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ココロノヤミ  作者: ぬこ
11/21

11



 キーンコーンカーンコーン


 吐く息も白い冬の朝に響く、始業5分前の鐘。

 生徒達が慌しく席に着き、教師が来るのを待っている。


 いつもこの時間はざわざわと騒がしく、笑い声や挨拶が教室中に響き渡る。

 席についているものは少なく、大抵が友人と笑い声をあげ、数名が忘れた宿題を慌てて仕上げ。

 なんてことはない極ありふれた日常の始まりだ。


 「桜井君、問題13って、答えA−13であってる?」

 「いや、僕はA−15だったかな」

 「え、ほんと?じゃぁ直しておくね!ありがとー!」

 

 後方の席で交わされる会話を漏れ聞いてほっと一息つく少女、河合。



 ──よかった、合ってる。

 今日はここあてられても大丈夫。



 昨日の夜、教科書を調べながら出来た答えは、A−15。

 彼の答えと同じなら、一安心だ。



 


 「そういえばさ、昨日夜桜井君コンビニいなかった?」

 「え?」

 「11時過ぎだったかな、うちあの近くなの。塾の帰り?」

 「あ、そうそう。昨日はちょっと遅くなってね」

 「そうだったんだー」


 昨日の夜、という言葉にドキっとして、一瞬肩を震わせる河合。

 あのあと、コンビニよって帰ったんだ、とふと思って。



 桜井君、そんなに帰り遅かったんだ。

 なのに、宿題も完璧だし、ほんと凄いよね。見習わなくちゃ。

 繋いだ手を思い出し、ふっと顔が赤くなるのを感じて両手で頬を覆う。



 「てか昨日、河合も見かけたんだよね」

 

 背後で交わされる会話なので、桜井の表情は窺い知れない。

 ドキドキと、自分の鼓動が早くなるのを感じる。

 ……が、どうするわけにもいかず。

 只、教科書を出して、筆箱を開け、予習の準備をなるべくゆっくり、時間を掛けて行う。



 「車だったからあれ?って思ったんだけどさ、陸橋渡った時あの川原で見かけてさ」

 「車だった?」

 「うん、親が妹迎えにいくの付き合ってたの」

 「そうなんだ」

 「丁度家帰って、その後でコンビニで見かけてさ」

 

 なになに?という感じで何人かが会話に加わるのが漏れ聞こえてくる。

 

 

 どうしよう、どうしよう、どうしよう。

 先生早く来て…無駄話は止めろって…


 桜井君、困る。

 きっと、困ってる。


 

 ほんとに、ほんとに偶然なのに…っ




 「え、なに、昨日河合と桜井君一緒にいたの?」

 「ちらっと来るまで通り過ぎただけだったけど、一緒にいるの見たよー」

 「なんでなんで?」


 振り向きたい、が振り向けない。

 どんな様子になっているのか、少しでも知りたくて少女はひたすら息を殺し。


 一度出したシャープペンシルをもう一度芯を入れなおし、聞こえていないフリを装う。

 そして教科書を開き、必死で予習をしているフリをし、背後の会話に意識を集中する。




 「たまたま、塾の帰り道にあの近くに頼まれごとがあったんだよ」

 「河合んとこ?」

 「いや、塾の友達でね。丁度通りがかった時に偶然あったんだ」

 「マジー?桜井君見かけて、河合がでてきたんじゃないのー?」

 「ありえるー!やーらしー!」




 不意に出た自分の名前に、思わず反応して顔が僅かに動く。

 それを、必死で気づかれないようにと、わざとノートをめくり、目に付いた単語を書き綴る。


 ───for the purpose of… 〜の目的の為に

 ───retribution …因果応報

 ───pretend …〜のフリをする・みせかける・言い張る・要求する


 「違うよ、只本当に偶然だったんだ」

 「えー、ほんとー?どうなのよー、か・わ・い・さーん?」

 「ぜってぇ狙ってるよねー、図々しいっつーのっ!」

 「変な病気もってそうだしー?桜井君騙されちゃだめだからねー?」


───alert…油断のない・機敏な・警戒

───coincidence…同時発生・偶然の一致


 「本当にたまたまだって」

 「もうすぐ修学旅行だし、一緒に行動してーとかいわれたらどうするー?」



 この学校では、真冬のスキー合宿が修学旅行となっている。

 観光地が地元であり、であるからこそ、そこをめぐるのではなく真冬に雪山で親睦を深め、スポーツを通して心身共に健全にという名目なのである。


 が、3泊4日ものスキー合宿とはいえ、日程後半にはほぼ半数以上の生徒が筋肉痛で苦しみ、部屋にこもる。

 仲の良い友人同士で一日中会話に熱中したり、ここぞとばかりにカップルが出来上がったりするので、なんだかんだいいながらも生徒の楽しみなのである。


 

 「冗談でしょー?!てか河合と誰が同じ班になるわけ?」

 「うちパース!」

 「あたしもやだって!キモイし、あんなの居たら旅行台無し!」

 「そんなこといわないでさ」


 背中越しの会話、であるが故に声は聞こえても表情まではわからない。

 最後の、とりなしのような桜井の声。


 どんな表情で言っているのだろうか。



 ───collaborate …共同して働く・共同研究する

 ───sin …道徳上の罪

 ──

 

