命題13:絶望の命題
「――失敗か…。」
ノゾキは目を閉じ、諦めに満ちたため息を吐き出した。
槍は盾をあっけなく貫き、ノゾキの胸へと深々と突き立てられている。
対して、字那は―
「ふ……はは……!!
どうです?
自分の頭脳に、自分の仮説に裏切られた気分はぁ…。
なぁにが人類が初めて得た武器ですか…。
結局頭脳だけでは戦い生き抜くことなど不可能なのですよ!!」
戈に串刺しにされたノゾキは膝をつき、手に持った盾を力なく落とした。
盾は石造りの床をカラカラとむなしく転がる。
「では……。その『人類最初の武器』とやらを頂きましょうか…あなたの本質ごと。」
字那はそう言い放ち、血塗られた槍をノゾキの体から抜く。
「うっ……。」
ノゾキはまだ生きている。
あれだけの攻撃を受けながら、その心臓を貫かれながら、まだ生きていた。
でもこのままだと――!!
とっさに俺は走りだした。
もう目の前で人が死ぬのを見たくない、ただその思い一つが俺を突き動かす。
「やめろぉぉ!!!!」
ついさっきまでノゾキが握り、倒れた際に落とした盾を拾い上げる。
そして、ノゾキをかばうように字那の前に立ちはだかり――
また、だ。
俺を奇妙な感覚が包み込む。
俺はこの光景を何度も見てきた……そんな気がする。
あの槍の軌道も、今何をすればいいのかも、どう対処すればいいのかも全て、俺は知っている――!!
字那の手のなかの「矛盾の戈」は既にその柄を伸ばしはじめていた。
それを防ぐため、俺は持ち上げた盾を自分の目の前に掲げる。
だが、これだけではダメだ。
ノゾキ同様、これでは槍は防げない。
だから俺はそれに加えて、こう叫んだ。
「この盾は、いかなる槍も防ぐ!!!!!」
矛盾。
その故事において重要なのは、商人が言った台詞にあったのだ。
即ち、その矛や盾の強さは関係ない。
重要なのは……その強さを宣言し、矛盾を作り出すこと。
ガギンッ!!
今度は、槍は盾を無視出来なかった。
鈍い金属音を響かせ、俺の持つ盾はついに、矛盾を証明した。
「……『三叉の槍』に続き、『矛盾の戈』までも――!!」
今度は字那が驚愕に目を見開く。
俺は、その隙を逃さなかった。
「ぶっとべぇぇぇ!!!」
手に持った盾をハンマー投げのように振り回し、驚き立ちすくむ字那の脇腹へとぶち当てた。
再び鈍い音が響く。
しかし、先ほどの金属音とは明らかに違う類の音。
柔らかい皮膚へと直接、鈍器があたった音だ。
「ぐっ……!?」
鋼鉄の鈍器は字那を吹き飛ばすのに十分な威力を持っていた。
背中から脇腹にかけての鎧を解除していた彼女は、ノゾキが作り出した石造りの壁に激突し、崩れ落ちる。
「ノゾキ!!」
その隙に俺はノゾキのもとへと戻った。
ノゾキの顔は既に蒼白で、生きている証を失いかけていた。
表情は硬く、息も荒い。
なにより――胸からとめどなく血が流れだしている。
「……字那は…?」
「今、アイツの攻撃を盾で防いで、動きを止めた!!
それより、お前――!!」
「俺に構うな。いずれにせよ、もう俺は助からない…。」
「助かるだろ!! イデアの力を使えば――」
「無理だ。」
「――え…?」
「今まで、期待を持たせてしまって…済まなかった。
言っていなかったが…イデアで死んだ人間は……生き返らせることは……」
――出来ない。
そう言うと、ノゾキはスイッチが切れたかのように倒れこんだ。
「ノ……ゾキ…?」
その体をゆさぶる。
「……ノゾキ……!!」
いくらゆさぶっても、ノゾキが目を覚ますことは、もう…ない。
そして…ノゾキの体が光りだした、と思った次の時には、ノゾキの体は何処かへと消え去っていた。
何も残さずに。
「ノゾキ……………!!」
その体が消えたと同時に、周囲の石造りの壁も、床も、砂漠の中に消えていく。
そして再びそこには熱帯雨林が戻ってきた。
あたかも、最初からノゾキなど居なかったかのように。
「ふ……ふふ…♪」
俺は鼻歌が聞こえたほうを睨んだ。
鼻歌の主は確認するまでもない。
字那だ。
「あなた……あのクラスメートの殿方を生き返らせようとしていましたの…?
