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命題8:自己犠牲の果て


一面の赤の世界の中、女は満面の笑みを浮かべている。

しかしそれは、狂気にまみれた笑みだ。


「ふひひっ……誰も出てこないのなら、私が選んじゃいますね……」


一歩一歩と女は俺達の方へと近づき、その女と一定の距離を保つように俺たちは後退し――

いつしか俺達は部屋の壁……そう、北川の身体の残骸のある場所へと追い詰められた。


「皮肉ですわねぇ……

あなた方が逃げるにつれて、あなた方は自身の未来の姿たるその肉塊へと近づくことになる……。」


「ちっ……!!」

そう舌打ちしたのは田中だ。


「このままじゃ……俺達も殺られるぞ!!」


そんなことは、この場にいる全員がわかっていた。

ただ、どうすればいいのか全くわからない。

少しでも動けば、あの巨大な槍が自分を貫くことが目に見えていた。

だから、動けない。

かといって、このままやられるわけにもいかない。


まさに絶対絶命だった。

そんな状況を打開したのは、意外な奴だった。


橋岡。

この中で最も台詞が少なく、存在感の無い彼が突然こう言いだしたのだ。


「この状況で助かるには、俺達の力だけじゃ無理だ…。とすれば、助かるにはノゾキさんや笠音サマを連れてくるしかねぇ。」

「でも、多分ノゾキさんはこっちの様子に気付いてないぞ。どうするんだよ?」

竹田のその問いに、橋岡は答えた。

「二手に別れて外に逃げる。俺と田中は右手から、竹田と仁科は左手から行ってくれ。どちらか一方でもこの建物から出られれば、俺達が生き残れる確率は高まるはずだ。」

俺達は意外さを全面に押し出した顔で橋岡を見た。

「……なんだよ?」

「いや、お前のこと空気と思ってたけど、やるときはやるんだなって。」

「なんだよそれ…。」

「かなり危なさそうな手だけど、それしかねぇか…」

「……そうだな……。」

確かにこの一手しか、俺達の今の状況を打開する策は無い…。

「……北川……。絶対に、お前の死は無駄にはしない…!!」

「このイデアってさ…世界の本質を変えられるんだろ? なら北川を生き返らせる事だって……!!」

「……ああ。絶対に生きて帰るぞ!!」

『おう!!』


橋岡の台詞に応えた俺達は狂気の女の左右へと別れて突っ込んでいく。



思えば、これが最後だったのだ。

俺がこのファンクラブ構成員と団結出来たのは…。



   ◎◎◎◎◎◎


「チッ……!!」

ノゾキ達は苦戦を強いられていた。

未だ敵の正体を掴むことすら出来ていなかった……いや、それどころかその姿すら拝めていない。

敵は自身の姿が見えそうになるたびに、地面を攻撃してその姿を砂嵐に隠すのだ。

そのため、今どこにいて、どんな状態で、どこからどんな攻撃をしてくるのかがいまいち分からない。

そして、さらにノゾキに解せないことは、敵の感情がまるで感じ取れないことだった。

「コイツはなんだ…? ロボットの一種か?」

「確かにロボットには感情が無いから、あんたの能力の範疇を超えているだろうけど……いくらイデアでもここまで高性能なロボットは居ないわよ…。」


「……確かに、な……。」


感情が読み取れず、その姿さえ見えない……そんな気味の悪い状況でも、この二人は落ち着いていた。

が、落ち着いてどうにかなる物でもないことを、二人は十分わかってもいた。


「ここいらで勝負に出るぞ、笠音!!」

「ええ、さっさと終わらせて戻らないと、アイツらに嘗められるしね!!」


二人は今の全力を各々の能力へと加える。

そして、砂塵が薄くなり、敵の影が見えた一瞬の内に――その全力を放った。


「轟禍の炎弾<ライジングフレイム・バレッド>!!」

「………。」

二人のどちらが技名を叫んだのか、最早説明の必要は無いだろう。

ノゾキはそのスマートなボディの鎧の何処に隠していたのかわからない、長大なレーザー砲―BRAVER352―を構えると、一気に引き金を引き、その先端から放たれた高周波の閃光を迷うことなく敵の影にぶちまけた。

