37.病魔の襲撃
50歳でC型肝炎の入院治療をして以来、その病院で半年に一回定期検査を受けていた。当時の最新治療法で施術したので本当に再発しないのかの過去データが無いという事での定期検診だった。それは血液検査の他に腹部エコーで肝臓の周りを診るというものだった。
その日もいつものように血液検査が終わってからエコー検査室に移り検査を受けていた。いつもは10分位で終わるのに何故か20分経っても終わらない。終いには検査技師だけでなく主治医まで来てしまった。
「何かあったんですか?」
と恭作が聞くと主治医は説明してくれた。
「上腸部動脈乖離というのがエコーで偶然見つかってしまった。肝臓より下で腸の上くらいの所に動脈が走っているんだが、その動脈の中が剥がれているようだ。今は何とも無いが突然動脈が詰まったり破裂したりする可能性があるので、このまま入院して安静を確保して精密検査を受けなきゃ行けない状態だ。場所が悪いと突然死する事もあるから」
その日の恭作は妻には関西出張と言ってあり優子の家から来ていた。すぐ優子には連絡してとりあえずの着替えだけ持って来てもらった。
「大丈夫なの?ネットで調べたら結構危ない病気みたいだけど・・・」
「さっきCTスキャナーで精密に見てもらったら、今の所は剥がれた動脈の外側が上手くバイパスになって血流は正常に機能してるって。だけど血管外科の専門医じゃ無いと判断出来ないので、明朝その専門医のいる病院に転院させてくれるって。それまでは安静にしてなさいだって」
「じゃあ明朝私も付き添うわ。でも家族に連絡しなくていいの?」
「明日の専門医の診断結果でどう言うか決めるよ。それまでは黙っている。」
という事で一泊入院して翌朝専門医のいる大学病院に移送された。転院した先の専門医の見解は
「もう数年前に剥がれたようで、剥がれた逆側に上手くバイパス状の通路が出来て何の問題もなく動脈は機能している。多分その状態で固まっていて生活上何の問題も無いけど、念の為暫くは半年に一回CT撮りに通院して下さい。万が一動脈が詰まってもこの場所なら凄い痛みは出るけどすぐには死なないからその時は救急車呼んでこの病院で経過観察中だと言って連れて来てもらって下さい」
と言われ入院せずに無罪放免となった。その日の昼食は優子と二人で昼飲みの店て祝杯をあげたのは言うまでもない。
しかし病魔にはこれだけで無く続けて襲われた。
60歳前くらいから会社の健康診断で前立腺癌の検査をする様になり、その血液検査(PSA)の値が正常範囲の上限前後だった。暫くは経過観察という事であまり気にしてなかったが、動脈乖離事件の直後にその値が急に上昇し始めたので医者の指示により生体検査手術(細胞を採取してそれが癌かどうかを分析するもの)を受ける事になった。医師曰くその位の値での癌である確率は30%位とのこと。結構高い確率だなと思ったが、恭作はクジ運が悪いので大丈夫だろうと楽観視していた。
生体検査手術は2泊3日の入院が必要で'手術自体は実質30分くらいで終わるので付添も要らない位簡単なものですよ'と医師は説明してくれた。それを妻に話すと'手術の日は仕事で行けないから'と言い放った。さすがに入退院の送り迎えは車でしてくれたが、手術当日来ない事に担当医師は非常にびっくりしていた。’確かに来なくても良い程簡単な手術だとは言いましたが本当に来ない人は初めてです’とあきれていた。
数週間後検査結果を聞きに行く運命の日がやって来た。その日も妻は来ず、ずっと心配していた優子が一緒に来てくれた。医師は事務的に「癌細胞が見つかりステージ2です。治療方法は手術による全摘出の他、放射線治療など色々あるので本とネットで良く調べてご自分で決めてください。ステージ2なので手術による全摘出なら100%,放射線治療で99%の治癒率です」と言った。ショックだったが、あまりの医師の冷静さにこちらも妙に冷静になった。
病院の待合室で優子に話し帰ろうとしたら「とんでもない!少し休んでいきなさい!」と叱られて病院内の食堂でお茶をする事にした。自分では妙に冷静だと思っていたがかなり狼狽していた様で、食券を買ったりセルフサービスの飲物を取りに行くのもまともにできなかった。あのままクルマを運転していたらまた事故ったかもしれないと反省し優子の判断に感謝した。優子はその後も本手術まで色々気を使ってくれた。
治療法は迷いなく一番生存率の高い全摘出を選んだ。デメリットは性機能の喪失だが、もうそこは良いやと諦めた。ダメージの少ない復腔鏡手術を希望したのでその設備が完備されている少し離れた大学病院(上腸部動脈乖離でお世話になった病院)に予約をしたが手術は4ヶ月程先になってしまった。この時2019年夏、ちょうどプロゴルファーの渋野日向子さんが全英女子オープンで優勝したのを恭作はTVで見て勇気付けられて頑張ろうと思った。
-続く-




