違います
手慰み、第数弾でございます。
お楽しみいただければ、幸いでございます。
嫉妬深かった妻が、ようやく逝った。
伯爵は、妻の葬儀を終えてすぐ、最愛の女を迎えに行った。
男爵令嬢だった彼女とは、伯爵家を追い出された後、全く会えていなかったが、風の噂で男児を出産して姿を消したと聞いていた。
彼女の実家に残された男児は、後継ぎとして扱われ、何処かに働きに出ている女は、時々様子を見に里帰りしているらしい。
伯爵は、その里帰りの時期を探り上げ、その日に直撃したのだった。
先触れのない訪問に男爵は驚いたが、伯爵の問いには静かに答え、一人の男児を連れてきた。
最愛の女に似た、愛らしい男児だ。
「おお。お前が、私の息子か」
「? 伯爵? それは……」
「いくつになる? お前の母と過ごしたのは確か……」
感激した伯爵は、男爵の戸惑う声に構わず、笑顔で男児に尋ねた。
男児は可愛らしく首を傾げつつ、答える。
「四つです」
「そうか……それは、可笑しいな? お前は、六つになる年のはずだ。男爵、下手な小細工は、見苦しいぞ」
「伯爵、何か、勘違いなさってはおられませんか?」
戸惑ったままの男爵を睨み、伯爵は言った。
「確かに、四歳児並みの大きさだが、それはこの家で、不遇な目にあっているからではないのかっ?」
「は? それはわが家で、虐待を行っていると?」
目を見開いた男爵は、慌てて返した。
「伯爵が、我が家にいる娘の子供と会いたいとおっしゃったのは、そんな根も葉もない話にするためだったのですかっ?」
そして、はっきりと続けた。
「あなたと娘との子は、この家にはいないのにっ」
意外な言葉に唖然とした伯爵に、男爵は言う。
「大体、この子は娘と、里帰りしてきました。我が家で養っているのでは、ありません」
「は?」
「娘は、雇用先の執事様宅に見初められ、嫁入りいたしました」
「そ、そんなはずはっ。待っていてほしいと、頼んだはずなのにっ」
嘆く伯爵に、男爵は呆れたように溜息を吐き、傍に控えていたメイドに合図して、娘夫婦を呼んだ。
久しぶりに見た最愛の女は、一目で高貴と分かる男の横に立っていた。
「……お久しぶりでございます、伯爵」
「何故、侯爵と並んで……」
「私の妻なのだから、当然だと思うが?」
呆然とした伯爵に、冷ややかな声の侯爵が言った。
「息子と会いたいと言うから、試しにこの子だけ送り出してみれば……随分と、可笑しな暴言を放ったな」
「そ、それは……っ。では、私の息子は、何処にっ?」
「この家には、おりません」
侯爵夫人は、きっぱりと言い切った。
「嘘、だ。確かに、私の子を産み落としたと、報告が……」
「ほう、それは、監視していた、という事か? 解雇したメイドの行動を?」
「っ」
黙り込んだ伯爵に、侯爵はやんわりと続けた。
「先触れもなかったというし、どうやら、貴族としても常識がないようだな」
「……っ」
「その辺りの抗議文も、男爵家と連名で、伯爵家に送らせてもらう。今日は、お引き取り願おう」
反論の余地もなく、伯爵は護衛たちに男爵家から追い出されてしまった。
追い出された上、強制的に伯爵家の馬車に押し込まれ、馬車ごと追い出される伯爵を見送りながら、侯爵夫人となった女が、安堵の涙を流す。
「良かった……」
それが、どのくらいの安堵感なのかは分からないが、男爵と侯爵の安堵感の深さには、及ばないだろう。
侯爵が武者修行として、執事見習いで雇用されていた公爵家で、メイドとしてやって来た男爵令嬢と出会ったのは、五年前だ。
伯爵家の、女伯爵の推薦場を携えた彼女の働きは目覚ましく、容姿も輝かしいほどだったが、伯爵家を辞してから公爵家に雇われるまで、一年ほど間が開いていたのが気になり、相思相愛になった頃に控えめに尋ねてみたら、令嬢は重い口を開いてくれた。
学園時代に友人だった女伯爵家に、メイドとして雇われていたのだが、その容姿を伯爵の入り婿に見初められ、ついには深い関係を強要された。
その時には既に、女伯爵にも子供がいて、伯爵家を辞するしか、なくなったのだそうだ。
