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「ちっ」
朝練なんかあるわけないだろ。
いちいち突っ込んでくるなよ。
ただでさえ学校で委員会だの任されて時間がないってのに。
まぁ、やっておいて損はないからいい。
信頼されるし、「イイヒト」でいられるし。
生徒会、文学部、学級委員、有志活動。
ある程度は名目だけでも問題ない。
文学部ってことで図書館は自由に使える。
いちいち運動部なんか入ってケガでもしたら困るだろうが。
石段を登り、草を蹴飛ばしながら歩く少年。
橋の手前、二本の大きな木の前で足を停めると、辺りを見回す。
車道から離れたそこに、人気は無い。
カチッ。
学校指定のカバンの奥の、小さな袋。
彼の母親が持たせてくれた小さなおにぎりの下から、煙草を取り出すと、火をつける。
「いちいち持たせるなって言ってるのに」
冷たく冷えたそれを、草むらに放り投げる。
そして、煙を吐き出すとツバを吐く。
カサッ。
物音にびくっと振り返る少年。
思わず手にしている煙草を背にかくし、あたりの様子を伺う。
「……?」
が、誰も居ない。
注意深く辺りを見回して、人影が無い事を確認して、もう一度、煙草を口元に持っていく。
ガサガサッ。
「…なんだよ、犬かよ」
丁度自分が放り投げたおにぎりの辺りに、白い毛が見えて、呟く。
安心した後、自分の慌てっぷりに不愉快なものを感じる。
「ちっ」
ツバを吐くと、足元の石を拾い、力を込めて犬が居る辺りを目指して投げる…が、暗がりのせいか、的が外れたようだ。
とはいえ、突然の攻撃に驚いたのか草むらからもう一つ、小さな何か。
「…猫か」
桜井君、煙草すうんだー?
まぁ、いいんじゃないの、ボクには関係ないしね。
ママが作ってくれたおにぎり、いつも食べてないの?
ならボクに一つ頂戴よ。
犬、嫌い?
桜井君、雰囲気がダークでメロメロスマイルがないよ?
でもきっと河合さんはメロメロ。
これが、「男のニヒルなカゲ」ってやつ?
ボクもやってみようかな。
ボクに近寄るとやけどするんだぜ。
ナイロンは良く燃えるから注意なんだぜ。
どうだ、クラクラきただろ?
煙を吐き出して、持ち手の指にほんのり熱を感じて、手元を見る。
既にフィルターの手前まで赤い光が迫ってきている。
「苦い」
帰って勉強しないと。
明日は確か役員の集まりと何があったっけ。
部活だのなんだの浮かれてるやつらの面倒見て。
修学旅行とか。
面倒なんだよ。
いちいち集まって集団行動なんて。
ツバを吐き、煙草を足元に投げ捨てると踏み消す。
「……」
少し離れた所で桜井が投げたおにぎりを食べている犬と猫。
それを、じっと見つめている桜井。
その視線に気づいてか、小さな猫が桜井の足元に擦り寄ってくる。
「毛がつくだろ、やめろって」
足を払うが、ゴロゴロ、と喉を鳴らして足元に擦り寄って来る猫。
それを嫌そうに見て、しゃがみこむと。
「やめろっていってんだろ」
カバンの中から、取り出したのはナイフ。
左手で猫をそっと押さえる。
撫でられているのか、とゴロゴロ喉を鳴らしながら頭を摺り寄せてくる。
その頭を、首筋を押さえて。
「……」
そっと尻尾にナイフを当てる。
するり、と尻尾がうねって、根元に当てたナイフは尻尾の先に。
「動くなって。やめろっていってるのに聞かないお前が悪い」
地面に押し付ける。
「これは、しつけだ」
ニャアアアアアアアア!!!!!