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第一話「ある日の月曜日」

 月曜日が嫌いだ。



 正確に言うと、月曜日の朝にぱんでむの業務端末を開いた瞬間が嫌いだ。週末の間に積み上がった案件の数が、画面の右上に小さく表示される。その数字を見る瞬間だけ、私はM社に就職したことを一秒だけ後悔する。



 一秒だけだ。



 その後はため息をついて、コーヒーを一口飲んで、一件ずつ処理し始める。それが仕事だから。



 ただ今週の月曜日は、少し違った。



 画面を開いたら、件数が表示される場所に「ERROR」と出ていた。



 ……なんで件数がエラーになるんですか。




───────────────────────


第一章「月曜日の案件」



◆ 朝、ぱんでむ業務室



 業務室は、ぱんでむの二階にある。



 面積は四畳半で、現代日本の単身者向けアパートより少し広い程度だ。私の個室と同じ広さなのは偶然だと思う。たぶん。



 机が一つ。椅子が一つ。業務端末が一つ。それから始末書の束が、定期的に補充される専用ラックに収まっている。



 私はここで一人で仕事をする。



 今日も端末を開いた。ERRORの表示はまだあった。エラーコードを確認した。「案件数が表示上限を超過しています」。



 ……表示上限って何件ですか。



 秩序さんに通話した。



「おはようございます、世達さん。端末のエラーは把握しています」


「件数が上限を超えた理由を教えてください」


「……今週末に複数の世界線が同時収束する予定で、その前処理案件が一括で登録されました」


「何件ですか」


「……表示はできていませんが、三百件前後と推定しています」


「……今週中に?」


「よろしくお願いします」


「…………」


「世達さん?」


「……わかりました」



 通話を切った。コーヒーを一口飲んだ。



 三百件。一日あたり六十件。一時間あたり七、八件。無理ではない。無理ではないが、昼休みはたぶんない。



 私はため息をついて、一件目を開いた。




◆ 案件① 第214世界線 「付箋の反乱」



 第214世界線では、付箋が自己増殖し始めていた。



 経緯としては、その世界線の総務部が「業務効率化のため」に自己複製機能付きの付箋を開発したところ、複製条件の設定を誤り、「貼られた表面があれば何にでも複製する」という仕様になってしまったらしい。



 報告書によると、現在の状況は以下の通りだ。


- 第214世界線・中央政府庁舎:付箋の総面積が建物外壁を超え、隣接する公園に侵食中

- 付箋の内容はすべて「要確認」と書いてある

- 誰も何を確認すべきかわかっていない



 ……「要確認」って何を確認するつもりで作ったんですか。



 処理方法を検討した。付箋の増殖を止めるには、元の付箋を回収する必要がある。元の付箋は中央政府庁舎の三階、会議室Bにある。会議室Bは現在、付箋に完全に覆われており、入室不可能の状態だ。



 私は五分考えた後、世界線調整ツールで「付箋の複製条件を、貼られた面積が零の場合のみに変更」した。



 付箋は一斉に自己複製を停止した。



 次に「既存の付箋の情報を全て「処理済」に書き換え」た。



 付箋が全部「処理済」になった。



 会議室Bが静かになった。第214世界線の総務担当が画面の向こうで「え……?」という顔をしていた。説明が面倒なので端末を閉じた。



 処理時間:十三分。



 次の案件を開いた。




◆ 案件② 第89世界線 「全員が謝っている」



 第89世界線では、全住民が謝り続けていた。



 原因は不明。ある朝突然、全員が誰かに謝り始め、謝られた側も反射的に謝り返し、その連鎖が止まらなくなったらしい。現在、第89世界線の経済活動・社会機能は謝罪の往復によって完全に停止している。



 ……なんで全員謝ってるんですか。



 報告書の備考欄に「謝罪の内容を調査したところ、全員が謝っている理由を覚えていない模様」とあった。



 私は三分考えた。



 ツールで「謝罪の起点となった個人を特定」しようとしたが、全員が同時に謝り始めているため起点が存在しなかった。



 「謝罪を受け取る側が存在しない状態を一時的に作り出す」という処理を試みた。具体的には、全住民の認識を「今は誰もいない部屋にいる」という状態に二秒間設定した。



 謝罪の連鎖が途切れた。



 二秒後に通常状態に戻した。住民たちが互いに顔を見合わせている。何が起きていたか覚えていない様子だった。



 処理時間:八分。



 次の案件を開いた。



 コーヒーが冷めていた。新しいのを入れる時間はなかった。冷めたコーヒーを飲んだ。まあいい。



───────────────────────


第二章「午後と、第7世界線」



◆ 昼休みの代わりに



 正午になった。



 昼休みはなかった。予想通りだった。



 午前中に七十二件処理した。三百件のうち七十二件。残り二百二十八件。コンビニのおにぎりを机で食べながら、端末を開き続けた。



 おにぎりは鮭だった。鮭が好きというわけではないが、嫌いでもない。一番無難な選択をする癖が、いつからかついた。



 午後の案件を開いた。第178世界線が「重力の向きが十五度傾いた」。第33世界線が「全員の名前がタナカになった」。第512世界線が「通貨単位がカロリーになったため食料の売買が不可能になった」。



