第二話「魔剣出陣」
ランスロットは、アルテア城に隣接した騎士宿舎の自室にいた。
アルテアの騎士には個室が与えられる。ランスロットも今年、騎士になってからこの部屋をあてがわれたのだった。
だが、今は一人ではない。
「あん……そう……そこそこ……
いいわね」
「おかしな声を出すな」
ランスロットは椅子に腰かけて、ラブレスの手入れをしていた。
魔剣とはいえ、五百年も放置されていたのだ。威力のすさまじさはわかったが、磨いてやる必要ぐらいはあると思った。
ラブレスは機嫌がいいのか、ふざけているようだ。
「あんた、剣を扱うのがなかなかうまいわね」
「訓練しているからな」
しかし、五百年という途方もない時間を考えると、ラブレスは信じられないほどきれいだった。そもそも、ホワイトファングを斬ったときの返り血すら付いていなかったのだ。
ランスロットは不思議に思い、城に戻る道すがら聞いてみたのだが、
「だって、犬っころの血なんて付いたら気持ち悪いじゃない?」
という返事が返ってきた。どうやら、魔剣というものを常識で考えてはいけないらしい。
「ところで、女の扱いはもっとうまかったりして?」
「人聞きの悪いことを言うなっ!」
ラブレスの突然の話題転換に、つい声が大きくなる。ラブレスと話していると、平静を保つのが難しい。
二十数年の人生の大半を騎士になるための訓練に費やしてきたランスロットにとって、女性の話題はまだまだこそばゆいものだった。
突然、ドアをノックする音がした。
「ランスロット、入っていい?」
「……どうぞ」
ラブレスを鞘に納めながら、ランスロットは入室を促した。ドアが開き、ドレスをまとった少女が部屋に入ってきた。
「セシリア様」
「セシルって呼んでよ」
アルテアの第三王女、セシリアだ。
肩の高さで切りそろえた髪は、活発な印象を与える。顔立ちはやや幼いが、将来は美しい姫になると噂されていた。
「……どうしてここに?」
「ランスロットが戻ったって聞いて、それに、明日はまた出陣とも聞いたから、会いに来たの」
「もったいないお言葉。
ですが、僭越ながらここはセシリア様が来られるような場所ではございません」
「セシルね!
……だって、お城にいるのは難しい顔をしたおじさんばっかりで、つまらないんだもの」
セシリアは言いながら、ランスロットのベッドに腰掛けた。
一国の王女とは思えぬほど奔放な立ち振る舞い。セシリアは二人の姉と比べても異質だ。第三王女である故なのだろう。
ランスロットは、この姫になつかれていた。
「その黒い剣が魔剣?」
「そうです」
「しゃべるって本当?」
「そうですね……ですが」
「お父様やほかの人には、声は聞こえないのよね?」
「はい」
ラブレスの声は、現所有者であるランスロットにしか聞こえないようだった。ホワイトウォールでは気が付かなかったが、確かにラブレスの声は普通の話し声と違い、頭に直接入り込んできているようだ。
「明日はモーガルに行くのよね?」
「はい、先の戦ではふがいない戦いをしてしまいました。
王国の領地を取り返してきます」
「活躍してね」
「活躍……ですか?」
「うん、活躍して、偉くなって欲しいの!
そしたらさ、あんまり危険な任務に行かなくて済むじゃない?」
「しかし、騎士に危険は付きものです」
「でも、お父様ったらひどいのよ!
ランスロットが魔剣を取りに行ったときだって、失敗したらそのときはそのときだ、なんて」
そういうことだ。
ラブレスの封印を解くのにランスロットと二人の従者だけが派遣されたのは、ランスロットが騎士になりたての新米だったから、というのがあったのだろう。
仮に生きて帰らなくても、大勢に影響なし。アルテア王は任務に失敗したときのリスクも見越していた、ということだ。
「良いのです、それで。
騎士の命は国と民にささげたもの。任務で死ねるなら本望です」
「私が嫌なの!
それにさ……ランスロットが偉くなったらさ、もしかして、
私をお嫁さんにしてくれるかも……なんて」
「……!」
無邪気な姫の言葉に、ランスロットは絶句した。
「あはは、さすがにそれは気が早いわよね!
じゃあ、私そろそろ帰るから」
さすがのセシリアも恥ずかしそうに立ち上がると、ドアを開けた。
そして、振り向いて一言。
「おやすみなさい、騎士殿。がんばってね!」
「……はっ、必ずや朗報をお伝えします」
ランスロットは立ち上がり、敬礼すると、そのままセシリアが出ていくのを見守った。
「へー……あんた、お姫様のお気に入りなんだ……」
やや低めのトーンで、ラブレスが話しかけてきた。
「セシリア様はお優しい方だ。私のような一介の騎士でも気にかけてくださる。
……が、今日はそれだけではなかったのだろう」
セシリアは王に命じられて様子見に来たのだ、本人は意識していないかもしれないが。
ラブレスがランスロットにしか扱えなくなったのは、アルテア王にとっても誤算だったのだと思う。誰がわかるというのだ。封印されし魔剣が、こんなに我の強い娘だなんて。
かくして、自分は偶然にも国の命運を握る立場になってしまった、ということだ。ガディスとの戦争ももちろんだが、王が恐れているのは、自分が魔剣の力に魅せられて、謀反を起こすことかもしれない。
「いいわねー、可愛いお姫様に優しくしてもらえて……」
「……何が言いたい?」
「べ・つ・に!
