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第6話:断罪イベント、始動。仮面の悪役令嬢、裁きの舞台へ

その日は、王国中がざわついていた。


「王子殿下が婚約破棄を申し出たらしい」

「ヴァレンシュタイン家は終わりだ」

「公爵令嬢が罪を犯したそうよ」

「令嬢が、ヒロインに毒を盛った……?」


事実と憶測と虚構が混ざりあい、まるで“劇”の開幕の鐘が鳴り響くように、噂が駆け巡っていた。


そして、王宮の中央広間――

“断罪の場”と呼ばれるその大理石のホールには、すでに多数の貴族、騎士、廷臣たちが集まっていた。


まるで見世物のように。


彼らの視線の先には、一人の少女が立っていた。


リリアーナ・ヴァレンシュタイン。


銀の髪を高く結い上げ、漆黒のドレスに身を包んだ“悪役令嬢”。


顔には一片の動揺もない。

けれど心の内は、激しく揺れていた。


(来たわね……この場面。乙女ゲームの終盤、ヒロインと王子が私を断罪する“あのイベント”)


あまりにも有名なシーン。

前世で何度も見た、断罪される悪役の末路。


けれど、今回のシナリオは違う。


「リリアーナ・ヴァレンシュタイン」


高い壇上から、王子――エドワード・アストリアが声を発した。

冷たい声。

それでいて、どこか、震えていた。


「お前は、貴族令嬢エミリア・ローズウッドに対して、誹謗中傷と精神的圧迫を繰り返し、

更には、毒を盛ろうとしたという疑いがかけられている」


会場がざわついた。


リリアーナは、ゆっくりと視線を上げる。


(さあ、エドワード。演じなさい。あなたも。わたしも)


「その上で、王子である私との婚約も……ここにて、破棄させていただく」


その言葉に、誰かが小さく息を呑んだ。


会場の隅、群衆の中――

フィリーネのために連れてきた侍女が、こっそりと涙を拭った。

公爵夫人は歯を食いしばって俯いていた。


「……お黙りなさい、殿下」


その瞬間、空気が張り詰めた。


「何を言うかと思えば……下らない冤罪。陳腐な断罪劇。

これはまるで、悪趣味な茶番劇のようね」


リリアーナはゆっくりと前に出る。


「私はあなたの婚約者として、この国の秩序を守るために生きてきた。

けれど――これ以上、黙ってあなたの茶番に付き合うつもりはありません」


どよめきが走る。


「証拠があります」


リリアーナの声は、澄んでいた。震えていない。


その手に、一冊の帳簿と数枚の公文書が握られていた。


「これが宰相ルシウス・クロウリーによる帳簿改竄の証拠。

そして、彼がヴァレンシュタイン家の領地に密かに送り込んだ“毒薬”の記録。

さらには――私の妹・フィリーネに用いられた薬草の納品先までが、彼の管理下であることを示しています」


沈黙。

すべての視線が、凍りつく。


「……それらの証拠は、どこから?」


壇上のエドワードが、低く問いかけた。


「王家直属の騎士団により、すでに副官立会いのもとで写しを取らせてあります。

今ここで、あなたがそれを否定すれば――

“王族が宰相と手を組んでいた”という疑念が、王国全土に広がるでしょう」


それは、リリアーナからの最後通告だった。


王子は、わずかに目を伏せた。

そして、誰にも聞こえないほどの小さな声で呟いた。


「……君は、何を賭けてここに立っている?」


リリアーナは、静かに笑った。


「たった一つだけよ。妹の命。家族の未来。

……それだけで、私は十分強くなれるの」


その言葉に――沈黙が破られた。


会場の奥から、エミリア・ローズウッドが歩み出てくる。


彼女の目には、迷いがなかった。


「リリアーナ様は……わたしを助けてくれた人です。

紅茶をかけてしまったとき、何も言わず、ハンカチを渡してくれました。

あれは、“悪役”のすることではないはずです」


誰かが息を呑んだ。

そして誰かが言った。


「……では、真の悪は……?」


会場が騒然とする中、王子エドワードが声を張った。


「宰相ルシウス・クロウリー。これらの証拠が事実であれば、君は国家反逆罪に問われることになる。

全ての説明を求める。潔白ならば、堂々と反論すべきだろう」


しかし――


宰相の姿は、すでにその場に“なかった”。


逃げた。

この場が“逆転の場”になると悟った瞬間に、消えた。


「逃げたわね。やはり……全部あなたの仕組んだ罠だったのね」


リリアーナの声は、皮肉と勝利の色を帯びていた。


だがその胸の内には、ただ一つの願いだけが残っていた。


(……フィリーネ、これで……あなたは、生きられる)


私は、勝ったのだ。


“悪役”のままで――

“悪”を暴き、“愛”を守り抜いた。


けれど、この物語はまだ終わらない。


悪役は、舞台を去る。

だがその後に残るのは――彼女の本当の姿を知った者たちの、物語だ。


そして王子は、心に誓った。


(リリアーナ。君の仮面の奥にある“本当の顔”を……これから俺が、見つけに行く)

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