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第9話:決戦・フェルディア砦――リリアーナ、最後の裁きを下す

雪の降るフェルディア砦。

白く凍てついた石の廊下を、リリアーナは無言で歩いていた。


背中には、王国直属の騎士数名。

そしてその中には、エドワード王子の姿もあった。


「……この奥だ。ルシウスは、最後の拠点に籠城している」


騎士団副長ハロルドの言葉に、皆が剣を握る。


だが、リリアーナは腰の剣に手を添えるだけで、それを抜かない。


(決着は、剣ではなく“言葉”と“証拠”でつける)


それが彼女の選んだ“裁きの形”だった。


重い扉が開いた。


その先にいたのは、玉座のような椅子に腰かけた男――ルシウス・クロウリー。


変わらぬ銀縁の眼鏡。整えられた黒髪。

だがその目には、すでに“逃げ場のない者”の冷静さがあった。


「来たか。ヴァレンシュタインの娘よ」


「ええ。最期の審判を下しに来たわ、宰相殿」


「フフ……まさか君がここまで来るとは思わなかったよ。

だがどうせ、“悪役”に成り果てた君の言葉など、誰も信じない。

私は、この国の中枢にいた男だ。君などに――」


「その“権威”は、すでに失墜したわ」


リリアーナは静かに手を挙げる。

背後の騎士が、帳簿、密書、私兵の名簿を一つずつ積み上げていく。


「これはあなたが“王国を売った”証拠。

そしてここにあるのは、私の妹フィリーネに宛てた“毒の指示書”。

この場において、王子の許可を得てすでに第三査問所に提出済み。

あなたが逃げ場を失った理由、それがこれよ」


ルシウスの顔色が変わる。


「――っ、誰が……私の部下の中に、密告者が……?」


「ええ。あなたが使い捨てた部下たちの中に、“人間の良心”を残した者がいたということね」


沈黙が広がる。


ルシウスは目を伏せ、椅子のひじ掛けを握りしめた。


そして――


「君は、やはり……“悪役”ではなかったのだな」


静かな声で、そう呟いた。


「君の父は愚かだった。民に金をばらまき、理想論だけで国を動かそうとした。

だから私は“秩序”を作った……私なりの正しさで」


「“正しさ”に仮面をかぶせ、他人の命を奪う――それを秩序と呼ぶなら、私はその秩序に刃を向けるわ」


リリアーナの目は揺れない。


「あなたに、最期の機会を与える。

命をかけて生きてきたのなら、せめてその罪を認めて、あなた自身の言葉で終えなさい」


ルシウスはしばらく黙っていた。


だが、ついに膝をつき――小さく、呟いた。


「……私の負けだ。

娘のような君に負けるとは……まったく、皮肉なものだな」


数日後。

王都に戻ったリリアーナは、王家の前で正式に「証人」として立ち、王国最大の腐敗事件を暴いた人物として名を刻まれることとなった。


王子は言った。


「この国を変えたのは、剣でも法でもなく、“一人の令嬢”だった」


その言葉に、会場は静まり返り――やがて、万雷の拍手が起こる。


悪役令嬢は、もはやそこにいない。


ただ、“正義を貫いた一人の人間”が立っていた。


式の終わり、リリアーナは一人、城の庭を歩いていた。


「終わったのね……」


その背に、エドワードが声をかける。


「リリアーナ。君はもう、どんな仮面も被らなくていい」


彼はそっと、彼女の手を取った。


「これからの未来を、君と共に歩ませてくれないか?」


リリアーナは――微笑んだ。


「……考えておくわ。私は慎重なの」


その言葉の裏に、かつての“悪役令嬢”の気高さが残っていた。


でももう、それは誰かを傷つける仮面ではない。

自分を守るための、誇り高い装いだった。


こうして、悪役令嬢の物語は幕を下ろす。


だがこれは、終わりではない。


仮面を脱いだその先に、新しい人生が待っている。


リリアーナ・ヴァレンシュタイン。

この名はもう、誰からも蔑まれることのない――“英雄”の名だ。


【完】

本作は、「悪役令嬢」という型に囚われながらも、愛する家族を救うために仮面を被り続けた少女・リリアーナの物語です。


正しさとは何か。

悪役とは誰が決めるのか。

その問いの中で、彼女が選び続けた道が、少しでも読者の心に残っていれば幸いです。


応援してくださった皆様に、心より感謝を込めて。


――作者

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