明日の戦いが楽しみねー、んふふ」
ラブレスは意味ありげに笑った。機嫌が悪そうなのに笑う。
女とは不可解なものだ。ランスロットはそんなことを考えながら、明かりを消して寝床に入った。
☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆
モーガルはアルテアの商業の中心となっている大都市だ。
国境から王都までの街道沿いに位置し、交通の便が非常に良い。もともと他国とアルテア王都を往来する商人たちのために作られた宿場町が発展し、今の姿になった。
そこが今日の戦場だ。
街道の一帯はひらけた草原になっており、空からの日差しに照らされている。視界が良い。
アルテアの騎士団は、モーガルを囲う外壁に平行になるよう陣を展開しており、ランスロットは腰につけた鞘にラブレスを携え、騎士団の中心にいた。
「それが伝承の魔剣か……
なるほど、異様な剣だが、本当に使い物になるのか?」
騎士団長がいぶかしげに尋ねる。
「必ずや勝利に貢献いたします!」
「……ふん。
功を焦るなよ、新米騎士殿」
ランスロットが答えても、団長は半信半疑の様子だ。
「感じワルッ!」
ラブレスが吐き捨てるように言った。もし人間だったら、舌を出していたことだろう。
「……仕方あるまい。
団長殿は若い頃から剣を携え、数多くの武勲を上げてこられた、たたき上げの方だ」
そうでなくても、ラブレスの力は自分の目で見えなければ信じられまい。自分もそうだった。
そういった意味でも、この戦いは重要だ。全軍の士気にかかわる。
「ところで、ラブレス。
今回も敵は魔法を使ってくるだろうが……大丈夫なのか?」
「どの程度の魔法使いがいるのか知らないけどねー。
そこらのザコには、あたしは負けないわよ」
「この戦いにはアルテアの命運がかかっている……信じているぞ」
「んふふ……それは、まあ、あんた次第ね!」
ラブレスは昨晩同様、意味ありげに笑った。ランスロットは、少し嫌な予感がした。
そこへ、斥候の声が聞こえてきた。
「モーガルの門が開きました!ガディス軍、突撃してきます!
獣人の軍団です!」
いきなりだ。
どうやら、敵は魔法の威力にすっかり味をしめたらしい。もはや通常の戦力で戦うつもりはなく、魔法で一気にかたをつけるつもりだ。
「よし!ラブレス、出番だ。
前線に出るぞ!」
ランスロットは柄に手をかけてラブレスを抜こうとした。だが、固い。
剣が、抜けない。
「ラブレス……
おい、聞こえないのか!?」
ドドドドドドッ!
獣人たちの足音が近づいてくる。
同時に、嫌な予感が大きくなり、冷や汗が流れてきた。
「ラブレス!」
「……あのさー、昨日のお姫様だけど」
ラブレスがのんびりした口調で話し始めた。
「可愛かったわよね?」
何の話だ。
「あたしのこと好き?」
脅迫か。
剣に恋愛感情を抱く男など、いるものか。
「お姫様とどっちが可愛い?」
ドドドドドドッ!
獣人たちがすぐそこに迫っている。
悪い夢だ、これは。
ランスロットは叫んだ。
「わかったわかった!
ラブレス、お前は可愛い!
だから、力を貸せえっ!」
「そうこなくっちゃ!」
ドンッ!
