26.古巣
埼玉の工場に戻った恭作の仕事は超順調に進んだ。もともと30年以上やってきた仕事の集大成だから、京都での知らない事業の運営と未開の天津での工場立ち上げに比べたら難易度は楽な業務だった。但し、中国を含めた海外出張が年に6回以上、関西への出張も月に2回と超多忙ではあったが。
天津工場の過剰投資問題も埼玉工場の事業の現地生産分を天津で展開した事により数年後に黒字化させる事が出来た。これは小山内社長の思惑通りであり、その腹心の瀬島部長か役員に昇格し京都工場長になっていった。これには'小山内め、やりやがったな!'と憤慨もしたが、それも恭作の想定の範囲内であった。
優子との不倫生活は単身赴任でせっかくビデオ通話による会話や合う機会の増加でうまく行っていたのを減速させたくなかったので、知恵を絞った恭作は
「帰任したものの京都での業務も一部引き続き担当することになったので関西にも3~4割は行く事になる」
と半分くらいは本当の事を織り交ぜて留守が多い事を妻に伝えた。勿論これは優子のマンションに泊まるチャンスを増やすためだ。これにより平日は結構優子のマンションで暮らす事が増えた。
帰任して3年くらいは非常に平穏な日々が続いた。順調な埼玉工場での仕事、優子との幸せな生活、長女との関係の深まり等、恭作として人生の中で指折りの充実期だった。しかし、それと反比例する様に妻との関係は更に冷えていった。メニエール病は中々治らず不機嫌な状態はピークを迎えていた。
長男は大学を卒業して就職し通勤の楽な千葉の方に引っ越し、代わりに恭作が家に戻ってくるという形になった。
長女は希望していたチアダンスの強豪高校への入学を果たし、それぞれ新しい生活が始まった。
第一章 終わり (第二章に続く)




