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魔剣伝承ラブレス  作者: サワハト
4/6

第四話「魔剣衝突」

ランスロットは夢を見ていた。

熱帯夜のように暑く、甘く、むせ返る空気。

暗闇の中で、誰ともつかぬ人影がぼんやりと目の前に浮かぶ。

そして、その人影が自分の目の前に迫ってきて……


「はっ!」


目が覚めた。体が汗でぐっしょりだ。それに、何だか左半身が重たい。

まどろみながら、視線を左に向けると、

裸の女が寝ていた。


「うわああああっ!」


ランスロットはベッドから飛び出した。今度こそ、完全に覚醒した。

おかしい。今は戦争中で、ここは軍船の自室だ。昨日も酒などは飲んでいない。

ベッドの女は……


「ちょっとー……うるさいわね」


青紫色の髪をした女が、布団から眠たそうな顔をのぞかせた。ラブレスだ。

そうか、お前か。


「何故、人の姿になっているんだ!?」

「ぐーすか寝てたくせに、何よ。

 あたしがたまに、元の姿でのびのび寝たって勝手でしょ」

「だったら……他の部屋で寝ろ!

 私の部屋で裸で寝るのが、勝手なわけがあるか!」

「ふーん……あっ、そう」


ラブレスはそう言うと、布団で体を覆ったまま立ち上がった。

先の読めない行動に、ランスロットはあせる。


「お……おい、どうする気だ?」

「この騎士団、むさい男どもしかいないじゃない。知ってて言ってるんでしょ?

 だから、あんたよりもうちょっと融通の利きそうな男の部屋に行くのよ!」

「ま、待て!」


部屋を出ようとするラブレスを呼び止める。

それは困る。魔剣が実は人間の女だと騒ぎになったり、ラブレスがすねて力を貸してくれなくなったり、それに……

それに、何だ?

ランスロットは、自分の中に何か、整理のつかない気持ちがあるのに気が付いた。


「何よ?」

「いや、その……ここにいていい」


やっとのことで、声を絞り出す。

ラブレスの姿をまともに見ることができず、顔は下を向いたままだ。


「……いいわよ、別に。そんな無理しなくても」


ラブレスは意地悪く突き放した。

楽しくてたまらない、とでも言うように口元が吊り上っている。


「いや、違う……いてくれ、ここに。いて欲しい」


何を言っているのだ、自分は。

気恥ずかしさで顔が火照り、緊張で喉がカラカラだ。

だが、ようやくラブレスは機嫌を直してくれたようだ。


「そっか、なーんだ。それならそう言いなさいよ。仕方ないわねー」


言いながら、ラブレスはベッドに戻る。

そして、ランスロットは床に寝転がった。


「あれ?ベッドに戻らないの?」

「馬鹿者!騎士はやたらと女と床を共にしたりはせんっ!」


ベッドのラブレスに背を向けて、ランスロットは断じた。

もうこれ以上は振り回されない。

そんな決意を感じる口調だ。


「ランスロット」

「……何だ?」


パサッ。


ランスロットの体に布団が一枚投げかけられた。


「好きよ、あんたのそういうところ。

 おやすみ!」

「……」


ランスロットは無言で目をつむった。

女は本当にわからない。

だが、ここのところ本当にわからなくなってきているのは……

考えながら、ランスロットの意識は再びまどろみの中に落ちて行った。


☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆


エフタルに襲われたとき、初めてランスロットに人間の姿を見せて以来、ラブレスはときどき人間の姿でいるようになった。

ただし、実体化するのは頭から肩や腕までだ。それ以上はランスロットが許さなかった。何せ剣から人間の姿になると、ラブレスは裸なのだ。そして、油断すると彼女の「いたずら」で、昨晩のようなひどい目に遭わせられる。

起床後、船の甲板からグレートティアーの流れを見ながら、ランスロットは思い出していた。


セシリア姫がグレートティアーの宿場町にやってきたのは、三日前のことだった。

ガディスとの停戦協定を結ぶために派遣された外交官に、王族代表として同行してきたのだった。


「ランスロット!」


快活な少女の声に呼び止められて、ランスロットは振り返った。セシリアが駆け寄ってくる。


「セシリア様、どうされたのです?」

「どうされたの、じゃないでしょ!