「……伯爵さまのお子様はご令嬢なのですが、二代続けて女性ではと、危ぶむ声もあるそうで、わたしが継承争いに巻き込まれる可能性も出て来ると、伯爵さまから懸念されまして、お暇をいただくことになったのです」
令嬢が男児を産み落としてしまったことも、懸念に拍車をかけた。
伯爵は紹介状を書き、自分よりも身分の高い公爵家へと、令嬢を売り込んでくれた。
そして、生まれた男児を、令嬢が入り婿を取って継ぐはずだった、男爵家の後継ぎにする手続きをする。
そこまでしたのだから、もう安心だと思ったのだが、足りなかった。
伯爵が過労で、早くに亡くなったと知り、葬儀に出席して男爵家に身を寄せていた時、伯爵が突然訪問してきたのだ。
当時は、侯爵との婚約はまだ正式ではなかったため、令嬢は拒むことが出来なかった。
男児が、父親を恋しがり、一緒に行くと言ってしまったのも、拍車をかけた。
再び伯爵家に、今度は嫁ぐ形で入った令嬢が、その後どんな生活をしたのかは分からない。
だが、女伯爵の忘れ形見の令嬢を、必死で守ろうとしていたのだけは、疑う余地がない。
侯爵位を継ぎ、そろそろ血縁の誰かを養子に取ろうと考えていた頃、衝撃的な事件が国中を揺るがした。
第三王子の婿入り先を、伯爵家の入り婿とその後妻と息子が簒奪しようとして、伯爵令嬢と婚約者である第三王子が、その企みを暴いたのだ。
弁明の余地もなく、三人が罪に服した後、夜会で伯爵令嬢と挨拶する機会があった。
令嬢自身は、一人で挨拶回りしており、もうすぐ婚姻予定であるはずのお相手の隣には、別な女性が侍っていた。
それを見た時、霧が晴れたような気持になった。
企みは、伯爵家だけのものではなかったのだ。
侯爵は、伯爵家の後妻となった思い人が、何の弁明もせずに刑を受け、死んだことを知っていた。
それが、伯爵令嬢のためになると考えていたからに他ならないだろうに、その伯爵家の醜聞を盾に、婿入りする者が、好き勝手しようと目論んでいるのが、傍目でも分かるほどだ。
彼女が守ろうとした娘が、将来先代の伯爵と同じ苦悩を味わうのを、黙った見ているわけにはいかない。
彼女が世を去って以降、事務的に仕事をしていた侯爵は、目が覚めた。
昔世話になった公爵家とも話を通し、伯爵令嬢と第三王子の婚約を、白紙に戻した。
その際、第三王子が伯爵の入り婿とその息子をそそのかし、犯罪に走らせた証拠も、然るべき機関に提出した。
そして、縁談が消えた令嬢を、侯爵家の養女として迎え入れたのだった。
肩書上は、伯爵位を持つ令嬢と、養子縁組した形だ。
領地もその分増えて、侯爵自身も忙しくなったが、後継ぎが出来たことで、少しだけ気分も軽くなった。
ここに、最愛もいれば最高だったんだがと、思わなくもなかったが、最期は穏やかなものだった。
と、思ったら、戻っていた。
執事見習いとして、侯爵家にいる時分だ。
丁度、男爵令嬢のメイドがやってくると、知らされた時だ。
思わず、人目もはばからず、泣いてしまった。
そして、もう決めていた。
今度こそは、決して伯爵家には行かせないと。
女伯爵が亡くなるのは、防げなかった。
害意に晒されたのではなく、本当に病死だったからだ。
令嬢の友人なのだから、何とか救えないかと立ち回ったのだが、根治法のない病では、打つ手がなかった。
だが、時期が分かっているからには、他の不幸は防ぐと、男は決めた。
女伯爵の葬儀に出席するべく、侯爵子息は男爵令嬢に求婚し、夫人にしていた。
メイドとなった令嬢と会って、一年という急ピッチだ。
そしてすぐに、子を授かった。
その子を連れて、侯爵夫妻は男爵家に里帰りしたのだった。
本物の伯爵の入り婿の子は、伯爵家の馬車が見えなくなった頃、屋敷に戻ってきた。
領地を、見回る時間だったのだ。
これも、今日のために習慣づけていた。
あの男が伯爵家に戻った頃から、別な計画も動き始める。
奴を、伯爵家から追い出し、伯爵令嬢の婚約を阻止し、後にやらかす王子らを、根絶やしにする。
今から、腕が鳴ることだ。
一度手放した女性を、執拗に追い回す高貴な男を、ぶちのめす話が出来ればいいんですが。
中々うまくできません。




