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ココロノヤミ  作者: ぬこ
16/21

16




 「猫ちゃん?」

 

 いつもの川原で足を止める少女。

 昨夜置いたダンボールの箱の中に、じっとしゃがみこんだまま、顔を上げる。

 一緒にいた犬の姿は、ない。


 「おじいちゃんは、どうしたの?」

 

 辺りを見回してみる、が姿がない。

 保健所に──、という言葉を思い出し、同時に少年との昨夜の様子を思い出す、が今朝の出来事が頭に浮かび、また、唇を噛む。


 ミィ、とあくびのついでに声がでた猫の頭を撫でてやろうとして。


 「タバコ?」


 吸殻に気がつく。


 万が一、火事になったら大変。

 それに、タバコ、食べたら毒だって聞いた事ある。

 こんなとこに捨てなくてもいいのに。


 拾い上げて、ティッシュにくるんでポケットにしまうと、猫の頭を撫でる。

 ふわふわと、柔らかくて指先がほんのりと温かくなる。

 気持ちよさそうに目を細めて頭を摺り寄せてくるのが嬉しくて、思わず笑みを零す。

 

 その、すらりと長かった尻尾。


 「……!」


 その先が、毛が剃られたようになって、赤く腫れ上がって……

 

 「これ……っ!?」


 腫れ上がったのではなく、「肉」なのだと、気がつく。

 半透明な液体がにじみ出て。

 昨日まであった部分はなく、傷のせいだろう、その先は異様に膨らんでいる。


 「猫ちゃん、大丈夫っ!?痛くないっ!?」


 思わず、指先で触れようとするが、触っていいものか躊躇う。

 近くに触れた刺激を嫌がってか、尻尾を引っ込める猫。

 敷き詰めたタオルやセーターにわずかに血が付着しているのを見つけて、言葉に詰まる。


 「痛くない、わけ…ないよ…ね…」

 

 呟くが、猫は撫でられるのが心地よいのか、ごろごろ、と喉を鳴らしている。

 他にも誰かがエサをあげているのか、すぐ近くに陶器の器が置いてあり、中にはエサが入っているのをみて、ほんの少しほっとして。

 

 誰かに、やられたんだろう…

 でも、エサくれる人も、いるんだよね…?

 どんな人が、こんなちっちゃいこの尻尾切るなんて…っ


 ぐっ、と閉じた口の奥で、奥歯をかみ締める。

 こんな、小さい子に、と腹ただしく。

 許せない、と腹が立つが、どうしたらいいのか。


 家に連れて帰る、と頭に浮かぶが、そこで考えが止まる。

 ずっと、面倒を見ていく自信がない。

 ただ、気まぐれのようにエサを与えて、撫でて、可愛がって。

 そこで何か起きたらこうして苛立つしかできない。

 もし、もっと酷いことが起きたとしても、どうしてやることも、できない。


 無責任に、戯れに、気が向いたときに可愛がる。

 

 まさに、そうなのだと思う。

 責任がない、だから、何かがあっても、自分は責められることもないし、責める事も、できない。


 しかし、責任を負うことが、余りにも重く感じられて。


 「……ごめん…ね…」


 呟いて、小さなその猫の頭を撫でて。

 

 尻尾、切られちゃうなんて。

 人間だったら、どういう気持ちなんだろう。

 私に、尻尾はないけど、どれだけ、辛いんだろう。


 ……同じ目にあえば、いいのに。

 そんなことして、平気で今もいるのかもしれないなんて思ったら、許せない。

 同じ目に、同じ気持ち味わえば、いいのに…っ。





 うん、河合さんに尻尾はないよね。

 ネコミミと、尻尾、可愛くてボク大スキ。

 

 よく、ニンゲンでもつけてる人いるけど、ちょっといいよね?

 

 ニンゲンに、尻尾は、ない。

 猫の尻尾と同じのって、ニンゲンだと、なんだろうね。


 ボク、ふかふか大スキだから、そんな意地悪はキライ。

 イタイのも、イヤなんだけどな。


 ねぇ、河合さん。

 そんなことしたのが、桜井君だってしったら、どうする?


 桜井君も、尻尾はないよね。

 

 ねぇ、どうする?