 話が終わったら、さっさと帰っちゃうんだから!」

「そうでした……感謝の気持ちもお伝えせず、申し訳ありません。

 我々などのために労いのお言葉をくださり、本当にありがとうございます」


ランスロットは地面に左ひざを突いて、右手を胸に当て、セシリアに頭を下げた。

この日はセシリアが騎士や兵士たちに感謝の言葉を告げる、ということで集められた帰りだった。それにセシリアはこの後、停戦協定にも同行する。協議自体は外交官がほとんど行うとはいえ、危険な仕事だ。ランスロットはセシリアの騎士団への気遣いと若くして背負った王族としての責任に、感激していた。

だが、礼を言われたセシリアは、明らかに不満げだ。


「ランスロット……

 あなた、私がそんな形式的なお礼を聞くために呼び止めたと思っているの?」

「あ……いえ、そのようなことは……

 大変な失礼を!」


ランスロットは顔だけ上げて、セシリアの怒りの表情を確認すると、あらためてより深く頭を下げた。


「もうやめて、立ってよ。ちょっと話がしたいと思っただけなんだから!」


セシリアは言いながら、ランスロットの肩を軽くたたいた。

促されて、ランスロットは立ち上がる。


「……申し訳ありません」

「大活躍だったみたいね、突撃部隊長殿!」


年頃の少女ゆえか、セシリアの表情はよく変わる。今度は笑顔でランスロットの先の戦いでの功績を称えた。


「いえ、私の力などわずかなものです」

「騎士団長を中心にみんなで力を合わせたから、とか言うつもりかしら?

 繰り返すけど、そういう形式的な話はなしにしてね」


セシリアはランスロットの性格を読んで、先手を打ってきた。騎士団全員の力、それもある。

だがそれ以上に……


「それとも、魔剣さんの力とか?」


セシリアは、ランスロットの腰に視線をやりながら言った。だが、そこにあるはずの剣がない。


「あら?そういえば、今日はあの黒い剣は……」

「宿舎に置いてきております」


ラブレスは何故か、セシリアの演説に来たがらなかった。

騎士が剣を宿舎に置いていくなどあり得ないことだが、意思を持った魔剣となれば話は別だ。

ランスロットは仕方なくラブレスを置いて、予備の剣を腰に差して出かけた。


「ふーん……そっか、宿舎にね……」

「何か?」

「その宿舎、ちょっと見せてもらえる?」

「そんな!セシリア様のような方が、戦地の宿舎にお越しになるなど……」

「王国のために最前線で戦う人たちの実態を知らないで、王族が務まると思う?」

「セシリア様……!」


ランスロットは王女の態度に感動していたが、もちろんこれは、後付けした理由だ。ランスロットには、そんなこともわからないのだろう。セシリアはランスロットの朴念仁ぶりに、何度か落胆させられていた。

そして、こんなことだから、ランスロットは間もなくラブレスのいたずらで、「ひどい目」に遭うことになるのだった。


宿舎に入ると、ランスロットは自室のドアを開けた。


「セシリア様、こちらが私の部屋です」

「ありがとう……でも、セシルね!」


セシリアは開けられたドアをくぐりながら、ランスロットに言う。

この愛称も、まったく定着しない。セシリアはランスロットと自分の関係について、ときどき自嘲気味にならざるを得なかった。


「広くはありませんが個室まで与えていただき、この町の人々の計らいには感謝しております」


部屋にはベッドと小さなテーブルがあり、ほとんどそれだけでいっぱいだった。

アルテア城にある自室と比べると、ひどく狭い。騎士たちの実態を知るなど考えなしに後付けした理由だったが、我ながら的を射ていたのかもしれない。セシリアは思った。


「……あら?あの黒い剣がないわね」


部屋を見ていて、気が付いた。ほとんど物陰などないのに、魔剣が見当たらない。


「そんな……馬鹿な!」


セシリアの指摘に、ランスロットも焦った。確かに部屋の隅に置いたはずのラブレスがない。

ふと見ると、代わりにベッドの布団が少し盛り上がっていた。そして、


「……ランスロット、帰ったの?」


布団がゆっくりとめくりあがると、中からラブレスが顔を出した。人間の姿の、ラブレスだ。

ベッドから出てきた裸の女を見て、ランスロットは硬直する。


「あら、お客様?これはお恥ずかしいところを……ほほほ」


たった今セシリアに気づいた振りをして、ラブレスが言う。ご丁寧に、肩と腕で布団を押さえて、胸元から下を隠すという小芝居付きだ。

セシリアは、驚きと悲しみと怒りが瞬時に去来して、最終的に怒りが残った。


「バカーッ!」


パーンッ!


