命題2:核精製者の逆鱗(とドヤ顔)
もしその光景を見た人がいたなら、驚き、恐怖の余り言葉を失っただろう。
そして、その光景を今まさに見た人がいた。
長月奏香。
他でもない、たった今全身を窓に吸収された少年の幼なじみである。
先に帰れとは言われたものの、やはり一人で帰ることは出来ず、ましてや少年以外の人間と一緒に帰る気はさらさら無かった。
ゆえにずっと校門で待っていたのだが――
見てしまった。
幼なじみの少年が、窓ガラスの奇怪な波紋へと消えていくのを。
しかし。
少女の瞳には驚愕も、恐怖も映ってはいなかった。
代わりにあったのは、絶望と自責の眼差し。
それが何を意味して、そして何を思ってその瞳を潤ませているのか、それはまだこの少女以外知るよしの無いことである。
☆☆☆☆☆☆☆☆
「………うん…?」
朝起きると蜘蛛に変身していた、なんて話もあったなぁ…と思いつつ、俺は目を開いた。
全身を見渡すが、どうも蜘蛛になっている箇所は無さそうだった。
念のため、本当に念のため、そう、決してノリノリではなく、むしろ嫌々、手首から蜘蛛の糸を出す某アメリカンヒーローのポーズを取るが、変化無し。
「………。」
自分がバカらしくなった俺は、どうしようもなくとりあえず空を見上げた。
「………いい天気だな…」
そう、本当にいい天気だった。
雲一つ無い空、灼熱のように降り注ぐ日光。
まさに常夏といった感じである。
足元に目を落とすと、綺麗な砂粒がサラサラと風に飛ばされていくのが見える。
その砂を目で追うと、実は足元だけでなく、そこかしこの地面が砂に覆われ、その砂の波がどこまでも続いているのに気付いた。
純粋な砂のみで作り出される緩やかな波や山。
そう、これはまさに……
「…さ、砂漠………?」
窓の液状化に続く超展開っぷりに、付いていけない俺がいた。
「と…とりあえず……辺りの状況を確認…」
するまでも無い。
自分で言って何だが、砂しか無い場所でどうやって状況を確認しろと言うのか。
(液状化する窓ガラスに砂漠か……これで時計が溶けだしたら完全にダリの世界だよなぁ…)
ダリは世界的に有名な印象派の画家だ。
砂漠の中にドロドロに溶けた時計が転がっている絵などがよく知られているのだが…
「あ、明日美術だし絵の具忘れねぇようにしないとなぁ……って、それよりこっからどう帰るかが先だろっ!!」
…………。
………………。
……………………。
沈黙。
「…む………虚しい…。」
……俺こと仁科 蓮、沈黙と虚しさで撃沈。
「つーかホント……どう帰ればいいんだよぉぉッ!!!」
「教えてあげよっか?」
「ぬぉぁ!?」
背後から唐突に声が聞こえ、驚いた俺はその場に尻餅をついた。
振り返った先にいたのは、一人の少女。
身長は…140くらいだろうか。
青っぽい髪の毛をショートに切り、ヘアバンドで止めていて、活発な印象を受ける。
さっき見渡した時はこんな女の子は居なかったはずなのだが……。
しかし、単なる見落としでないことも明白だ。
何故なら…まずこの少女の存在感を見落とすことはあり得ない、そう思わせるほどにこの少女は可愛らしかったのだ。
そーかの、どちらかといえば「綺麗」や「お淑やか」に分類されるような「可愛らしさ」 とはまた違った魅力を持つ少女が、そこにはいた。
「だッ……誰だお前!? つーかいつからそこにいたんだよ!?」
「え? うーん……アンタが某蜘蛛人間のヒーローのポーズをしていたあたりかしら。」
「最悪のタイミングじゃねーかっ!! つーかどこに隠れて――」
「質問なら後で答えるから、今はちょっと黙ってて。――アイツに喰われたくないんなら、ね。」
直後。
俺の背後で爆音が轟いた。
「……!?」
「はん…ああやってそこらじゅう攻撃して、対象を炙り出す作戦って訳か…。
…にしても、攻撃する場所が見当違いにも程があるわね。
ま、見たところESUで場所を特定する技みたいだし、仕方無いっちゃ仕方無いか。」
不敵に微笑む少女の隣で、情けなくも尻餅をついたままの俺。そして、爆発で飛び散った砂煙が薄れ始めたとき俺の目に映ったのは――
「なんだよ……あれは!?」
薄れていく砂塵の中に浮かぶ一つの巨大な陰影。
そして、その真ん中には巨大な影と対を為すかのように小さく光る点が二つ。
そして―その光る点が巨大な影の双眸であることに気付く程に砂塵が薄れ――遂にそいつの全貌が現れた。
化け物。
トンボのように透き通った羽。
体にはムカデのように大量の節が有り、その節の全てから―――本来ならば節足のあるはずの場所から―――触手が生えている。
グロテスクという言葉がしっくり来る容貌に加え、その目玉が人の目のように白目を持ってギョロギョロと動くのがさらにその異様さを増している。
「化け物………。」
「そう、化け物。それも人間が作り出した代物よ。言うなれば『恨みの本質』。」
「恨みの……?」
「そ。まぁ、詳しいことは後で話すから…今はアイツを潰さないとね。」
「潰すってどうやって…」
と訊こうとして少女の方を見ると、何やら妙なポーズをキメ始めた。
「『力で』に決まってるじゃない。」