そしてさらに追い討ちをかけるように笠音の持つ超長距離狙撃銃から爆炎が起こると、その巨大な反動で笠音の身体はわずかに後退した。

そして、音さえ歪ませるほどの光線と、その巨大な反動を引き起こした灼熱の弾丸は、先程の砂塵の中に浮かび上がった影に確かに命中した――はずだった。


しかし。


「……チッ…。」

ノゾキは静かに、しかし苛立ちを隠すこともなく舌打ちをした。

「逃げられた、わね…。」

その舌打ちのわけを淡々と、しかしやはり悔しげに、笠音は呟いた。


あの集中放火の直前、先程対峙していたはずのESUの反応が消えたのに、二人はすぐに気付いたのだ。

そしてそれと同時に、気付く。


『はめられた――!!』

目の前から消えたESUと同じ反応が、別の場所に現れたのだ。

その場所とは、他でもない――大会議室。


「アイツらが危ない!! すぐに戻るぞ!!」

「クッ……!! 本命は私達ではなく、能力不明な仁科達ってわけ……!!」

「おそらく敵の目的は、イデア内の意志を持った『本質』の殲滅――!!」

「自分の望みを叶えるのに邪魔な存在を消して、意のままにイデアを操ろうって魂胆……!!」

その卑劣なやり口には覚えがあった。

「字耶ゆま……!!」

その名前を口にして、笠音とノゾキは大会議室へと舞い戻った。

   ◎◎◎◎◎◎



しかし、ノゾキ達が異変に気付いたのは少しばかり遅すぎた。


ノゾキ達が大会議室に戻る、ほんの数分前―――――



俺達は左右に別れて女へと突撃した。

狙いは大破した出口のドア。

そこから出られれば、俺達が生き残る確率は高まる。

そして、北川を生き返らせられる確率も――高まるはずだった。


始め、女は俺達の意外な行動に目を見開いた。

が、それもつかの間、彼女は不敵に、不気味に微笑み、唱えた。

「背面の鎧を回収――至れ、『ロンギヌスの槍』」


「が……ッ!!」

女の詠唱の直後、俺と竹田の目の前の床に無数の槍が突き立てられた。

突き立てられた槍はまるで牢獄の格子のように目の前に立ちはだかり、行く手を阻む。


―しかし、それは俺達にとっては好機でもあった。


俺と竹田へと槍を繰り出したために、その反対側の橋岡達への対応がおろそかになっていたのだ。

女の横をすり抜け、そして遂に田中と橋岡は大会議室の外へと逃げ出すことに成功した。


「やった……!!」

「走れ、橋岡!!」

力一杯、俺と竹田は叫んだ。

取り残された俺達には、もうそれくらいしか出来ることは無い。

他にあるとすれば、この場を凌いで生き残ることだろうが――それは難しそうだった。


だから目一杯、俺と竹田は女の注意を自分たちに向けることにした。

「オラ、こいよ…!! 北川の恨みを晴らしてやる!!」

「お前なんかに好きにさせちゃたまんねぇんだよ!!」


それは俺の人生最大の虚勢だった。

虚しいかもしれない。だが、俺達は叫んだ。

本当に最期の望みになるかもしれない橋岡達に全てを託し、己の全霊を掛けた。


それなのに――

まだ、その女は笑っていた。

まるで鬼ごっこをしている子供のような笑み。


「どこへでも逃げてごらん」と言わんばかりのその笑みは、やはり俺達を戦慄させる。

何かがマズい。

この状況すらまだ彼女の手のひらの上で、ただ俺達が彼女にもてあそばれている…そんな考えが頭に浮かぶ。


そして、そのいやな予感を肯定するように、彼女はさらなる詠唱をした。

「右腕の鎧を解放…貫け、『矛盾の戈』…左腕の鎧を解放…穿て、『三叉の槍』」


しかし、槍とは、直線的攻撃だ。

すでにドアを出て直線的な位置に居ない田中や橋岡への攻撃は不可能。

とすれば、あの槍は俺達への攻撃…。

そう俺は断定するとそれらの槍へ対抗するべく後ろへと下がった。

竹田も同様に後退する。


女は再びにたぁ……と笑うと、こう言った。

「やはりいい反応をしますねぇ…。新入りにしては戦い慣れているような……。もしそれが先天的な物なのであれば、ぜひその本質を奪いたいですわ…。是非……。」


どうやら、俺達の思惑どおりにことが進んでいるように思えた。

アイツの注意は完全に俺に向いている。

これで橋岡達も安全にこのビルから脱出出来るはずだ……!!


そう思った次の矢先、

彼女はこう切り出した。

「でも、まずはさっきの脱走した人を殺さないと……♪」

「!!」


彼女は両腕の鎧から現れた二本の槍の矛先を、俺達ではなく、大会議室のドア目がけて構える。

そして………


まず動いたのは三叉の槍。

三叉の槍の、そのフォークのように割れた先端があたかも触手のように動きだしたのだ。


あの槍……曲がるのか!?


さっきも言ったが、槍は直線的な武器だ。

つまり一直線上にいなければ攻撃されないはずの武器。

しかし、あの三叉の槍は……意志を持つかのごとくうねり、曲がっている。

つまり恐らくは、曲線的な軌道を描く攻撃が可能なのだ。


女はにやにやと笑い、最後にこう唱えた。

「殺りなさい、双槍。」


まず、矛盾の戈と呼ばれた槍の柄が突然長くなり、壁を貫通してその向こうにいる存在を貫いた。


「ッ……あ………アァァァァァァァッ!!!!ウガァァァァッガッアグバガゥァャァァァア!!!!!!!!」


何かをえぐるような音と、液体が飛沫をあげて飛び散る音。

そして、断末魔の声。

今の声は……

今の声は………!!


しかし、それだけでは終わらない。

今度は三叉の槍がうねり、その刃の部分を伸ばし、くねくねと曲がりながらドアを出て、廊下を駆ける。


廊下から「橋岡ァァア!!」

という叫びの後、その叫び声の主の悲鳴が聞こえた。


絶望が俺と竹田を支配する。

肩から力が抜け、膝からがくりと地面に落ちる。


反則だろ……?

壁が無いかのように障害物を貫通する戈と、曲がり、目的へと刃を突き立てる槍……。

策は、もう無い。

あったとしても、もう何も考えられないし、実行する気も起きない。

田中の悲鳴はまだ続いている。


やめろ……

もう、嫌だ………


俺が女を睨むと、女はとてつもない悦楽を得たかのような、快楽に浸ったような、そんな表情をして俺を見下げた。

さらに、失意に打ちのめされている俺達に追い討ちをかけるかのように、するすると貫通した壁から徐々に戻ってきた「矛盾の戈」の先には――橋岡の血に染まった頭があった。


ヤメロ……ヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロォォォォ!!!!!!!

「ァァァァァァァア!!!!

もう、やめろォォォォ!!!」


わからない。

もう何が何だかわからなかった。

ただ溢れる絶望と怒りに身を任せた俺は絶叫して、女へと突っ込んでいった。

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