 「ねー、河合ー」


 はっきりと、呼びかけてくる声。

 会話に自分の名前が出ているのを聞きながら、気づかれないようにと綴っていた単語。

 ぴた、とノートに書き込んでいたシャープペンシルが止まり。


 少女は返事を躊躇い、息を呑む。


 「ちょっと、シカトしてんなっつーの」

 「……はい…」

 「あんたさー。修学旅行誰と組むわけ?」

 「てかさ?昨日桜井君見つけてでていったんでしょー?」

 「……ほんとに、偶然で…。班は……」


 班、組む人なんて、いないもん…


 向き直って、返事はしたもののうつむいたその視界に桜井の顔は映らない。

 ただ、落書きが目立つ木製の机。

 そして、クラスメートの足と、指先。


 「班は、なに?誰と組むのってきいてんの」

 「……私……」

 「いいじゃないか、ほら、授業始まるから」


 桜井がかける声に、ほっとする河合。

 

 そうだ、もうすぐ授業が始まるんだ。

 そうしたら、この話から逃げられる。




───キーンコーンカーンコーン


 一分の狂いもなく、毎日の始業を告げる、鐘の音。


 「ほら、チャイムなったぞ」

 「あーあ、またねっ」


 鳴り始まると同時に自分の席へと向かうクラスメート達。

 ほっとして、再び自分の机に向き直る河合。

 


 よかった…

 でも、次の休み時間はどうしよう…


 誰と班組むかなんて、決まってないし…

 桜井君と昨日会ったのだって、本当に偶然なのに──


 気づかれないように、押し殺して溜息をつく少女。

 とりあえずは逃げられた。

 とはいえ、授業が終われば、また休み時間になる。

 それを思って、憂鬱な気分になる。


 同時に、憧れの少年が庇ってくれた事を思い、ほんの少し気分が良くなる。

 昨夜の出来事を思い出して、再び鼓動が早くなる。


 偶然だけど……


 「まだ、冷たいなら」

 そう言って差し出された手を思い出す。

 冷たい乾いた夜の空気の中、それがわずかに湿って温かく。

 

 交わした会話は短かったとしても、あの時間のあの気持ちは特別なはずだ。




 「…つか、先生おそくね?」

 「誰かみてこいってー」


 先生、遅いけど、どうしたんだろう。

 

 少しずつクラス中が騒ぎ出すのを聞いて、不安が押し寄せてくる。

 既に隣の席同士でなにやら話し始まっているクラスメートの声。


 「"誰か"みてこいってー」

 「もしかして自習?」

 「マジどうしたんだろー?」

 「だから、ほら、"だーれーかー"見てこいって」


 "誰か"

 "だーれーかー"


 徐々に声が大きくなって、少女はぐっと唇を噛む。


 「早くいってこいっつーの、"誰か"」

 「気づいてないんじゃなーい?"誰か"はニブいんだし」

 

 誰か。

 …きっと、私じゃ、ないよね?

 私じゃ、ないよ…ね?



 「いいよ、それじゃ僕が見てくるから」

 

 すっと、涼しげな声。

 それが少年桜井のものだと瞬時にわかる。


 「なんでー?桜井君いっちゃつまんないんだけどー!」

 「つか、"誰か"シカトしてんなっつーの」

 「いいよ、僕が行って来る」

 「えー、なんで桜井君がー!河合庇ってるのー?」

 「マジー!?」


 会話の矛先が、僅かに少年に向くのを感じる。

 一瞬、何かを期待して、僅かに安心したような、妙な気持ちになって少女は息を呑む。

 

 


 その気持ちは、なんなのだろう。

 当事者から、第三者に、ほんの一歩動いたかのような。


 経験したことは無い、が。

 暗闇で銃で狙われていたのが、風でそれて、逃げられた獣のような。


 多分、しっくり当てはまる事はない。

 うまく言い表すには、何が足りないのだろう。


 逆に、何かが余っているのだろうか。




 

 

 なんともいえない気持ちで黙りこくる河合の耳に。

 桜井に。

 

 クラスに。


 一人の言葉が響く。

 



 「もしかして、桜井君、河合ラブ?」

 





 

 あーらら、こららっ?

 クラスメートの女の子、やきもちやいてるってやつ?


 うんうん、おもしろくないよねー。


 自分が好きなコが他のコかばうなんてさー?


 だもん、文句の一つもいいたくなるってやつ?

 



 手に入らないんだったら、壊しちゃえ?


 思い通りにならないと、ムッカムカ?



 ベイビー達ったら、過激なんだね。

 でも、それも恋の炎に身を焦がすってやつ?


 そして。


 河合さん、どうするの?

 


 桜井君、どうするの?





 「えー、マジで?」

 「桜井君、そうなのー?」

 「それ、すっげガッカリなんだけどー」


 ──どうしよう、どうしよう。

 桜井君…

 


 「つか、なんで河合なわけー?」

 

 ──桜井君……っ


 「河合が彼氏もちー?ありえないんだけど」

 「ねー、桜井君ー?」


 


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