不可解な山荘
夕暮れ時、レモン峠の山賊街道を越え、抜け道に入った二人。次の目的地、山麓の村まで半日以上はかかりそうだった。
「まいったな。今日もまた野宿か…。これから大雨が来そうな空模様なのに」
「ルザ、あそこに山荘のようなものが見えまーす。事情を説明して泊めてもらいましょーう」
「うーん、俺は人狼だし、キヤも胡散臭い道化師だし、無理だと思うけどあの山荘まで行って頼んでみるか。まっ、当たって砕けろだな」
小一時間ほど歩いて二人は、ようやく山荘に辿り着いた。この山荘は外観上は立派な洋館だが、紋章が見当たらない。貴族の別荘ではなく、大商人の持ち物のようだ。
「ごめんくださーい。誰かいらっしゃいませーんか?」
キヤは古びた大きな扉をノックする。返事がないので、もう一度同じことを繰り返す。
「これは廃屋だな。もう何年も人が住んでいた形跡がない。結構、荒れているぞ」
ルザは辺りを見回しながら、そう確信した。
「ふーむ、扉は開きまーせんか? 屋敷の中に入れればシメたものでーす」
「だめだ、鍵が掛かっている。扉を壊さない限りは中には入れそうにない」
「別の入り口を探すのも面倒でーす。ルザの馬鹿力で扉を壊してくださーい」
「これから、大雨が降りそうだというのに扉を壊すのかよ。雨水が中に吹き込んでくるぞ」
「困りましーた。鍵さえあれば屋敷の中に入れまーす。案外オーソドックスに、扉のそばにある、この枯れた観葉植物の植木鉢の下に合鍵が隠してあったりしてー」
キヤは植木鉢を持ち上げ、鍵を探し始めた。
「そんな都合よくあるわけない」
ルザは冷めた視線でキヤの行動を見守った。
「あっ、鍵を見つけましーた。早速、扉の鍵穴に入れてみまーす」
ガチャッ
「見事に開きましーた。これで中に入れまーす」
「げっ、本当に開けやがった。キヤの推理力というか、運の良さには全く脱帽するよ」
ルザは呆れ顔で、頭をかきながらキヤをさりげなく褒めた。
「では、お邪魔しまーす。ゆっくりさせてもらいまーす」
キヤはルンルン気分で屋敷の中に入っていった。
「まあ、そう焦るな。中には防犯用の仕掛けがあるかもしれんぞ」
「うぎゃー。何でーすか。これは」
キヤは限りなく透明に近い巨大な蜘蛛の巣にひっかかり、身動きが取れなくなっていた。
「言わんこっちゃない。今、外してやるからな」
ルザは腰にさげた山刀を手に取り、蜘蛛の糸を断ち切ろうとした。
「ダメ、ソレ、儂ノ獲物…。誰ニモ渡サナイ」
屋敷の天井に貼りついていた大きな繭が破れ、不気味な人面蜘蛛がキヤに襲いかかってきた。