そういうと、少女は右手を前に差し出して何かを掴むような動作をし始め……
そして、俺は気付いた。
気付いてしまった。
ああ、俺は同じような光景を見たことがある、と。
だから俺はおもむろに立ち上がると、少女の両肩に手を優しく置いた。
「……大体理解した。今の状況と、お前の言っていることも。」
「ふぇ……っ!? な…何で…!? い、いきなり何を…?」
突然両肩を捕まれて驚いた少女はキメていたポーズを解き、茫然とした様子でこちらを見上げてきた。
うむ、俺を見上げる程度の身長差からして、大体年齢的にもあっている。
だから、俺は確信を持って話を続ける。
「わかるさ。コイツは誰もが皆通る道だしな。特に、この厳しい現代を生き抜く為には。」
少女はハッとした顔になると、思い当たる節があるかのように俯いた。
「だから自分に自信を持っていい。誰になんと言われようと、お前は今のままでいていいんだ。」
今度は俯いた顔を再び上げ、こちらを見ている。
この反応を見るかぎりどうやら、俺の思った通り、図星らしい。
「結果や後悔は後ですればいい。今は、今のお前が決めるべきなんだ。だから何をしようとお前は、お前だ。誰かがそれを否定するなら、その分だけ、いや、その何倍にだって、俺が肯定してやるよ。」
そう優しく語り掛けると、そして少女は膝から崩れ落ちた。
……どうやら、セラピーは成功したらしい。
厨二病の。
あのキメポーズは、かつて俺が厨二病を発病していたときにしていた変身ポーズと類似していた。
そしてさっきからしている若干高飛車な発言。
そして身長的に見て恐らく彼女は中学2、3年生だろう。
状況的に見て、彼女が厨二病発症者であることは明瞭だった。
だから、俺はさらに続ける。
「厨二病は恥ずかしいことじゃない。だからもう泣くな。」
「………………はぁ?」
怪訝な顔で見上げる少女。
そして、その顔が徐々に赤らんでいき、しまいには眉毛が逆八の字を描いた。
……あれ?
やっぱダイレクトに厨二病って言うのはマズかったか?
「あぁ、ごめん…やっぱ厨二って言葉には抵抗があるよな、ごめんごめ…んッ!?」
突然少女は崩れ落ちてしゃがんだ状態から飛び上がり、その勢いのまま俺の顎に頭突きを見舞って来た。
そ……そんなに厨二って言葉が嫌いだったのか!?
「わ、悪かった!! 次からは別の表現を使うから……!!」
「…んかじゃない…」
「え?」
「私は厨二病なんかじゃなぁぁぁぁいッ!!!!」
突如少女がポケットから出したのは、人類の叡智を色々危険な方向に集めた最新モデル――かのアメリカでは民間で自由に取り扱えるブツ――
拳銃。
「なっ!? ちょっ!! 物騒だからしまえって!! モデルガンでも改造してあると結構危険なんだぞ!?」
「…………これは…モノホンよぉぉ!!!!」
少女の頭で、何かがブチッとキレたような音がした。
それと同時に、こちらに銃口を向け、引き金を引く少女。
渇いた破裂音とほぼ同時に、空気を切り裂く音が耳たぶのすぐ横を通り、そして俺の背後――位置的には先程化け物がいた場所――へと、銃口から放たれた亜音速の物体が飛んでいき…………
雷が落ちるような轟音が鳴り響いた。
「……は……?」
何がどうなったのか全く理解出来なかった俺は、先程放たれた銃弾の迎った先を見やると――
巨大なクレーターが砂漠のど真ん中に形成され、そのクレーターの中央部分に先程の化け物が……
見るも無惨なウェルダン仕立ての屍に変貌していた。
口を全開にしたまま言葉が出てこない俺。
そんな俺に、少女は勝ち誇ったように宣言してきた。
「私は笠音詩乃。こっちの世界においては『核精製の狙撃者<コア・スナイパー>』の異名を持つ、れっきとした能力者よ。」
そう言って、銃口から未だ立ち上る煙をフッと一息吹いて「キマった……!!」という表情をしている彼女――笠音詩乃を見て、やはり俺は思った。
あぁ……診断どおりの厨二病だコイツ……
これまでの登場人物
仁科 蓮
主人公。エロゲーマーにして鈍感。
妙な方向で豊富な知識を持ち、事態に臨機応変に対応する能力を持つ。
だが、社会を生き抜く知恵とか良好な人間関係を築く能力は皆無で、その点においてはバカと言える。
長月奏香
蓮の幼なじみ。
しっかり者で、常々暴走する蓮の世話係。
せっかちな性格の割にのんびりとしか行動出来ないというジレンマを抱えているため、ドジをすることもしばしば。
しっかり者のドジっ子。
蓮からは「そーか」と呼ばれている。
野郎ども
蓮と奏香のクラスメートで、奏香のファンクラブ会員メンバー。
奏香と行動を共にする蓮を敵として認識しており、学校全体を対蓮用ブービートラップ要塞にする計画を立案中。
笠音詩乃
異名は「核精製の狙撃者<コア・スナイパー>」
五大元素の核を精製する能力を持つ…らしい。
それを弾丸の形に変えて拳銃に装填・発射して爆発的な攻撃を敵に与えられる…らしい。
蓮曰く「末期厨二病患者」
設定がきちんと書けてない中で超展開がずっと続いてますが、次の命題3で説明するのでしばしお待ちを!!
(命題3に続く)