 「あ、おじいちゃん!」

 

 わずかに足を引きずりながらこちらへ向かってくる、犬。

 乱れた毛皮のあちこちに、土が付いていて、それをぶるぶるっと体を震わせてはらう。

 撫でてやると、ゴツゴツという、感触。


 「ん…?」


 みてみると、それは、乾いたご飯粒。

 それが、長い毛に絡まってこびりついている。


 「ちょっと、とるね。痛かったら、ごめんね」


 そういって、それを押さえてぐっと引っ張る。

 特に痛みはなかったらしく、首をかしげて、わずかに尻尾を振りながらその手を舐めてくる犬。


 クンクン、と鳴らす鼻先に猫が体を伸ばして鼻を近づける。

 すりすり、と顔をすり寄せ合うと、再び箱の中に座り込む猫。

 

 「……足、ケガしてるの?」


 引きずっていた足を見る。

 外からは、目だった傷はないが、中まではわからない。

 

 どうして、と唇を噛むが、やはり、どうしていいかわからない。

 箱の側の皿からエサを食べると、そこに座り込む犬の背を撫でて。


 「……ひどい、ね…」

 

 呟いて。


 「酷い人、イヤだよね…ごめん、私も、何もしてあげられなくて…」


 隣に座り込むと、じっと川を見つめる。


 穏やかな、天気のいい一日。

 なのに、気持ちは暗く、冷たく。

 これから、どうしたらいいのだろうか、と思う。


 「私、これから、どうしようかなぁ…」


 犬の背を撫でながら、呟く。

 猫の小さな寝息が聞こえ始めて、ふっと肩の力を抜く。


 「明日も、学校行かなくちゃいけないんだけど、行きたくないの…」


 くぅん、と犬が鼻を鳴らす。

 その鼻先をとんとん、と撫でて。


 「おっきなケガしたり、事故とかあったら、学校、いけないよね…。行きたくても、行けないなら、仕方ないよね…」


 うん。

 行きたくないんじゃ、ないの。

 行きたいんだけど、行けないもん。

 それなら、親も心配しないよね?

 ケガとかなら、動けないもん。


 じっと見つめた視線の先は、川。


 


 キラキラと太陽の光を反射して、水面が眩しい。

 そっと立ち上がって、水辺に近寄って。


 「………」


 水面に指を近づける。

 

 「冷たい……」


 指先が痛くなって、川から指先を引き上げる。

 その指先に、はぁっ、と息を吹きかけてぎゅっと握り締めて。

 

 「──きゃっ!」


 がらっ、と足場の石が崩れ、体勢を崩す。

 冷たい水の感触が瞬時に頭に浮かび、無意識でか、体を捻る。

 慌てて体をばたつかせ、その弾みに後の草むらに倒れこんで。


 「……バカ、みたい」


 ふう、と溜息をつく、少女。

 

 実際、怖くて、逃げてるくせに。

 ケガしたら、なんて、できるわけないのに。

 川の水は、冷たくて。

 思っていたよりもずっと、冷たくて。


 ほんの数秒、指を浸しただけで、指先は酷く冷えて、痛んで。

 

 ──ほんとに、死にたいなんて、おもったわけじゃ、ないもん。

 ただ、ちょっと、学校行けないくらいのケガができたらって──


 そう思って、後でじっとこちらをみている犬と、目が合う。

 

 「……ごめん」


 したくて、したわけじゃない、ケガを負わされた犬と、猫。

 痛みを癒すには、自分で、自力でただ、じっと。

 

 誰も、好き好んでケガするわけじゃないんだよね…

 私は、ケガしたら、おうちで。

 ママに、病院連れてってもらって、温かい部屋で大人しくして。

 でも、おじいちゃんと、猫は……?

 

 病院、連れてってもらえなくて。

 私、病院連れてってあげられなくて。

 しようと思えば、出来ないことじゃないのに……


 ごめん…


 

 少女の目に、涙が滲む。

 それだけが、ただ、熱くて。

 ぐっと目をつぶって、涙が頬に零れ落ちる、その温かさを感じる。

 

 それは、すぐに、冷たくなって。





 ケガ、痛いよー?

 ボク、この間爪噛んでたら指もかじっちゃってさ、いたかったもん。


 でも、もちろん泣いたりなんてしなかったけどね?

 だってほら、ボクはダンディな危険なナイスガイだもん。


 そうそう、それに、死んじゃいたいなんて。

 みたこと、ある?

 お葬式って、大変なんだよ。


 皆えーん、ってないてて、燃やしちゃったら、もう、顔とかもないんだもん。

 骨だけがぽろぽろってあってさ。

 ボク、なんだか見てたら淋しくなっちゃった。

 でも、燃やしてあげないと、ニンゲン、腐っちゃうんだって。


 温かかったのが、冷たくなって、すごいニオイがして。

 

 どろどろって溶けていって、その頃は臭くて、同じ部屋にいれないんだって。

 

 そして、いつか、骨になるんだってさ。


 どんなビジンも、腐って、ぶわって膨らんで、最後は骨。

 そうなるの、きっと、見てるの辛いよね?

 

 死んじゃったら、燃やされても熱くないのかなー?

 ボクだったらさー、

 

 あ、でも、ボクは夢見るナイスダンディだからヒミツ。

 




 「それじゃ、私、そろそろ行くね」

 

 犬と猫に呟いて、少女は立ち上がる。

 昼にはまだ時間がある、午前中の空気。

 

 かさっと足元で音を立てる落ち葉を踏み分けて、すぐ側の家へ向かって、少女は帰路に着く。


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