ぼっち飯の怪異
「じゃあ、またあとでね」
如月生徒会長はそう爽やかに言い残すと、ひらひらと手を振りながら優雅に部室を出ていってしまった。
嵐の去ったような部室で、俺は呆然と立ち尽くす。前の席に腰掛けた佐藤が、すっと眼鏡のブリッジを押し上げ、珍しく申し訳なさそうな顔でこちらを振り返った。
「一ノ瀬君、すまない。僕は君に安全な避難場所を用意してあげようと思ってオカルト部に誘っただけなのだが……どうやら、さっそく働いてもらうことになってしまったね」
「……」
有無を言わせない怒涛の展開。だが生徒会長に直々に睨まれては、俺に拒否権などあるはずもなかった。俺は深くため息をついて納得するしかなかった。
それから夕日が赤くなるまで、俺と佐藤は部室で大人しく待機していた。
夕暮れが近づき、学内が静まり返り始めた頃、生徒会の仕事を終えた如月会長が再びオカルト部の部室へと戻ってきた。
「さあ、時間だ。行こうか」
「あれ、会長もついてくるんですか?」
俺が驚いて聞き返すと、如月会長はフッと微笑んで釘を刺してきた。
「いや、誤解しないでほしい。別に一ノ瀬君が女子トイレで変態行為をすると疑ってついていくわけじゃないから、安心してね」
(……いや、それ完全にガッツリ疑ってないか?)
笑顔の奥にある猜疑心に、俺は内心で涙を流した。
そうして、俺たちは如月会長の案内で、目的の特別棟へと向かった。
前を歩く会長の背中を見つめる。
風にさらさらと流れる艶やかな黒髪が、窓から差し込む夕焼けの赤い光を反射して、とんでもなく美しかった。全校のアイドルが、すぐ目の前を歩いている。その事実だけで、俺の心臓はドキドキと脈打っていた。
だが、そんな淡い煩悩は、特別棟の3階へと足を踏み入れた瞬間に一瞬で吹き飛んだ。
「……確かに、聞こえるな」
3階のトイレの前に到着した瞬間、湿った何かが這いずるような不気味な音が響いていた。
女子トイレの怪談だから、てっきり『花子さん』のような女の子の幽霊でも出るのかと思いきや、そこにあったのは想像を遥かに絶するガッツリとした『怪異』だった。
しかも、扉を開けるまでもない。なんと廊下にまで、怪異の体の一部が溢れ出していたのだ。
人間の腕ともいえないような、ドス黒い、粘り気のある触手のような何かが、床や壁にびっしりと広がってギチギチと蠢いている。霊感100%の俺の目には、それが廊下の空気をどす黒く汚染していく様がハッキリと見えていた。
俺の隣で、一流の陰陽師である佐藤が、すっと眼鏡の位置を直してその触手を一目見た。
佐藤は恐怖する様子もなく、むしろ退屈そうに、冷静な声で分析を口にする。
「なるほど。一目見て分かったよ会長。これは霊体そのものではなく、『呪詛』による怪異です」
「呪詛?」
「はい。おそらく、このトイレの個室に閉じこもって、日常的に『ぼっち飯』を食っている女生徒がいるのでしょう。その女生徒がここで一人、じっと溜め込み、垂れ流し続けた陰鬱な怨嗟のエネルギーが具現化したものだと思う。……つまり、いま僕がこの怪異を片付けたとしても、その源泉である女生徒がまたここで怨嗟を吐き出せば、何度でも復活する。――どうする? 会長」
佐藤は30%の霊感で音だけを頼りに眉をひそめている如月会長へと向けた。オカルト的な処理はできても、生徒のリアルな精神ケアや学校の人間関係にまでは介入できない。だからこそ、生徒のトップに判断を仰いだのだ。
如月会長は、自分には見えない気配をじっと感じ取ったあと、迷いのない声で言った。
「ひとまず、今すぐここで一旦、怪異を片付けてほしい」
「了解」
如月会長の言葉が終わるか終わらないかの瞬間、佐藤が懐から数枚の呪符をシャッ、と鋭く投げ放った。
目にも留まらぬ速さで紡がれた九字の呪文とともに、眩い聖なる光が廊下を駆け抜ける。
ズドンッ!
霊的な破裂音が響いた次の瞬間、廊下を埋め尽くしていたドス黒い触手は、悲鳴を上げる暇もなく一瞬で塵となって完全に消し飛ばされた。
「お見事」
如月会長が満足そうに頷く。
そうして、ひとまずの処理を終えた俺たち三人は、何事もなかったかのように廊下を歩き、オカルト部の部室へと戻ることにした。
源泉である『ぼっち飯の女生徒』という不穏な謎は残されたままであり、根本的な解決には至っていない。次に彼女が病めば、またあの化け物が復活する。
――だが、そんな難しい裏事情なんて、今の俺の頭からは綺麗さっぱり消し飛んでいた。
部室へと引き返す道中。
前を歩く如月会長の、夕日に美しく映える黒髪。そして、タイトな制服のスカートに包まれて歩くたびに、左右にぷりぷりと健康的に盛り上がるお尻を、俺はずっと後ろから見つめ続けていたからだ。




