命題14:託された絶望
字那は「三叉の槍」を駆使し、竹馬のような要領であのビル目がけて進んでいく。
そして、その目的地であるビルはすぐ目の前に見えていた。
「字那ァ!!」
背後から聞こえる笠音の怒号を無視して、字那は自身が出せる最大出力のESUをチャージし始めた。
笠音はそのESUの変化に即座に気付いた。
そして、自身も字那に対抗すべくESUをチャージし始める。
だが……それは意味なく終わる。
何故なら、そのESUのチャージは笠音を攻撃するための物ではないからだ。
字那はその全力の矛先をビルに向け、こう唱えた。
「大腿の鎧を展開…。
潰せ、『巨神の槍』」
「なっ……!?」
轟音が鳴り響き、ビルの上にそのビルと同等の大きさの槍が突如現れる。
それは、字那の切り札。
あらゆる物質を虫けらの如く粉砕する最悪の力。
「やめ――」
て、
という笠音の台詞は皆まで言うことが出来なかった。
巨大な槍はビルを貫くのではなく、潰すようにしてあらゆるビルを破壊していく。
そして、その槍の先端が大会議室のあった三階に達したとき――ビルは消えた。
確認するまでもなかった。
その事象は、そこでビルを保っていた「意志のある本質」――即ち、竹田達が死んだことを明確に表している。
「……あ―――」
「ヒャッハッハァハァヒァヒヒ!!!!」
ビルを潰した少女は笑う。
もうそれは正気を保ったものが発する笑いではない。
犯罪者と言われた父親によって社会に拒絶され、笠音に拒絶され、そしてイデアの能力者たちにめまた拒絶され――
拒絶の連鎖が、字那という少女の器をすでに限界にまで追い込んでいたのだ。
そして――
笠音もまた、限界にまで追い込まれていた。
助けた命―竹田も、田中も、北川も、橋岡も――そしてなにより、相棒だったノゾキまでもがいなくなった今、少女の精神は崩壊の一途をたどっていた。
ワタシハナニモ…マモレナカッタ……!!
ワタシハナニモ……
今来た道を振り替えると、そこは字那の意志が働いたのか、熱帯雨林が一続きの紐のように続いている。
そして、そこを一人辿って歩いてくる影を見つけた。
仁科だ。
仁科は、消失したビルを見て一人呆然としつつ、こちらに向かっている。
それを見た笠音は、今までであれば考えもしなかったであろう考えを思いついた。
「……字那。」
「ふふ…なんですのお…?」
「私達ってさ……互いに守りたいものがあったから、叶えたい理想があったから、ここに来て、戦ってたんだよね…?」
それなのに。
戦いの中で、少女達の理想はことごとく崩れ去っていった。
人々は死に、最初の志に反して多くの血が流れた。
字那には、もう失うものは何もない。
しかし笠音にはあった。
唯一残された守るべき存在。
その存在に全てを託し、自身は今まで流れた血への贖罪として滅するという考え。
自分の右手には、先ほどチャージした自分が出せる限界のエネルギーが野球ボール大のコアとなって握られている。
これだけ凝縮したエネルギーならば、恐らく半径100メートル以内の物は跡形もなく吹き飛ぶだろう。
即ち
字那を巻き込んで自爆する。
絶望の縁に立った少女は、絶望のまま死ぬことを選んだ。
「ごめんね、仁科…。
妙なことに巻き込んで…。」
◎◎◎◎◎◎◎
字那達を追うことはたやすかった。
字那はまだフィールドを指定する意志を発動しているらしく、その通った道程には足跡のようにジャングルが続いているからだ。
だから迷わず、仁科はその森をたどっていき――
そして、ビルが消えるのを見た。
だが止まらない。
まだ字那も笠音もいたからだ。
失った命ではなく、今ある命を見る。
それが、ここに来て、数々の「死」を見た仁科が学んだこと。
だから今は、笠音達のことに専念する、つもりだった。
つもりだった、のに――
無情と絶望を包み込む爆発音と閃光が辺りを包んだ。
◎◎◎◎◎◎◎
「嘘、だろ…?」
その瞬間を、俺はしかと見た。
爆発は笠音を中心にして発せられた。
そして、虹色に光りながら、その爆発の波動は字那を飲み込み―――。
爆発が収まると、さっきまで笠音達が飛んでいた場所には何も、誰も、いなかった。
「笠音……!!!」
俺は、焦燥に駆られて走りだした。




