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星国の主

 グサリグサリと次から次にと刺客を斬る。


   斬る

        

          斬る

      

                  斬る


                          斬る

 

こびり付いた血を拭うこともせずにただ前だけを見てひた走る。

迫りくる追手が歯がゆい。こんなにも脆くあっけなく死んでいくのにそれでも立ち向かってくる刺客に向ける刃は常に冷酷無情で。

 それでもこれしか生きる道はないのだからと己に言い聞かせて再度刃を振るう。

 断末魔がなくなることには、辺り周辺何も動いているものはいないがそれでも己が気を鎮めるが如く腕を振るう。


 これが、この行いが自身の犯した罪だというのならそれを受け入れよう。自身が起こした行動が全てあの人に繋がるというのならばいくらでもこの罪を重ねよう。



それであの人が報われるというのならば――。





「蒼輝様! 何してらっしゃるんですか」

 朝一番に屋敷の中に木霊するのは怒鳴り声。

「朝から元気だな、高菜。今日は洗濯日和だから盛大に洗濯しようと思って布団を洗おうとしてたんだけどいけなかったか?」

 桶の中にはどうやって入れたのか綺麗に布団が付け込んである。その布団を手でもみ洗いしているのが蒼輝に高菜は慌てる。

「洗濯をしているのが悪いんじゃないんです。いえ、やっぱり悪いです。そもそも蒼輝様はこの屋敷の主なんですから洗濯何てものはやらなくてもいいんです。寧ろやらないで下さい。」

「それはそれ。ここの家事全般を数少ない家人たちに任せていたんじゃ悪いだろ。現にこの前雨漏りしていた所もまだ修繕できてないし、布団が駄目ならそっちをしてこようかな」

「いけません!」

 行かしてなるものかと必死に蒼輝の裾を握り締めて捉え込む。

「高菜。裾破れる」

「はっ! す、すみません」

 慌てて手を離し謝る高菜。頭を下げる度に一括りにしてある髪が尻尾のように跳ねる。

干橋高菜、蒼輝の侍女(と言っても家族同然)でもあり唯一無二の親友でもある。性格は優しくが怒ると鬼のようになる。しかしいつだって蒼輝のことを第一に案じてくれている。草原を思い立たせる浅草色の着物を着ており両の手の爪には花を思わせるような黄色で塗られている。

 爪塗りと呼ばれる星国独特の技法で特殊な技術で生成した色のついた液を爪に塗り乾燥させることで爪に色を付けることができるのだ。

「私が言っているのは、星国当主である蒼輝様に家事を手伝って貰わないと成り立たない私たちの不甲斐無さを嘆いているのです」

「いいじゃなか。手が空いている人がするのだから誰も文句は言わないよ。それにもたもたしているとすぐに日が暮れてしまうから早いところ掃除をしてしまいたいし。大丈夫、家は自慢できるほどの貧乏屋敷だから少しくらいボロでも誰も何も言わないさ。寧ろ共感が持てるって思ってくれるかもしれない」

 フォローのつもりで言ったのだがその言葉が高菜の心にグサリと刺さっていることに気がつかない。

「うう、それが哀しいと言っているのです。何が哀しくて星喰家の当主である蒼輝様に貧乏な思いを……」

 先よりもなぜか状況が悪くなっている……このままいくと本当に泣きだしそうだったので蒼輝は急いで布団の水を絞り出す。

「ほ、ほら高菜。泣いている暇があったら布団を絞るのを手伝ってくれ。水を含むと結構重くて絞りにくいからさ」

「うう、わかりました」

 そう言ってひょいっと桶の中から布団を取り出して軽くひねるようにして布団を絞ると驚く程水が出てくる。

「高菜って……私より力あるよな」

 蒼輝は自分の腕を恨めしそうにつついて呟く。

「力だけの問題じゃありません。何事にもコツがあるのです」

 コツの一言でそれほど手っ取り早くされたのではこちらの立つ瀬がないでのでは? と思ったがそれは口に出さずに蒼輝は次の仕事をしようと小さな桶を手に持つ。

 星喰蒼輝。それが星国を治める当主の名である。腰まである黒く長い髪を軽く後ろで括り、ゆったりとして蒼を基調とした着物は長い裾が邪魔にならないように力だすきによって二の腕まであげられている。まだ幼さが残るが整った顔立ちに切れ長な目つき、見ようによっては目つきが悪いとも思われるがそれがまた得も言われぬ気品を醸し出している。そして瞳の色は夜空に輝く星のような金色であった。黙って座っていれば当主としてもっともらしい雰囲気を兼ね備えているのである。

 大人しくさえしていれば――。

 そう、大人しく出来ない理由があるのだ。それは星国が異様に貧困な国であるということ。その国を支えている当主、蒼輝の屋敷もまた貧乏であるということ。民からの信頼は厚いが信頼だけではやり切れぬものもある。それが金銭面ともなるともってのほかだ。