剣が抜けるやいなや、ランスロットは自分の意志と関係なく最前線に飛び出した。
屈強な獣人の軍団が、すぐそこにいる。
「この程度なら楽勝ね。
一撃かましてやるわよ、ランスロット!」
「よ、よし!はああああっ!」
ランスロットは獣人たちに向けて、力いっぱいラブレスを振りぬいた。
ホワイトウォールのときよりさらに大きな衝撃波が生まれ、敵を薙ぎ払う。最前線にいた獣人たちは衝撃をまともに食らい、宙を舞った。
「うおおおおーっ!」
背中から歓声が上がった。アルテアの騎士団が一気に敵陣になだれ込む。
前回の戦いとは完全に形勢を逆転した。
「よし……これなら行けるぞ!」
「あちゃー、混ざりすぎでしょ。
これじゃ味方まで吹き飛ばしちゃうじゃん」
興奮で力強くこぶしを握りしめたランスロットとは逆に、ラブレスはややけだるい声を漏らした。
「仕方ないなあ……あたしたちは敵の中まで切り込むわよ!」
ランスロットの体は再び飛び上がり、今度は敵陣の真っ只中に着地した。
だが、今度はランスロットも気後れしていない。敵が態勢を整える前に、即座に周囲を薙ぎ払う。
「ギィヤアアアアッ!」
剣を振るうたび、無数の獣人たちが宙を舞う。
こうなると快感だ。魔法戦役……そして、今回のガディス王国。魔法の虜になってしまう者たちの気持ちも少しわかる。
ランスロットは、心を静めるよう意識しながら戦いを続けた。
「炎が来るぞ!盾を構えぇっ!」
団長の声が後ろの方から聞こえた。顔を上げる。
無数の炎の塊が、今まさに降り注ごうとしていた。ランスロットは鉄の盾を頭上に掲げ、身を小さくした。
バアンッ!
盾越しに振動が伝わる。
前回の敗戦から学び、今回は盾の裏面と取っ手を皮で覆っている。熱は伝わりにくくなっていた。
「だが……これでは動けないな」
後方の味方たちも同じ状況のようだ。皆、盾を構えて屈んだまま、身動きが取れない。
一方、獣人たちは炎が当たるのも構わず、といった様子だ。
ランスロットもじわじわと包囲され始めていた。
「ランスロット、あたしを空に向けて」
「……空に?」
「雨、降らせるから」
理解できなかったが、言われるがまま、盾の陰からラブレスを空へと掲げた。
「こう、か……?」
「オーケー。
少し静かにしててね……」
ラブレスが言い終えると、頭上に雲が集まってきた。一気に辺りが薄暗くなる。
異常な速度で変化する空の様子に、敵味方とも驚いた様子だ。
「降れっ!」
ザアアアアアッ!
ラブレスの声と同時に、空から大量の雨が降り注いで炎をかき消した。
「よし、今だ!立ち上がれっ!」
「うおおおおーっ!」
団長の声に呼応し、アルテアの騎士たちの指揮が再び盛り上がる。
ランスロットも盾を下ろして立ち上がると、すかさず近くにいた獣人たちを薙ぎ払った。
「獣人の軍団に炎の雨……
これで敵さんの手品のタネは品切れかしら?」
「ああ、少なくとも今までの戦いで見たものは……な」
「それじゃ、そろそろ終わりにするわよ!」
ランスロットの体は三度宙を舞った。
「ど、どういうことだ!?」
「魔法使いを探すのよ。
たぶん、頭の悪そうな毛むくじゃらとは別に、人間が……
見いーつけた!」
地面に着地すると、目の前には緑色のマントで全身を覆った小男がしりもちを突いていた。
「ひっ!」
「迷彩で草の中に隠れてたの?残念ねー。
あたし、目はすごく良いの」
目なんてあるのか。いや、そんなことを考えている場合ではない。
頭をよぎった場違いな疑問を、ランスロットは打ち消す。
「お前が獣人を操り、炎を降らせていたのか?」
「ち……違うんだ、俺は!
俺は、ただあの女に言われたとおりにしてただけで……!」
みっともないほど慌てふためき、小男はしりもちを突いたまま後ずさる。
「俺は……魔法使いなんかじゃないんだ!」
「ランスロット、その男のマントを取って!」
ラブレスに言われて、ランスロットは緑のマントをはぎ取った。
「ああっ!」
男はマントの下に隠れていた左手で、二枚の紙切れを持っていた。
「何だそれは……紙か?」
「や、やめ……っ!」
ボウッ!
ランスロットが小男から紙切れを奪おうとすると、発火した。
男の体が。
「離れて!」
ラブレスの言葉で、ランスロットは一歩後ずさる。
激しい雨の中でも、炎は消えない。むしろ勢いを増し、みるみる男の全身を包んでいく。
「ああああああっ!」
断末魔を最後に、男は完全にこの世から姿を消した。
残ったのは草が焼け焦げた跡のみ。
骨も、服も、あの紙切れも炎に焼き尽くされてしまった。
「どういうことだ……これも、魔法なのか?」
あまりに突然の出来事に、ランスロットは立ち尽くした。
ザアアアアアッ!
「……エフタル」
ラブレスが小さな声で誰にともなくつぶやいたが、雨音に紛れて、ランスロットは気が付かなかった。
セシルよ、はじめまして。
モーガル奪還!やったあー!
ランスロットもばっちり活躍したしね!
でも……魔法って怖いね。
人が突然燃えるなんて……
そういえば、ランスロットはラブレスを
どう思ってるのかな?
可愛いなんて、本気じゃないと思うけど、
側にいられればすぐ確かめられるのに、もどかしいな。
王女なんて、良いこと何もないんだから!
次は国境の戦いね。
ランスロット、活躍してね!