振り向きざまにランスロットの頬を張る。

ランスロットは痛みで我に返った。


「セ、セシリア様……誤解です!」


☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆


「魔剣ラブレスの正体が……魔女だったなんて」


テーブルの上に置かれた黒い剣を見ながら、セシリアはため息をついた。目の下には少し涙の跡が残っている。

ランスロットはラブレスを剣に戻らせ、セシリアにラブレスが魔剣に変身していた魔女であることを説明したのだった。

一方のセシリアは、ベッドから出てきた女が娼婦だろうが魔女だろうが、だから何だと思ったが、ランスロットはそういうことをできる男ではない。ようやく落ち着きを取り戻した。


「んふふ……ちょっとしたいたずらだったんだけど、ごめんね」


ラブレスが、セシリアに言った。

ランスロットはここで初めて知った。ラブレスは、自分以外の人間とも話すことができたのだ。


「……少し驚いただけだから、気にしないでください」

「それにしてもお姫様、ランスロットにずいぶんご執心なのねえ」

「おい!セシリア様に何と失礼なことを……

 申し訳ありません!」


セシリア相手に遠慮のないラブレスの言葉に、ランスロットは思わず席を立って頭を下げた。

だが、当のセシリアは再び心に火が付いたようだ。ランスロットなど眼中にない様子で、ラブレスをにらんで答える。


「ランスロットは……

 アルテアにとって、大切な人材ですから……!」

「団長さんの部屋には行かないの?」


たとえ見え透いていても、少女のプライドなのだろう。あくまでランスロットへの個人的な感情を取り繕おうとするセシリアを、ラブレスは残酷に責めた。


「……後で、行こうと思っていたところよ」

「そ、そうなのですか?

 では、同じ建物ですから、私が今からご案内を……」


ランスロットはドアを開けようとしたが、


「あんたは黙ってて!」

「あなたは黙ってなさい!」


ラブレスとセシリアに一喝されて、母親にしかられた少年のように、またおとなしく席に戻った。

その後、彼にできたことと言えば、目の前で繰り広げられる二人の女の舌戦を見守ることくらいだった。もっとも、何の話をしているのか半分以上は理解できず、ただ雰囲気に緊張していただけだ。

帰り際、席を立ったセシリアを宿泊所まで送りながら、ランスロットはようやく声をかけた。


「セシリア様……

 申し訳ありませんが、ラブレスのことはご内密に……」

「そうね。

 国としても、魔法に関する情報はできるだけ隠しておいた方が良いから……」


話しながら、セシリアはふと思い立った。


「ランスロット」

「はい」

「目を閉じて」

「……は?」


セシリアの突然の命令に、ランスロットが戸惑いながらも従うと、


チュッ。


先ほど打たれた頬に一瞬、冷たい感触があった。

キスされたのだ。

ランスロットが目を開くと、セシリアは一歩距離を取り、頬を赤く染めて言った。


「信じてるからね!」


ここまですれば、ランスロットにも自分の気持ちが少しは伝わるだろう。それにしても、ラブレスに毒されたのか、ずいぶんと大胆な行動を取ってしまった。

セシリアは恥ずかしくなり、くるりと回れ右をすると小走りで帰って行った。


「ほっぺた、まだ痛むの?災難だったわねえ」


まだ赤みの残る左頬に手を当てながら部屋に入ってきたランスロットを見て、ラブレスが言った。


「……誰のせいだと思っている」

「ふん……あんたが悪いんでしょ?

