24.覚悟とは裏腹に
恭作の単身赴任生活も3年目に入り、仕事も遠距離不倫恋愛も非常に順調だった。中国プロジェクトの成功以外に京都の工場長としての仕事も極めて上手くいって従業員達の信頼も厚かった。というのは前任の市村専務が厳し過ぎて超不人気だったのを恭作が180度違うやり方(自分はこの事業では素人だから全て従業員達を信用して任せ、責任は自分が取るからどんどんしたい事を提案させる)で推し進めた所、工場全体に活気が出て従業員のやる気が上がって事業自身も好転していったのだ。月イチで1000円会費飲み会(いくら飲み食いしても一人1000円、但し場所は安い居酒屋、会費以外の出費は恭作のポケットマネー)というのを開催してほぼ全職場の中間的な立場の従業員(班長、主任、係長)と飲んでざっくばらんな愚痴や希望を聞いたのも効果的だったのかもしれない。中でも恭作の1番印象に残っているのはある現場の係長の希望だった。
「工場長!何故ご自分のクルマがプリウスなんですか?我々の夢が無くなるじゃないですか!他の会社の幹部がBMWとか乗っていて見劣りしてますよ。もっと良いクルマに乗ってくださいよ!」
恭作は単にプリウスが好きで二代目(20系)3代目(30系)と乗り継いでいただけなのだが、そんなものかと思い直し色々と検討した結果、レクサスisハイブリッドが発売されたばかりなのでそれを購入した。ちなみにこのisは2025年現在でもマイナーチェンジは施されてはいるものの今だに新車で買える超名車だ。
遠距離恋愛も優子が退職したので暇ができ、彼女の方が関西に来てくれ旅行するパターンも増えた。
二人で旅行中に、ある老夫婦(と思われるカップル)と出会った。どう見ても70歳過ぎのカップルなのだが、見た目ものすごくラブラブで終始笑顔で話しているし、腕も組んでいた。
優子と恭作は顔を見合わせた。
「あれくらいの年齢になっても、あれくらい仲良く暮らしたいね」
「きっとなれるよ」
また、別の旅行で出会ったのは同様な年代のカップルなのだが、会話も笑顔もほとんどなく明らかに倦怠期夫婦だった。終いには口喧嘩をし出し「だからついてこないでって言ったでしょ!」と妻側からの一撃で完全に会話が無くなっていた。
再び二人は顔を見合わせた。
「あれが普通の老夫婦の実態だよね」
「ああいう風には絶対ならない様にしようね」
と二人は誓い合った。
その頃、恭作の妻と子供達はどうだったかというと妻は'亭主元気で留守が良い'を満喫して近所のテニスサークルに入ったりしていたが、単身赴任の後半では突然メニエール病にかかりテニスも辞めて不機嫌だった。長男は大学生だったので遊び歩てたりバイトで忙しくあまり被害を被っていなかったが、ちょうど中学生の長女はその母親の不機嫌さに迷惑していた様だ。恭作が月一や連休で帰る時に娘はその事を愚痴っていた。
高校受験が近づくにつれて長女は勉強がキツくなり、恭作が帰る度に家庭教師役(英語、数学、理科は仕事上も使うので中学レベルの指導は楽勝だった)を務めた。恭作と長女はかなり仲が良く'あんた達はおかしいんじゃない?'と妻からはヤキモチとも皮肉とも聞こえる発言を聞いたが、'今時の父と娘は結構仲が良いんだよ。学校でも仲がすごく良いかキモいとか言って避ける2パターンのかどっちかだよ'と長女が説明していた。この時に恭作は'そんなもんなのか'と納得して別に気にも留めなかったが、その理由についてかなり後になって恭作自身の人生とも関連がある事を知った。
恭作の京都での仕事が順調で且つ本社が関西なので関東に帰れる可能性が薄くなって来て、優子と二人で関西に永住しようかとも真剣に検討した。彼女は瀬戸内の温暖な気候や島生活に憧れていて、淡路島に下見に行ったのもこの頃だった。そんな事を考える様になったのはあの小山内社長が結構恭作の事を認め始めたからだ。褒め言葉も聞く様になったし役員としても市村専務が退任したのでその後任として専務に昇格させてくれた。内心、'余りやりたくは無いが社長就任もあり得るかも'とも思ったが、'冷静に考えるとこうなったのは優子の退職が影響していたかもしれない。しかし不倫を続けながらの社長は無理だろう'と自己否定もした。もし'優子との不倫を取るか、社長の座を取るか?'と社小山内に問われたら間違いなく優子を取る事は決めていた。
しかしそんな心配が不要になる新たな事態が発生した。
-続く-




