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学校、行きたく、ない。
どこで、こうなっちゃったのかなぁ。
どうして。
どうして?
普通に学校楽しい頃もあったのに。
誰に言えばいいんだろう。
先生に、言えない。
親に、言えない、ていうより、言いたくない。
どうしたらいいのなんて、言えないよ。
心配かけたくないし、・・・・・・そんなんじゃ親がかわいそう。
電話相談室。
───ちがうもん。私、いじめられてるわけじゃない。
そんな深刻じゃないもん。
ちがうよね、ちがうよね?
そこまでしなくちゃいけないなんてこと、ないもん。
それに、そういう話なんて、・・・したく、ない。
「今回のトップは、桜井だ」
先生が、期末の結果を告げる。
あたしは、当然名前を呼ばれる程なんかじゃ、ない。
毎回いつも、トップは桜井君。
「さすがだよな。桜井行ってる塾どこだっけ?」
「駅前だったっけ?」
「いや、ヤマがあたったんだって」
笑いながら話をしているクラスメートが視界に入らないように、じっと下を向く。
あたしのテスト結果は、良くも無ければ悪くもない。
っていうよりは、悪い方なんだけど…
「河合」
「・・・はい」
「お前、答え書くとこずれてたぞ。それなければもうちょっと点数とれてたのにな」
先生がそういうと、クラス中に笑いが巻き起こる。
「一つずつずれてなかったらもっと点数良かったのにな。しっかり確認しろよ」
「・・・─はい」
「河合、ボケすぎー!」
「仕方ないじゃん、河合だもんっ」
「中身もズレてるしねー?」
こういうとき、笑って何か言えたら、きっと違うんだろうかって思う。
でも、そのタイミング逃して、「そういうキャラ」じゃなくなったら、その機会はいつになるんだろう。
黙って、うつむくしか出来なくて。
最初にそうじゃなかったら、きっと、違ってたのかな。
桜井君みたいに、頭も良くて人気があったら、きっと毎日楽しいのかな。
いつも、穏やかで委員会だとかあると大抵選ばれて。
学校でも有名な彼。
学校が終わると毎日塾に行っているみたい。
塾にいけば、私も頭良くなれるかなあ。
でも、塾でもまた、お友達できなかったら。
そしたら、ココが増えるだけだ。
どうやったら毎日楽しくなるのか、そういうこと教えてよ。
頭も良くなれて、可愛くなれて、人気者になれるには、どうしたらいいの?
キーンコーンカーンコーン
夕方の空に響く、終業の鐘。
ここ井川中学は、建てられたのも古く、それに伴って校舎自体も老朽化が激しい。
もうあと数年もしたら建て直しをとの声もあるが、生徒数の減少も著しく、予算の都合などもあり、平行線のやり取りが定期的に時期を置いて繰り返されているのだ。
部活動に向かう生徒でややにぎやかな校庭を抜けて、校門へと向かっていくのは。
桜井君だ。
きっと、これから塾なんだろうな、なんておもって見ていたら、ふと目が合う。
「ああ、河合さん。さようなら」
「…さよなら」
ほんの少し、口の端を上げて別れの挨拶を交わす。
「今日のテスト、残念だったね。また頑張ろう」
「ありがとう、桜井君も次も頑張ってね」
黒いカバンを肩に抱えて、そう言うと足早に去っていく少年、桜井。
彼が背を向けて歩き出した後もほんのり笑顔を浮かべて、また下を向いて歩く少女、河合。
「河合、なに笑ってんのー?キモイんだけど」
「ほんと、超キモイ」
ほんの一瞬の幸せな気持ちが一気に冷え切って、ぐっと唇を噛む。
「つーか、シカト?」
「キモイヤツにシカトくらっちゃったよ、ひどくない?」
「何してるんだ、同じクラスなんだし、あんまり酷い事いうなよー?」
校門の前で足を止めた桜井が、振り返ってそう叫ぶのが聞こえる。
「えー、うちらがシカトされてたんだよー?」
「そうそう、うちら超カワイソー。桜井君、慰めてよー」
「…さよなら」
下を向いて、ぼそっと呟いて、足早に走り出す少女。
キモイなんていわれて、なんて返事したらいい?