 ……全員タナカって何が起きたんですか。



 タナカ案件を先に処理した。住民識別コードから名前情報を復元し、元の名前に書き戻した。一部の住民が「タナカの方がよかった」という反応を示したが、それは無視した。



 処理時間:十一分。



 残り二百十七件。




◆ 第7世界線のこと



 夕方になった頃、私は少し手を止めた。



 理由は特にない。ただ、端末の画面の端に、担当世界線の一覧が小さく表示されていて、その中に「第7世界線:観測継続中」という表示があったからだ。



 第7世界線は、私がずっと担当している世界線だ。



 他の世界線とは少し違う。滅びるのが遅い。今まで何年も「観測継続中」のままだ。なぜ遅いかは分からない。特に何もないのに、終わらない。



 私は今週の定例観測レポートをまだ出していないことを思い出した。



 業務端末の別ウィンドウで、第7世界線の観測画面を開いた。



 村が映った。



 小さな村だ。山の中にある。建物が十棟くらいで、住人は三十人前後。特に何もない。農業をしていて、川があって、夜になると星が出る。



 今日も変わっていなかった。



 住人の一人が、夕方の川のそばに座っていた。水面を見ている。特に何もしていない。ただ座って、川を見ている。



 ……何を考えてるんですか。



 わからない。観測ツールで内部状態を読もうとすれば読めるが、それはなんとなくしたくない。ただ川を見ているのを、こちらも見ていた。



 五分くらい、そうしていた。



 それから観測画面を閉じて、レポートを書いた。「今週も特異事象なし。継続観測を推奨」。いつもと同じ文言だ。提出した。



 残り百九十四件。



 続きを処理した。




───────────────────────


第三章「月曜日が終わる」



◆ 深夜



 深夜一時になった。



 残り三件だった。



 私は背もたれに体を預けて、天井を見た。業務室の天井は白くて、何もない。どこかの世界線を圧縮した記録がぱんでむの壁に染み込んでいる、という話を聞いたことがあるが、見た目にはわからない。ただ白い天井だ。



 残り三件。今日中に終わる。



 三件目を開いた。第401世界線が「全住民の睡眠が二十四時間固定になったため、起きている時間がなくなった」。



 ……全員ずっと寝てるんですか。



 睡眠サイクルを十六時間に調整した。全住民が八時間後に目を覚ます設定にした。処理時間:四分。



 二件目。第77世界線が「海が蒸発した」。



 海を戻した。処理時間:九分。やや大きめの案件だったが特に問題はなかった。



 一件目。第9世界線が「月が二個になった」。



 月を一個消した。処理時間:三分。



 終わった。



 三百二件。全部処理した。




◆ 片付いた後



 業務室が静かだった。



 端末の画面を閉じると、室内が少し暗くなった。天井の照明だけが残った。



 私は動かなかった。



 何かをする気力がなかったわけではない。ただ、もう少しここにいてもいい気がした。片付いた後の、何もない静けさが、嫌いではない。何もない、というのは正確じゃないかもしれない。三百二件の処理が終わった後に残った、空白の感触、みたいなもの。それが今、業務室に静かに漂っている。



 私は引き出しを開けた。



 カップ麺が一個入っていた。



 緊急用だ。今日みたいな日のために置いている。お湯は業務室の隅の電気ポットで沸かせる。



 カップ麺を作った。



 三分待った。



 食べた。



 醤油味だった。特別おいしいわけではない。カップ麺なので。でも深夜一時に食べる醤油味のカップ麺は、昼に食べる鮭おにぎりとは少し違う何かがある。うまく言葉にならないが、私にとってそれはわりと大事なことだ。



 食べながら、もう一度端末を開いた。



 第7世界線の観測画面を出した。



 深夜だった。村が暗い。星が出ている。川のそばの住人はもう帰っていた。代わりに、村の中心にある広場で、子供が二人走り回っていた。こんな時間に外にいていいのか、と思ったが、この世界線の就寝時刻は私の管轄ではないので、何も言わなかった。



 子供たちが笑っている声が、観測ツールから小さく漏れてきた。



 ……元気だな。



 カップ麺を食べ終わった。容器を捨てた。



 端末を閉じた。始末書を三枚書いた。今日の処理でいくつか書き忘れていた手続きの分だ。三枚なら誤差みたいなものだ。



 業務室の電気を消した。



 廊下に出たら、安寧ちゃんがコタツから手だけ出しているのが見えた。寝ているのか起きているのかわからない状態で、廊下の真ん中にコタツが出ていた。



「……安寧さん、廊下にコタツを出さないでください」



「……zzz……でも……あったかい……」



「……わかりました」



 よけて通った。



 自分の部屋に戻った。



 始末書のラックを見た。今日の分がまだあった。明日書けばいい。



 横になった。



 今日は三百二件処理した。明日は少ない。たぶん。そうであってほしい。



 目を閉じた前に一つだけ思った。



 第7世界線の子供たち、明日もあの広場にいるといい。



 それだけ思って、寝た。




──────────────────


◇ 業務記録モノローグ —— 世達 深夜一時四十分



 今日の件数:三百二件。


 処理完了:三百二件。


 未処理:零件。


 始末書記入漏れ:三枚(本日中に対応済)。


 昼休み:なし。


 カップ麺:一個(醤油味)。


 特記事項:第7世界線、今日も継続中。



 ……以上。


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