい」


ガディス王は振り返り、瓦礫の上からランスロットをにらんだ。その顔は鬼の形相に歪み、先ほどより更に老いたように見える。


「魔剣の騎士……調子に乗るなよ。

 その剣はそもそも、わしの祖先のものだ……」

「何だって……?王さま、あんたまさか!」


ランスロットより先にエフタルが反応した。


「エフタル、貴様が魔剣にゆかりのある者だとは知らなかったが、

 我が祖先は魔法戦役で魔剣を用い、戦果を上げた英雄……

 その後、国の南に広大な領地を得て、ガディスを建国したのだ!」

「あんたが……あんたが、あいつの子孫だったなんて!」


エフタルはガディス王の手を振りほどくと立ち上がる。


「力ばかり強いだけの子どもよ、貴様は所詮道具だ。だが良い道具だった。

 貴様さえおれば、我が祖先の剣を取り戻せると思ったのに……

 とんだ期待外れだ!」

「知ったことじゃないね!」

エフタルは怒りに任せて魔法の炎でガディス王を焼き払おうとしたが、


ドサッ。


それより早く、ガディス王はランスロットによって瓦礫の上から引きずりおろされ、床に倒された。


「貴様にはこの姉弟の苦しみがわからないのか!

 ラブレスもエフタルも、誰の道具でもない。人間だ!」


激昂するランスロットを前に、ガディス王は既に気を失っていた。エフタルはあっけに取られながら、行き場をなくした炎を収めた。


戦争は終わったのだ。

このことを早く戦線にも伝えなければ、今ならまだ無用な血がこれ以上流れるのを回避できるかもしれない。

暗雲が去り、空から光が差しこんできた。


「ラブレス、終わったぞ。

 すべて……お前のお蔭だな。ありがとう」


明るい日差しの下、ランスロットは右手の魔剣を胸元に掲げ、礼を言ったが、


「……ラブレス?」


魔剣はもはやその力を失ったかのように、返事をしなかった。

それきり魔剣は沈黙し、再び何かを語ることはなかった。

やあ、エフタルだよ。


……ランスロットくんにはやられたね。

あそこまでバカみたいにまっすぐだと、こっちがバカみたいに思えてきちゃうよねえ。


まあ、僕のことは気にしないで。

しばらくのんびりやるさ。


ちょっと心配なのは、ラブレス姉さんだよね。

相変わらず、自分の幸せは考えられないみたいだけど……

僕には何もしてあげられないな。

救ってあげられるとしたら……ねえ。


あ、次がエピローグね。

ハッピーエンドだと良いなあ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