シカト、してるわけじゃないよ、ただ、言葉がでないだけだよ。
助けてくれた桜井君に御礼も言えなくて、走るだけなんて、ほんとに嫌だ。
でも、泣いてるの見られるのは、──もっと嫌。
みっともなくなんか、ないもん。
いじめられてるわけじゃないもん。
いじめられてなんか、ない。
そんなとこ桜井君に見られたくない。
ふうん、いいねいいね?
青春ってカンジだよね?
ボクにはあんまり経験ないけどね。
これが「普通の中学校」ってヤツなんだろうね。
クラスの人気者と遠いところにいる女の子ってヤツかな。
夕方は暗くなるのが早いからね、さて、どうしようかな。
ねぇ、キミなら、どうする?
せっかくここに居るんだし、どっちをみにいこうかな。
んー。
ここはやっぱり、女の子だよね。
夕方の帰り道は見届けてあげようか。
川沿いの土手を通り、夕陽が川に映ってまるで太陽が二つあるかのような景色。
あたりは夕暮れの、僅かに冷たい空気。
表通りのにぎやかな通行路とはうってかわって静かな土手。
その土手の下、川ををまたいでかかっている橋の手前には二本の大きな木。
足元に気をつけながら、小走りで土手を駆け下り、少女の背を三倍したかというほどの高さの、その木の真下で、少女は足を止める。
「今日はどうだった?」
足元の、小さな猫に声を掛ける。
学校指定の黒いカバンから小さなビニール袋を出すと、その中身を地面に静かに開ける。
「ほら、いっぱいたべるんだよ?」
ゴロゴロと喉を鳴らしながらもカリカリと音を立てて夢中で少女が地面にまいたエサを食べる、小さな猫。
少女はそれを見て、しゃがみこむとじっとその様を見つめる。
ひゅううとふく冷たい風に、ほんの少しめくられるスカートの裾を膝の下に織り込む。
「明日、ダンボール持ってきてあげるからね。中に古いセーター入れてあげるからそこにいるんだよ?」
返事は無く、ただ一度少女の顔を見上げるとその膝に体を摺り寄せて、またエサを食べる猫。
静かなこの川辺の空気は冷たいが、表通りにいるよりは静かだ。
「それじゃ、もう行くね。元気にしてるんだよ」
もう一度、猫を撫でて立ち上がりスカートの裾の泥を軽く払う。
と、視界に入るのは、大きな犬。
「野良犬?」
やや痛んだ毛並みと歩き方からして、老犬なのだろう。
少女から少し離れたところでごろん、と横になると、微かに鼻を鳴らす。
「・・・大丈夫かな」
猫と、犬と。
喧嘩したりしないのかな?
どっちも野良なのかな。
しばらく立ったまま様子を見ていると、足元で餌を食べていた猫が、ふわぁっと大きくあくびをして、老犬の側へ。
そして、そこに腰を下ろすとゆっくりと毛づくろいを始める。
「野良なのに、仲良しなの?」
犬がうっすらと目をつぶり。
寄り添うようにして猫が座り。
「普通、喧嘩しちゃったりしない?仲良しなの?」
ぱたん、と犬の尻尾が軽く揺れて、それに釣られて返事をするかのように猫の尻尾も軽く一度上がり、また下へ。
そっか、こう寒いと一匹じゃ辛いもんね。
おじぃちゃんと、ちっちゃいこだから喧嘩にならないのかもしれない。
一人じゃないなら、良かった。
一人じゃ、寂しいもんね。
「それじゃ、またね。気をつけるんだよ」
そういって、二匹に手を振ると、帰路を辿る少女、河合。
うん、夕方だしね。
遅くなるとおうちの人が心配するから、もう帰るほうがいいよ。
ここからならキミの家までもうすぐだしね。
キミも気をつけて帰って。
古いセーターとダンボール、きっとあったかいだろうね。
今度ボクにもくれたら嬉しいな、セーター。
それじゃ、せっかくだから桜井君の様子でも見に行こうかな。
きっと、塾でお勉強が終わった頃だよね。
できれば女の子についていきたいんだけど。
いいよね、女の子。
冬の夕暮れほんのりムード、冷たいほっぺとか、スキなんだけどな。
ま、いこっか。