第三話
ニート男、坂崎 台三郎殺害の容疑で真っ先に挙がったのは、アパートの隣室に住むこ大学生の永森 守であった。しかし、士郎の刑部としての勘は安易に彼を容疑者にする事を認めなかった。
違和感。
被害者は幸せそうな死に顔をしていたのだ。
それがまず士郎には引っかかるところだった。
隣の同じような男に刃物で襲いかかられて、刺されて、果たしてこんな幸せな顔で最後が遂げられるだろうか? そうは、思えない。あんな安らかな顔では無く断末魔の叫びの一つでも上げそうなものだ。彼にあのような死に顔をさせた人間は他にいる。士郎は長年に渡り多くの事件と被害者を見て来た。その刑事としての勘がそう彼に訴えかけるのであった。
士郎がその日、秋葉原に来たのもそう言った事情からだ。
「しかし、えらい列っすね。熱射病になっちゃいますよ~」
新米刑事の遠坂 綸児は、タオルで額をぬぐう。
警部摩奈川 士郎(まながわ 士郎)も同じだった、この炎天下で長袖カッターシャツはまずかったとちょっと後悔した。
JR秋葉原駅から徒歩5分強のところにあるそのライブハウスのような黒い建物には、ずらりと列が出来ていた。アニメのキャラクターの描いてあるTシャツや、やたら大きいリュック、誰なのか分からないコスプレ等、皆独特の身なりの者たちがぞろぞろと一列になって建物内に吸い込まれていく。こういう状況だと逆に正装の士郎達の方が浮いてしまっていて、特に士郎は、年齢が年齢だけに列に並ぶ者達の視線がぴゅんぴゅん飛んだ。
「まったく、とんだ人気だな……被害者のお気に入りの、アイドルとやらは。」
士郎は、タバコを一本ふかした。
周囲の視線が、さらに士郎に飛んだが。彼も警部になった程の人物なので堂々たる態度だった。
むしろ気まずかったのは、吸っていない綸児の方だった。
「そ、そうですね~AKV48程じゃないですけど、ここまで集まるんなら大したもんです。」
「ほう、お前もAKVが好きなのかえ?」
「はい、にわかファンですけどね~CDはいつも買ってますよ。投票もしました。」
「それは、もうにわかでは無いと思うんだがな。日本語の使い方が間違ってるぞ。」
そうんなことを、つべこべ話しているうちに、入口は近づいて行った。
クーラーがガンガンに入っているのか、涼しい風がフワッと二人のところにも流れて来た。