 部屋にお姫様を連れてきたりしちゃって!」


痛い目に遭ったのは自分なのに。

ラブレスの不機嫌そうな返事に、ランスロットは理不尽なものを感じながら自分の頬を軽くなでた。痛みと冷たさの残る頬は、少し切なかった。


☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆


グレートティアーの中心、アルテアとガディスからほぼ等距離の位置に小さな島がある。

この島は河の流れで削られてしまうため、周りに堤防を作って島を守る「島守」という者たちがいた。彼らは特別な身分で、アルテア人でもガディス人でもない。

普段は島守たちだけが住むこの島に、アルテアとガディスの軍船がやってきた。

ラウンドクレセント。別名、中立の島とも呼ばれるこの島は、アルテアとガディスのいずれにも属さず、二国が協議を行う場となってきた。

今日、島で協議されるのは、もちろん停戦協定だ。グレートティアーまで戦線を押し戻し、領土を回復したアルテアの提案で実現した協議だった。


うっそうと茂る森に囲まれて、石造りの協議所はあった。この島で最も巨大な建造物だ。

協議所の一室では、アルテアの外交官とセシリア姫、ガディスの外交官とガディスの王子が協議の円卓についている。

また、それを囲んで見守るように部屋の壁際にはランスロットたちアルテアの騎士団とガディスの騎士団が数名ずつ、そしてエフタルがいた。

通常の停戦協定であれば第三国の仲介を入れるところだが、今回は魔法を使った戦争だ。禁忌を犯したことを他国に漏らさぬよう、当事者の二国のみでの協議となった。

二人の外交官による協議は、静かに熱を帯び始めている。


「ランスロット、ガディス側にいる子どもはまさか……」


隣にいた騎士団長が小声でランスロットに話しかけた。この場に王族でもない子どもがいる不自然さで、気が付いたのだろう。

答えていいものか、ランスロットはラブレスの様子を探る。


「……」

「……はい、魔法使いです」


ラブレスの沈黙を肯定ととらえて、ランスロットは団長に答えた。


「ランスロットくん……聞こえるかい?

 聞こえたら、心の中で返事をして」


今度はエフタルだ。

ラブレスが剣の姿のときにするように、頭の中に直接響く声で話しかけてきた。

壁にもたれかかって腕組みをしながら、戦場で会ったときと同じ笑顔でランスロットを見ている。


「エフタル……あんた、何か企んでるわね」


ラブレスが返事をした。

エフタルはグレートティアーの戦いではっきりと戦争の継続を宣言している。ガディス王も同じ意見とすれば、おとなしく停戦協定を結ぶとは思えなかった。


「そうだね……教えてあげてもいいんだけど、簡単なクイズをしようか?」

「クイズ、とは?」


ランスロットも心の中で返事をした。

口を動かしていないのに自分の声が頭に響く、不思議な感覚だ。


「第一問、僕は人の命を大切にしている?」


ランスロットの疑問を半ば無視して、エフタルは出題を始めた。

ランスロットは少し考えてから、先の戦いのことを思い出して答える。


「……ノー、か?」

「ピンポーン。

 第二問、僕にとって人を殺すのは難しい?」

「ノーでしょ、趣味の悪い問題ね」


楽しそうにクイズを続けるエフタルに、今度はラブレスが答えた。


「正解!

 第三問、ここまでの答えを組み合わせると、僕にとって停戦を失敗させる最も簡単な方法は?」

「……?」


第三問は毛色が違った。イエスかノーかでは答えられない問題だ。

ランスロットが回答を躊躇していると、エフタルが今度は声に出して言った。


「ブッブー、時間切れです!

 答えは、アルテアのお姫さまとガディスの王子さま、二人とも殺しちゃうこと、でした」


その場にいるほぼ全員が驚き、エフタルを見たが、ラブレスだけは異変に気が付いた。


「ランスロット、上!」


ボンッ!


天井が爆発した。巨大な火球が降ってきたのだ。

崩落した天井の瓦礫が部屋中に降り注ぐ。


「セシリア様!」


ランスロットは円卓に座ったままのセシリアの元に駆けつけると、ラブレスを鞘から抜いて頭上に掲げた。


ドドドドドドドドッ!


