第4話:宰相の不穏な動き、そして王子とヒロインの奇妙な共闘の兆し
「……ふむ。なかなか面白い女だな、リリアーナ嬢というのは」
夜の王城、政務室の奥。
分厚い書類を脇へ追いやりながら、宰相ルシウス・クロウリーはゆっくりと椅子にもたれた。
年齢は四十を越えてなお、鋭利な眼光と優美な物腰を併せ持つ男。
その笑みは一見すると柔和だが、心の奥底には何重もの毒が潜む。
「断罪の準備は、順調に進んでおります」
側近の青年が一歩前に出て報告した。
書状、証言、記録――すべてが整いつつある。
「公爵家は思い上がりすぎた。時代が変わるということだ。
いずれ王の椅子が空けば、次に座るのは私……ふ、はは……!」
薄暗い室内に響く笑い声は、静かに、確実に国の屋台骨を侵していた。
その頃、王城の中庭では、エドワード王子とエミリア・ローズウッドが偶然顔を合わせていた。
「おや……君は確か、昨日の晩餐会にいた令嬢だな?」
「あっ、エ、エドワード殿下……! あの、昨日は……!」
「気にするな。あれはリリアーナの癖みたいなものだ」
エドワードは、ふと考え込むように視線を逸らした。
「だが……何かが引っかかる」
「え?」
「彼女の振る舞いだ。まるで“わざと嫌われようとしている”ように見える。
昔の彼女は、もう少し……いや、もっと素直だったはずだ」
「…………」
エミリアは、昨日の出来事を思い出していた。
紅茶をかけてしまった自分に、リリアーナが残した一枚のハンカチ。
それは明らかに、あの場で誰にも見られず助けるための“行為”だった。
「殿下。あの……リリアーナ様は、本当に悪い方なんでしょうか?」
エドワードは驚いたようにエミリアを見た。
「……君も、何か感じたのか?」
「少しだけ。でも……どうしてだか、わたし、彼女の中に“優しさ”を見た気がして……」
言いながら、自分でも不思議だった。
あれだけ冷たく、尊大に振る舞う彼女が、なぜ自分にあんな行動を?
もしかして、あれは偶然じゃない。
「面白いな。君と同じことを考えるのは、俺だけではなかったということか」
エドワードは笑った。だがその笑みの奥にあったのは、疑念。
そして、確信に近い直感だった。
「リリアーナの裏に、何かある。俺はそう思っている。
……君も、少し彼女を観察してみてくれないか?」
「わたしが……ですか?」
「リリアーナの警戒は俺には強すぎる。
だが、君なら自然に近づける。君にしか見えない何かがあるはずだ」
エミリアはしばし考え――小さく、頷いた。
「……わかりました。わたしも、確かめたいんです。
あのとき見た彼女の“瞳”の奥に、何があるのか」
そのころ、リリアーナは書庫の一角にいた。
宰相に繋がる記録、改竄された公文書の痕跡。
かつてのシナリオに登場した“破滅への証拠”を洗い直すため、ひとり黙々と古文書を漁っていた。
「まだ……足りない。あの男を引きずり下ろすには、決定的な証拠が必要……」
静かな焦りとともに、彼女は一冊の帳簿を手に取る。
その指先は震えていた。
だが、それを見た者はいない。
彼女の仮面は、今日も完璧だった。
そして――
王国の運命を揺るがす“断罪イベント”は、
確実にその足音を近づけていた。
誰が悪で、誰が正義なのか。
真実は、まだ仮面の奥に。