第1話:「私が悪役令嬢?ならば演じてあげましょう」
目を覚ました瞬間、すべてを思い出した。
――ああ、またやってしまったのね。
こんなときに限って、記憶がよみがえるなんて。
豪奢な天蓋付きのベッド。見上げれば、真紅の天井布がゆるやかに揺れている。
窓の外には、この世界では見慣れた古代様式の庭園。
だが、私にとってはあまりにも非現実的な光景だった。
なぜなら――ここは乙女ゲーム『ロゼリアの恋歌』の世界。
そして、私はその中で断罪される悪役令嬢、リリアーナ・ヴァレンシュタインその人。
「ふふ……本当に、悪趣味な冗談よね」
そう呟いて、私は鏡の前に立った。
映るのは、長い銀髪を巻いた少女。冷たいアメジスト色の瞳、整った顔立ち。
見る者によっては「美しい」と評されるのだろう。
だが、私の目にはこの姿がまるで仮面のように思えた。
"リリアーナ"は、王子の婚約者でありながら、ヒロインを虐げ、
最後は婚約破棄とともに、民衆の面前で断罪される。
それだけなら、まだいい。悪役の定番の最期だ。
だがこの世界のシナリオは残酷だった。
彼女の父――ヴァレンシュタイン公爵は王国に謀反を企てた罪で処刑され、
病弱な妹、フィリーネは毒殺未遂の濡れ衣で投獄、
そのまま牢で命を落とす運命にある。
「許せるわけないでしょう、そんな結末」
私はぎゅっと拳を握りしめた。
思い出す、前世。私はこのゲームを何周もプレイした。
リリアーナを憎み、断罪する選択肢を選び、ヒロインに感情移入していた。
そのときは気づかなかった。
“彼女にも、守りたいものがあった”のだと。
「……わたくしが、やるべきことは決まっているわね」
冷静に考えた。
宰相ルシウス・クロウリー――この世界の裏で糸を引く黒幕。
彼こそがヴァレンシュタイン家を陥れた張本人。
ならば私は、彼の策略を逆手に取り、断罪イベントすら利用して、
このシナリオを捻じ曲げてみせる。
「憎まれてもいい。嫌われても、蔑まれても構わない」
大切なのは、家族を守ること。
そのためなら、私は――悪役になろう。
「そうよ。リリアーナ様は、すべてを思い通りにしたがる、冷酷非道な令嬢なのだから」
私は鏡に向かって微笑む。
それは、どこまでも計算された、他人を威圧する“悪女の笑み”。
これから私は、"悪役令嬢"を演じる。完璧に。徹底的に。
そして、王子にもヒロインにも、宰相にも、誰にも見抜かれぬよう――
「演じてあげるわ。この世界で、最も忌まわしい女として」
それが、私の“優しさ”。
誰にも気づかれない、偽りの仮面の下の、本当の願い。
どうか――
最後まで、誰にもバレませんように。
なぜなら私は、
断罪される"悪役令嬢"であり、
家族を救うために悪に徹する、
この物語の、最も狡猾で、最も優しい存在なのだから。