残念ですが、この世界はそんな優しく出来ていませんの。
御愁傷様ですわねぇ…。」
「心にも思ってねぇことを、いうんじゃねぇ!!」
くそ……!!
また、また俺は……!!
助けられなかった…!!
「これで分かったでしょう?
私に叶うものなど、今のイデアではあなたぐらいしか居ないのです。
ですから私と協力を――」
パァンッ!!!
「……!!」
破裂音。
そして、字那の肩のアーマーが吹き飛ぶ。
その攻撃は、今の銃声をあげたのは…
笠音だった。
笠音の手は震えていた。
本当は、致命傷となる一撃を、字那に与えるつもりだった。
それなのに…手が震えて、銃口がブレのだ。
何もかもが、打ち合わせと違っている。
あの作戦では、こんなことにはならなかったはず―!!
◎◎◎◎◎◎
作戦を立てていた時。
あの自動律式の鎧の対策を講じていたとき、笠音はこう言った。
「じゃあ、二手に別れて、片方が戦っている間に鎧を壊してしまえばいいのね?」
「その通りだ。
俺がハッキングをして、周囲の様子が見えないようにフィールドを作り変える。
その間に字那の鎧を回収してくれ。
俺はそっちが鎧を回収し終わった時点でフィールドを解除し、字那の周辺の見晴らしを良くして、お前がすぐに射撃できる状態にする。
そしたら…字那を撃て。」
「わかったわ。じゃあ――」
「待て。一つだけ言っておくが……フィールドを解いたとき、何があっても驚くなよ。
確実に字那を仕留めろ。
いいな……?」
「わかってるわよ…。」
◎◎◎◎◎◎
ハッとした。
ノゾキは、死ぬことさえ予見していた―!?
最後の発言は…自分の仮説が間違っていたときのために、その後すぐに油断している字那を撃つように、という忠告だった―!?
しかし、その答えを語る人物はもういない。今となってはその意図や示唆は知り得ない。
そして…それは逆に人を責の思いに人を追いやる。
自分の意志で、自分の思いで、自責の念は募り、その身を傷つける。
「あ……あ……!!」
失敗した……
失敗した……!!
そんな…………!!
ノゾキ……あんたが死ぬのを驚くな、なんて無理……!!
だってアンタは私の説を信じてくれた唯一の――!!
最も信頼していた右腕が消えた事実が、笠音の心を急速にすり減らす。
そして――
「あ……ああ………!!
許さない………!!
字那ゆまぁぁぁぁ!!!!!」
そして……極限状態において、人は、とめどない怒りの感情と共に自責の念を他者に放り捨てるという選択肢を選ぶ。
笠音は回収した字那の鎧を撃ち、一撃でスクラップにした。
そして……
怒りに身を任せ、字那へと、自身の全力を向けた。
「笠音!!」
笠音の怒りは尋常なものではなかった。
これは……マズい!!
俺はとっさに判断し、笠音を止めようとしたが――
尋常ではない怒りをたたえているのは、何も笠音だけではなかった。
「あなたは……どこまで私を邪魔すれば気が済むのです……!!」
字那も、その怒りの矛先を笠音へと向けていた。
「邪魔者は消してしまいましょう……。
そう…徹底的に消してしまえばいいのですわ!!」
字那は突如跳躍し、ある方向へと飛び立つ。
「待て!!
どこにいく気!!」
「笠音……アンタがここにいるということは…あのビルに何の能力も持たない人間を置き去りにしてきたということよねぇ……!!」
「!!
やめろ…!!
あの二人は何も関係ないじゃない!!」
「この世界にいるなら…すでに関係はあるわ!!
邪魔者は排除する…!!
徹底的に壊し尽くす!!」
「待ちなさい!!」
字那が飛び立つのを、怒りに我を失っている笠音が追い掛けていく。
その光景を、俺は何もできずただ見送ることしか出来ない……!!
でも……。
ただ……。
竹田達が危ない!!
俺はその思い一つで、彼女達を追った。




