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第5話:病弱な妹フィリーネの危機、そしてリリアーナの決意

「……お姉様……?」


寝台の上から聞こえたか細い声に、私はそっと手を握り返す。


「ええ。私よ、フィリーネ。具合はどう?」


「……すこし、息が……苦しい、けど……だいじょうぶ……」


そう言って微笑む妹の顔は、あまりに儚くて、切なかった。


フィリーネ・ヴァレンシュタイン。

私の、たった一人の妹。

この世界に転生して、私が最初に「守りたい」と心から思った存在。


彼女の命が――シナリオのままならば、冤罪により奪われる。


それだけは、何としても阻止しなければならない。


事件は、突然だった。


使用人の一人が、フィリーネの薬に不審な粉末を混ぜようとしているのを、侍女が目撃したのだ。


「毒物……?」


「いえ。薬草の一種ですが、あの子の体には劇物と変わりありません」


その夜、屋敷の医師が眉をひそめて言った。

ほんの一摘みで、心臓を弱める効果がある――確かに、それは“事故死”に見せかけるには十分な毒だった。


「まさか……もう動き始めているの……?」


私はその夜、一睡もできなかった。


宰相ルシウス。

彼がこのタイミングで妹を狙ってきたということは、私の行動を警戒し始めた証拠。


早く、もっと早く証拠を見つけなければ。

今までのように優雅に仮面をかぶっているだけでは、守りきれない。


翌朝、フィリーネの部屋を訪れると、彼女は笑顔で出迎えてくれた。


「お姉様……お話、しませんか……?」


「……ええ、もちろんよ」


私はベッドの傍に腰かけ、妹の指に自分の指を絡めた。


フィリーネは小さな声で言った。


「……ごめんなさい。わたし、ずっと……お姉様が無理しているの、気づいていました」


「……え?」


「お姉様、本当は優しいのに。みんなの前では、意地悪なお顔をしてるから。

いつも、苦しそうに笑ってるの……わたし、気づいてた」


心が――軋んだ。


仮面の奥の自分を、唯一見抜いていたのは、この子だったのか。


「フィリーネ……あなたにだけは、隠したかったのに」


「でも……わたし、うれしいの。お姉様が、わたしのために、いっぱい頑張ってくれてるって、分かるから」


私は、初めてこの世界に来てから――涙を流した。


言葉にならない感情が、喉の奥を焼いた。


この子を、守りたい。

どんな手を使ってでも。

たとえ、自分がどれだけ汚れても、憎まれても。


その夜、私は決意を新たにした。


「王子を動かす。ヒロインを利用する。宰相を暴く」


すでに多くの布石は打った。

だが、宰相が動き始めた今――もはや時間はない。


「断罪イベントを、早める」


本来よりも前倒しで、宰相の罠に自ら飛び込む。

その場で一気に、全ての証拠を突きつける。


リスクは大きい。失敗すれば、その場で処刑もあり得る。


だが――それでも構わない。


私は“悪役”なのだから。

最期まで、“汚れ役”を演じ切る覚悟はある。


「あなたの命を、絶対に守ってみせる」


眠るフィリーネの額に口づけを落とし、私は静かに部屋を出た。


夜の廊下を歩きながら、心の中で誓う。


これはもう、ゲームではない。

勝ち負けでも、恋愛でもない。


これは――

私の、命をかけた戦争だ。


私の愛する家族を救うための、たった一つの戦い。


仮面の下の涙は、誰にも見せない。

ただ、すべてが終わるその日まで――私は、悪役令嬢で在り続ける。


そのころ、宰相ルシウスのもとには、ひとつの報告が届いていた。


「公爵令嬢の行動、妙に整然としております。まるで、すべてを計算しているかのように……」


「……ふむ。ならば“演技”か。やはり面白い女だ」


男は笑った。


「だが、舞台の幕は降ろさねばならん。

女優がどれだけ優れていても――幕引きは、私が決める」


ルシウスの瞳が、冷たく光った。


断罪イベント――その開幕は、間近に迫っていた。

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