確変。
ヌメヌメした気持ちの悪い声がする。
足音が聞こえる。
結局、夢と同じ状況だ。教室の隅っこで蹲って、廊下から近づいてくる足音に恐怖してる。震えてる。
震えまいと心に言い聞かせても、見えない夢の先を思う度に泣き出したい衝動が邪魔をする。
殺される。
まだあの電話の事も田井中の事も終わってない。何も解決していない。
やりたい事やってない事で頭でいっぱいになる。
コツ...コツ....
足音が止まった。
吐き気が喉を通りそうになって、それごと息を呑む。
「長井くん。」
はっ!とある事に気がついた。
声が途中から変わっている。いつからかわからないが、この声は違う。
俺は振り返って、ゆっくり開く戸を眺めていた。何故か誰が出てくるのかが予測がついた。
「田井中....」
彼女はにっこりと笑っていた。
だが今の彼女はとても清楚とは言えない。制服は誰かと乱闘をしていたのか、ビリビリと右肩から右袖の部分がちぎれて白い腕が露になっている。
そして左手に何か大きい球体を糸に吊るして握っていた。
「よかった。」
また、誰かを殺したのだろうか?その事がわからなくても殺す理由はだいたい把握した。
「俺の為に殺したのか....人を。」
「うん。」
笑顔の即答。
「私ね。この人殺すの20回目なの?」
そして電波発言。むかしから謎の多い子だ。
「それが何故かなんて、今のあなたにわかる訳ないよね。」
悲しそうに言った。田井中は俺をじっと見据えて、少しだけ息を吐いた。
俺はその光景を何故か、一度見たんじゃないかと感じた。
「付き合って」「付き合って」
「え.....」
「あ!ごめん!何か口からでちゃって...」
唇を動かしたつもりが声にしてしまった。恥ずかし過ぎて身悶えしている俺を、田井中は驚きの表情を向けていた。
「覚え....てるの...」
声が震えている。
「いや、あの、記憶とか確信できないけど、なんとなくっていうか....デジャブっぽいんだけど...」
言い表しにくいけど、頑張って伝えてみた。
彼女の目がちょっとずつ和らいで、潤んで、そしてなきだした。
「え!なんで泣くの?」
彼女は俺の胸に飛び込んだ。
柔らかい感触と、甘い匂いが登ってきた。何だろう、初めてのような感じがした。この瞬間をまっていて、待ち焦がれていた。そんな感じが。
「私は!あなたの記憶にない私がいて!やっとあえた...」
「あのちょっと....」
「時間が変わる度、あなたの記憶はなくなって...私は一人になる。いまとなりにいる人が、全然ちがったり一緒だったり。」
なんだか彼女の言ってる事がわからない。わからなくても心が感じている。彼女の途方もない何かの感情。
「私は...いつも一人で!!」
彼女はその後、4時まで泣き続けた。俺の胸で、それをゆっくり抱き締めた。