ラブレスが気流を生み出した。

気流は風のバリアとなって、瓦礫をランスロットたちの周囲に受け流していく。


「やるねえ、ランスロットくん」

「くっ!」


エフタルは周囲の瓦礫を蒸発させながら、笑顔を崩さずにランスロットを見ている。一方、ランスロットは焦りと悔しさの混じった声を漏らした。

アルテアの騎士団は降り注ぐ瓦礫をまともに受けている。鍛え抜かれた精鋭とはいえ、無傷では済まないだろう。


「それじゃ、いつもの行くよ!」


エフタルが両手を広げると、ガディスの騎士たちの体が一回り大きく膨れ、毛でおおわれた。口が前に飛び出し、巨大な牙が生える。

獣人化だ。


「グゥオオオオオーッ!」

「セシリア様、こちらへ!」


ランスロットは左手でセシリアを抱きかかえると、迫りくる獣人たちに背を向け、部屋から飛び出した。

狭い室内は剣を振るうには向いていないし、いつ建物全体が崩れてもおかしくない状態だ。仲間たちのことは気になるが、今はセシリアを守ることが最優先だった。

そのまま協議所の外へ出ると、目の前には森の木々の緑が広がる。エフタルもすぐに後を追ってきた。


「ランスロットくん、よほどそのお姫さまが大事みたいだね」

「騎士として当然のことだ!」


国家間のルールを無視して主君を危険な目に遭わせたエフタルを、ランスロットはにらみつけた。

だが、エフタルはそんなこと意に介さぬといった様子で言葉を続ける。


「相変わらずご立派だけど、口だけじゃダメだよ?今日は君の実力を見せてもらおうかな」


協議所からエフタルの背後に、一体の獣人が出てきた。

そして、エフタルが右手を上向きに開いて前に差し出すと、手のひらから炎が吹き上がり、中から黒い剣が現れた。


「エフタル……あんた、それって魔剣!?」

「そうだよ、姉さん。

 もちろん、自分を魔剣化した姉さんほどの力はないけど」


驚くラブレスに説明しながら、エフタルは魔剣を獣人に渡した。


「さて、ランスロットくん……

 彼はザイン。ガディス一の剣豪だそうだよ。

 そんな彼に、僕の魔剣を渡した。

 武器の優位があまりない状態で、君は彼に勝てるかな?」

「ガアアアアアッ!」


エフタルが言い終わるのが早いか、ザインがランスロットに突撃してきた。


ギィンッ!


ランスロットはとっさにラブレスで敵の斬撃を受け止める。


「セシリア様……危険です。離れてください!」


ギリギリとつばぜり合いをしながら、ランスロットはセシリアを逃がそうとしたが、


「で、でも……!」

「セシル!」


ランスロットは動けないセシリアを一喝した。

セシリアはランスロットの声に一瞬びくっとしたが、すぐ我に返ると距離を取って木の陰に隠れた。


「うおおおおっ!」


セシリアが離れたのを確認して、ランスロットは敵の剣を押し返し、そのまま振りぬいた。

衝撃波に押されて、ザインは後退する。が、吹き飛ばない。やはり魔剣に守られているようだ。


「お熱いこと……あたしも逃がして欲しいわ」

「茶化すな……お前の力が、必要なんだ」


人間の姿だったら、きっと不機嫌そうに目を細めていたことだろう。愚痴るラブレスをランスロットはなだめた。


「やれやれ……タダじゃないんだからね!」

「わかっている!」


言いながら、今度はランスロットがザインに向かって行った。

走りながら剣を振るい、衝撃波を生み出すと、それを追いかけながらさらに剣を振るった。

最初の衝撃波と斬撃が重なり、ザインに襲い掛かる。

だが、ザインはその場で片膝を地について身を縮めると、


「ンガッ!」


剣を頭上に構えてランスロットの攻撃を受け止めた。


「グオオッ!」


そのまま足を伸ばしながら剣を切り上げ、ランスロットの体を宙に浮かせる。


「うわっ!」

「グオオッ!」


空中でバランスを崩したランスロットに、今度は頭上から炎をまとった上段斬りを振るう。


ゴオオッ!


激しく燃え盛る音を出しながら、しかしザインの剣は空気を割いただけだった。

ラブレスの風の操作によりランスロットは空中で態勢を整えて、攻撃をかわしたのだ。

しかし、ザインは着地したばかりのランスロットの胸めがけて続けざまに突きを放つ。


「グオオオオオッ!」


だが、ランスロットは冷静だった。

上体をそらして突きを紙一重でかわすと、右腕を水平に振るい、ザインの体を斬りつけた。

体勢不十分とはいえ、魔剣の直撃だ。

ザインの左のわき腹から胸にかけて、血が噴き出す。


「ギャインッ!」


たまらず地面に倒れたザインの右手を、すかさず足で押さえつけると、ランスロットは言った。


「ザイン殿……できれば、人間の姿のあなたと戦いたかった」


いつの間にか、視界から消えていたエフタルに向かい、ランスロットは叫ぶ。


「エフタル、私の勝ちだ!

