世界。
放課後を知らせるチャイムが、夕闇の空に遠く響いてくる。河川敷を歩きながら、そのチャイムを背に帰路を歩いている。
通り行く人は笑顔で、その中には俺へと挨拶をしてくる老婦人に頭を下げながら、考え事をしていた。
この日本は、50年前。一度パンデミックが起きた。
感染力の強い未知のウィルスが世界を包んだ時、外交や貿易が盛んな日本はそのウィルスの影響を押さえる事ができず、一手に受けてしまったらしい。
ウィルスの症状は"無意識の殺人"。性格や体調に何らの変化はなく、気付くと人を殺しているというもの。
そのウィルス、「ゴースト」という名前だが、発生原因がわからない為に日本国民の殆どにワクチンが投与された。このワクチンは国民の四大義務としても加えら、そのウィルスに死の果てがないと言う事がテレビで流された。
とは言うものの、50も前の話で俺には実感がわかない。
だがもし、田井中がそのワクチンを受けていないのだとしたら....
地面に転がる石を蹴りながらそんな事を考えていると、勢い余ったその石は坂に落ちて、川へと転がって行った。
「あ...」
川辺に向かって転がる石は、その場に一人佇んでいた女の足元で静止した。
謝ろうと声をかけようとしたが、視界が女の顔を捉えると、恐怖が喉を締めた。
それは田井中だった。
驚きと恐怖で背筋が冷たく感じて、顔が固まった。
田井中は寂しげな眼差しを川へと向けて、長く綺麗な髪をなびかせながら笑っている。
その笑顔は昔のままだ。なのに何故だ。何故お前が人を殺した。昔のお前は優しくて、虫も殺せなかったのに。....それも、ウィルスの性なのか?
田井中の背中を見ながらばれないように、忍び足でその場から逃げた。
その日、田井中は俺に気付く事はなかったけど、俺は気づいた。彼女の心は、闇に埋もれているのではと。