15
週番って、なに?
長いスカートはいてカミソリ持ってるってやつ?
こわいねー、ボクだったら逃げちゃう。
河合さんも、怖いから逃げちゃう?
せっかく今日の予習してあるのに、残念だね。
どこいくの?
家?
あ、そっか。
河合さん家も昼間は誰も居ないもんね。
でも、荷物置いてきちゃって、良かったの?
靴も、上履きのままだよ?
───もう、イヤ……
どうしよう、学校さぼっちゃった……
だって。
……だって。
居たくない、居られないよ…
桜井君に、あんなこと、言っちゃった。
桜井君、怒ったよね。
なんてことしたんだろう。
「そんなわけないだろ、河合さんだぞ?」
…って、桜井君、言った。
「アタマの具合みてもらうといいよ」
っていって、肩、ぽんって。
昨日繋いだては温かくて。
今日の桜井君の手は…
「カーワーイ・キーモーイ!カーワーイ・ウーザーイ!」
ウザイって、…キモイって…
言われた言葉が、頭にぐるぐるとイヤになるほど回る。
ぐっと目をつぶって、耳を塞ぐ。
それでも、延々と繰り返される頭の中のその言葉。
「……っく。…」
しゃくりあげて、滲んだ涙が閉じた瞼から制服に直に吸い込まれていく。
じわっと温かく、それが風に気化していくかのように、冷たくなっていく。
少女が座り込んでいるのは、彼女の学校から少し離れた公園のベンチ。
あてもなく走り続け。
かといって、上履きのままの自分。
荷物も持ってきていない。
家に帰るにも、近所の人に見られでもしたら、親に心配をかけることになったら。
どこに行く訳にも行かず、人気の少ない此処の公園に来たのだ。
───制服のままだし、もし、誰かに見られたらどうしよう。
……学校で、いじめられて、逃げて。
そんなこと、絶対言いたくない。
「明日、どうしよう…」
呟く。
行きたくない。
誰にも、会いたくない。
「まだ午前中だし…」
散々涙を零したせいか、目がひりひりと痛い。
ふう、と溜息をついて空を見上げる。
どんよりとした冬の曇り空。
冷たい風がひゅううと吹いていて、せめて、コートをもってくればよかったと思う。
汚れて黒ずんだ上履きと、カサカサになった膝小僧。
少しずつ落ち着いてくるのと同時に、寒さがじわじわと体を侵して行く。
「一回、うちに帰ろう」
そうだ、そうしよう。
親は仕事で今は居ない。
万が一学校から電話が来てたりしたら困るよね…。
木枯らしぴーぽーふいているー、って歌、あったよね?
北風だっけ?ぴーぷー?
まぁ、ボク的にはそんなニュアンス。
少女が一人、公園のベンチ。
まさにそんなカンジだよねっ。
でも、ここ寒いし、おうち帰るのがいいと思うよ。
あったかいおこたでココアとか、ボクスキだな。
あ、マシュマロいれると高級感でセレブってカンジ。
いちごマシュマロがいいんだけど、ココアに、どう?
乾燥したベンチの木材がわずかにささくれ立っていて、なんとなくいじっていた指先に刺さる。
冷え切った、冷たい指先がわずかにチリチリと痛む。
滲んだ血をまた指先で拭うと、重い腰をあげ、ベンチから立ち上がる少女。
わずかに学校の鐘の音が聞こえて、ぐっと唇を噛む。
これから、家に戻って。
電話がきて、親に知られたら、困る。
もしかしたら、もう来てるかも知れないし、夜に来るかもしれない。
それなら、早めに帰って、お風呂もすませて、ずっと電話の近くに居ればいい。
そう、思って。
うん、と頷くが、前に進まない体。
乾いた唇が風にさらされてヒリヒリと痛む。
めくれた皮を指先で剥いて、じりっと血が滲む。
無言で制服からリップクリームを取り出し、がさついた唇に塗りつける。
スースーとした清涼感が風に、一層冷たい。
んー、女の子の唇はやわやわがいいよー?
ほら、ちゅーするとき、ドッキドキ。
あ、でも、静電気でパチッとかなったらどう?
暗いところでキラキラ?
君の唇に火花がボンバーだぜ。
ボクのハートに爆弾ドカーンな予感なんだぜ。
…悪くないね。
うん、悪くない。
そっか、河合さんもテクニシャンだったんだね、やるなー。
ますますボクドキドキしちゃう。
やるね、河合さんってばボクキラー?
たまらないね、電撃キッス。