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「河合さん、もう夜遅いよ、どうしたの?」
「あ…」
「女の子が夜遅くに一人出歩いてたら、危ないよ?」
驚いて目を丸くする河合。
それに優しく笑って、桜井が言う。
「あの、私…」
「それ、なに?」
河合の抱えたダンボールを指差す桜井。
「あ、これ、ここに小さな猫が居て…」
「ああ、あったかそうだね。河合さんは優しいね」
そういって、にっこりと笑う桜井。
こんなところで桜井君に会うなんて…。
頭もボサボサだし、もうちょっと整えてくればよかった。
…って、さっきの声は?
「あ、あの、桜井君、猫みてない?」
「猫?」
「さっき、すごい声して…」
ぐるり、と川原を見回す桜井。
「ああ、さっき大きな犬も居たね。ケンカでもしたのかな?」
「おじいちゃん犬で、昼間仲良くしてたの…」
心配そうに辺りを見回す河合の目に留まったのは、食べかけのおにぎり。
白い飯がてんてんと川原に散らばっている。
ふっとその目線に桜井が気づく。
「僕が悪い事しちゃったのかもしれないな」
「──え?」
「食べ物を、と思って投げてやったんだけど…」
そういって目を伏せる。
「動物だと、食べ物争ってケンカはよくあることだからね、悪い事した」
「そんな…桜井君、優しいよ。おなかすかせたら、可愛そうだもん」
「ありがとう。河合さんは優しいね」
ぽっと頬を赤らめてうつむく河合。
それをみて顔に穏やかな笑みを浮かべる桜井。
「あ、桜井君は塾の帰り?」
「うん。ちょっと帰りに頼まれごとあってね」
「そうなんだ。いつも、ほんと大変なのに桜井君、凄い」
「そんなことないよ、人の役に立てるのは嬉しいことだから」
うつむいた河合の目線に、ふっと見えたのは。
──血?
ケンカして、…どんな酷いケガしたんだろう…。
あんなちっちゃいのに。
あんなに仲よさそうだったのに。
夜の闇にまぎれて、はっきりは見えない。
が、その赤黒く、地面にのこった染み。
少女がもうあと少し早くそれに気がついて、触れていたのなら温かさを感じたのかもしれない、それ。
気がついて、じっとそれを見る少女に、少年が言う。
「河合さんも、早めに帰ったほうがいいよ。犬に襲われたら大変だから」
「うん…でも、おじいちゃん犬だから──」
「それでも、襲ってきてケガでもしたら良くない。後で保健所に連絡しておかないと。」
「保健所…?」
「うん、他にもケガしたりする人いたら大変だし、遠吠えで騒音公害になるからね」
保健所…。
あんなおじいちゃん犬なのに──
そんなの、イヤ。
家に連れて行けたら…。
「桜井君…連絡、保健所にしないで…」
「え?」
「おじいちゃん犬だし、きっと…お願い」
家に、・・・きっと無理。
ずっと面倒みるなんて出来ないし、それに、親だって反対する。
だもん、きっと、仕方ないけど・・・。
放っておいても長くないだろうけどね。
まぁ、逢ったのが河合でよかった。
まさか誰かに逢うとは思わなかったけど、コイツなら問題ない。
「そうだね、それじゃ僕はやめておこう」
「ありがとう」
「河合さんは優しいね。お風呂上り?髪が濡れてるみたいだけど?」
「──あ…ボサボサだから、あんまり見ないで」
黙って、じっと河合を見る桜井。
困ったようにうつむく、河合。
コイツなら、いけるよな。
信用してるし態度からして僕のことを好いているのは間違いない。
学校でも、誰かと話してる様子はないし。
「桜井…君?」
「河合さん、髪に」
そういって、河合の髪に触れる桜井。
びくっとするその反応を楽しむように、それでも優しい表情を崩さず。
「ごめん、びっくりさせたね」
「え、う、ううんっ」
一度伏せた視線が再び絡む。
どうしようか。
夜も遅いしな、勉強もあるし。
それにここでどうこう出来る訳じゃないし、今は辞めとくか。
「それじゃ、送るから帰ろう」
「あ、う、うんっ!」
気づかれないうちに家に帰さないと。
問題はないと思うけど、念の為早いとこ帰ってもらうほうがいい。
ふぅん、そうなんだ。
ここで、なにしようとしてたのかなー?
いいよね、夜の風呂上りのドキドキとかさ。
ボクもしてみたいんだけどね。
にっこりわらって先手を取る、うん、これだね?
でも、ニヒルなカゲ、河合さんみれなくて残念だった?
「ギャップにドキドキしちゃうー」ってやつだとおもうのにね。
にっこり笑って、ちょっと黙って、ドッキドキ。
ボクもやるから見てて。
ほら、どう?
あ、みてないね?
ダメ、チャンスは一回。
それがギャップにクラクラ作戦なのさ。
バッチリきめてやるんだぜ。
うん、やっぱりボクかっこいい。