 獣人化したザイン殿の剣は私に届かぬ!

 わかるか!騎士の剣とは、単なる力ではない!魂と誇りと意思のぶつかり合いなのだ!

 お前の魔法で獣人化してしまったザイン殿には、それがない!」

「おー……カッコいいじゃん」


ラブレスが、思わず感嘆の声を漏らした。

獣人化によって思考力を奪われたザインの動きは直線的になり、日々の研鑚によって培われた技が活きていなかった。ランスロットはそれを見切ったのだ。


パチパチパチ。


先の戦いで聞いたのと同じ、ゆったりとした拍手が聞こえた。

そして、音のした方向にはエフタルと、獣人に囲まれたセシリアがいた。


「ザインに勝っちゃったのは……ちょっと意外だったよ。

 やるね、ランスロットくん」


言葉こそ穏やかだったが、エフタルは今や笑顔ではなかった。忌々しそうにランスロットをにらんでいる。


「あ……あ……」


一方のセシリアは恐怖で声も出ない様子だ。


「エフタル……

 貴様、この上まだ騎士同士の勝負を汚し、王族を危険にさらす気か!?」

「今さら何言ってるのさ。

 戦争なんてルールのない殺し合い、でしょ?姉さん」

「……」


激高するランスロットだが、エフタルはやはり意に介さない。

ラブレスは、肯定とも否定ともわからぬ沈黙をしていた。


「さて、このお姫さまが獣人にズタボロにされる姿……

 騎士のランスロットくんには耐えられないだろうね」

「エフタル!」

「あははは、いい顔だ!やっちゃえ!」


エフタルの指示で、セシリアの最も近くにいた獣人が腕を振り上げた。

しかし、同時にランスロットは、誰も考えなかった行動に出た。


「ラブレス、信じているぞ!」


叫びながら、ラブレスを獣人たちめがけて投げつけた。


ギュルギュルギュルギュル!


「ギィヤアアアアアアッ!」


ラブレスは回転しながら衝撃波をまとい、セシリアの周囲にいた獣人たちを一斉に薙ぎ払う。


「ふうっ……とんでもないことするわね。

 でも、信じてるとか言われちゃあ、ね」

「バカな!」


エフタルもさすがに驚きを隠せない。

目をつむっておびえているが、セシリアは無傷だ。

ラブレスは回転しながら弧を描き、ランスロットの元へ戻ろうとする。

だが、ランスロットがラブレスを手放したすきを、ザインは見逃さなかった。


「ガアアッ!」

「うっ!」


剣を持つ右手を踏みつけていたランスロットの足を力任せに払い、そのままランスロットに振り下ろす。


グシャッ!


鈍い音とともに、ランスロットの左腕から血がはじけ飛ぶ。

獣人の爪が皮膚を貫き、肉をつぶしていた。


「ランスロット!」

「ラブレス、来い!」


スパアンッ!