 家臣さえ殆どおらず、傾きかけた屋敷を少ない収入で切り盛りしているのは何を隠そう蒼輝の手腕なのである。

 つまり蒼輝の趣味――もとい特技はいかに家計を切り盛りするのかを考えることなのだが、それが如何に当主らしからぬ姿なので高菜は止めたいらしい。

桶に水を汲み、そこに雑巾を浸して床拭きをしているとドタドタと足音が近づいてくる。

「若様!」

 言われて蒼輝は溜息をつく。どうして今日はこんなにも邪魔が入るのだろう。

拭いていた雑巾を桶の中に浸け入れる。

奥の廊下から走ってきたのは初老の、しかし姿勢だけは良い豊かな髭の爺、大村大五郎であった。

「蒼輝様! またそんなことをされて。今日という今日はこの爺が許しませんよ」

 一体何が許せないのだというくらいに息を荒げている。

「爺、まずは落ち着いて。怒ると血圧あがっちゃうから。全く、そんなに怒っていてはいつかぷちーんと血管が切れてしまうぞ。それに生憎と私は動くのが好きなんだよ。なんなら爺も一緒に拭き掃除でもするか?」

 桶の中にある雑巾を手にとって爺に見せる。

「むむ。どうせこれ以上言っても若様は言うことを聞いてくれないのでしょう。ならばこの大村大五郎、少しでも若様の手助けを致しましょう」

 まさか本当にするとは思わなかったので蒼輝は少しばかり焦る。

「爺、手伝ってくれるのはありがたいけれど無理はしないでくれ。またぎっくり腰にでもなったら大変なんだから」

 大村大五郎。爺と言われて皆から慕われて(?)いるこの屋敷で最長年の家臣である。と言ってもこの屋敷では高菜と爺、そして蒼輝の三人しかいない訳なのだが。

先代、蒼輝の父から仕えてきた良き相談相手である。父が死んでからは蒼輝の後見人となり国の事やその他諸々の相談を引き受け世話をしてくれている。御老体となった今でも現役からはまだまだ退かんとはりきっており、その有能さはさておき欠点といえば小言が多いことか。

 慣れた手つきで雑巾を絞り急々と廊下を拭いていく。いつも間にやら身についてしまった拭き掃除に専念しながら爺は小言をこぼす。

「これまで何度も申されたと思いますが、爺は若様が不憫でなりませんのです。何が哀しくてこんな当主が床掃除を……大体十年前の大飢饉のときにどれ程、若様のお父上と奥方様が民のことを想って手を尽くしたことかっ。それなのに、何の措置もしないで皇帝は一体何をしているんでしょうか」

 力の限り雑巾に力を込めて床の汚れ仇のように擦っている。

「あの時は仕方がなかったし、何せ皆生きることに必死だったからな」

 十年前の大飢饉は歴代最大ともいわれる程の飢饉であった。日照りは続き、作物は取れず虫も動物も木も草さえも食べつくしそれでもまだ飢えに満たされていた。毎日毎日一人また一人と倒れて行く中で星国を逃げ出す者たちも大勢いた。しかし前当主であった星喰戒とその妻である星喰愛迦は屋敷にある蔵を全て解放し、食べられるものや財の全てを投げ打ってまで食料を買い与えそれが無くなれば、庭の草花を食べ、池の魚や水さえも差し出し、自らが食べる分までも民に分け与えた。

 母は倒れ伏す民の看病に走り回り父もまた他国へと交渉を進めるべく休みなく働いていた。お互いが民を想うあまりに自分たちの体調のことなど捨てておいたのが不味かった。

 だからこそ、過労からくる病に倒れた時も、すでに手遅れだと言われた時も蒼輝はただ茫然と眺めているだけしかできなかった。当主が倒れれば一人また一人と相次ぐようにして家臣たちが離れて行く。離れる間に屋敷にある価値のありそうなものも盗って行く者もいたが、価値のあるものは既に両親が売り払い民の為に分け与えていた。

 両親が死に、やがて飢饉は去ったがそれからが大変だった。

 まずは生き残るために必死だった。

 飢饉が去ったとはいえ明日を生きる為の食糧がなかったのだから。皆少しばかりの草花を食べて働いた。蒼輝もまた例外ではなかった。

 そこでは上下関係も主も民も何もなくただがむしゃらに生き延びた。

 あれから十年。

 財政はどうにか立ち直りつつある。それでもまだ裕福とまではいかない。しかし以前の死に物狂いよりかは遥かにましになりつつあるのだ。

「ここまで傾きかけた国を立て直せたのは若様の絶えまない努力の賜物と言えましょう。こうしてまた皆と笑える日が来るとは夢にも思っていなかったので」

 微笑みかける爺の顔には当時にはなかった皺が深く刻まれている。あの時は爺ですら絶望するほど酷かったのだ。周りの国々からは何の介助もなくただ成り行きを見守っていた。枯れた大地、飢える民、増える死体、連鎖の如く発生する疫病とそれを運ぶ虫や動物たち。隣国の当主は思っただろう。



星国の歴史は終わり皇帝の名のもとに返還されるのだろうと――。




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