戻ってきたラブレスを右手で受け取ると、ランスロットはその勢いでザインの首をはねた。

地面に落ちた頭部は魔法が解け、人間のそれへと戻る。


「ザイン殿……本当に残念だ」

「ランスロット!」


セシリアがランスロットに駆け寄った。


「ランスロット、左腕が……」

「セシリア様……ご無事でしたか。

 ラブレス、お前のおかげだな」


ランスロットはセシリアとラブレスをそれぞれ一瞥すると、すぐエフタルに向き直った。


「さて……エフタル、私はお前の仕掛けをしのぎ切ったぞ」


血で赤く染まった左腕をぶら下げながら、ゆっくりとエフタルに迫る。


「次は何だ?もう終わりか?」

「ランスロットくん……やるね。

 正直言って、驚いたけど」


右手に漆黒の魔剣を持ち、左手を血で染めたランスロットの姿は、常人であれば恐怖を感じるほどに鬼気迫っていた。

しかし、エフタルは逆だった。


「その左腕……使い物になるの?」


エフタルは、ランスロットのダメージが大きいことを見透かしていた。

怒りと興奮で気力は充実している。だが、ラブレスの魔力で体が活性化しているランスロットでも、獣人の爪で受けた傷は簡単に治せるものではなかった。


「エフタル、今回は明らかにあんたの負けよ」


ラブレスがエフタルに切り返した。


「ランスロットはザインに勝ったし、お姫様も守り切ったわ」

「……確かに、これで僕がランスロットくんにとどめを刺しても、

 姉さんは納得してくれないんだろうね」


エフタルは、小さく両手を上げて言った。


「でも、念のためだ!お姫さまだけは殺していこうかな!」

「エフタル!」


ランスロットの声を無視して、エフタルは両手を頭上に掲げると、無数の火球を作り出した。

だが、


ヒュッ!


風を切る音とともに、無数の矢がエフタルの頭上に降り注いだ。

エフタルは、とっさに火球をぶつけて矢を防ぐ。


「何だ!?」


エフタルが矢の飛んできた方向に視線を向けると、そこにはアルテアの騎士団が集まってきていた。

騎士団長が叫ぶ。


「魔法使いよ!ガディスの獣人たちは我々が制圧した!

 お前は完全に包囲されたぞ!」


全員、満身創痍だ。だが、士気は高く、無数の視線がエフタルに注がれている。


「みんな!」


セシリアが喜びと安堵に笑顔を見せた。

ランスロットも、無言のまま騎士団の姿を見て、終わったと思った。

二人とも、魔法使いのことがまだわかっていなかった。


「全員、逃げなさい!」


ゴオオオオオッ!


ラブレスの警告も間に合わず、突如放たれた爆炎が騎士団を直撃した。最前列にいた騎士たちが吹き飛ぶ。

あまりのことに、セシリアはその場に座り込む。


「あー……もう!鬱陶しいなあ!

 鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい……!」


エフタルが苛立ちに顔をゆがませる。


「うるさい羽虫が!

 羽虫のくせに、家畜どもを殺したからって何だって言うんだよ!」

「エフタル!」


剣を構えて突撃しようとしたランスロットに、火球が投げつけられる。


ボンッ!


剣で直撃を避けたランスロットだが、足の勢いを止められた。

その様子を見ながら、エフタルが長い溜息を吐いた。


「ふうううう……

 姉さん、悪いけど、こいつらは皆殺しだ。」


目は見開き、眉間にしわを寄せ、歯を食いしばっている。首や腕が、衝動を抑えられないとでも言うように、びくびくと震えていた。


ドンッ!ドンッ!ドンッ!


話すそばからまた火球を騎士団の方へと投げつける。

魔法を防ぐ方法を持たない騎士たちは、吹き飛び、焼き尽くされる。

ラブレスが言った。


「ランスロット!

 お姫様のところへ!早く!」

「くっ!」


ランスロットは悔しさをにじませながら、セシリアの側に戻る。


「お姫様、ランスロットにつかまって!」


ラブレスの指示に従い、セシリアは何とか立ち上がり、ランスロットの左肩につかまった。

それを確認してラブレスが叫ぶ。


「退却!飛ぶわよ!」


ラブレスを中心に風が集い、ランスロットたちの体は空へと舞いあがった。


「きゃっ!」


驚いたセシリアが、ランスロットの首につかまり直す。

ランスロットは、風に運ばれながら自分が飛び立った島を見ていた。

崩壊した協議所が見える。その周りでは森が炎に包まれていた。ラウンドクレセントが燃え上がる。中立の島が、赤い海に沈んでいく。

停戦は、失敗に終わった。


んふふ……ラブレスよ。

久しぶり、人間の姿では初めましてって言うべきかしら?


あら……服を着てて残念?

悪いわね、誰にでも見せるわけじゃないのよ。

むやみに自分の価値を下げるのは、バカみたいだからね。


ランスロットは今回がんばってたけど、

エフタルには困ったものね。

この戦争……終わらせるには普通のやり方じゃダメね。


次は温泉回らしいわよ……って、最終話のはずなんだけど、

大丈夫なのかしら。


ここまで読んだんだもの、最後まで付き合ってくれるわよね。

それじゃ、またね。

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