2.恋におちて
恭作は一ヵ月の入院生活を終えて3月末に仕事に復帰した。無事大した副作用もなく C型肝炎ウイルスも数字上激減し、残り4ヶ月の週一通院による注射と薬剤投与だけとなった。
恭作は職場復帰の初日、事務所で優子に会うのが楽しみではあったが同時にちょっと不安でもあった。なるべく自然に振舞おうと,大した用事も無いのに適当な書類をつかんで彼女のデスクに向かった。
「おはよう・・・入院中は色々とありがとう」
恭作は周りから変に思われないよう仕事上の書類を見せながら言った。
「どういたしまして。でも個人メールアドレスを公開するのは危ないですよ」
「パソコンは病院に持ち込めないから、会社のメールアドレスじゃ連絡取れないしね」
2006年当時はまだ携帯電話に会社メールを見られるようになっていなかったのだ。そんな事より約束した食事に行こうという事はまだ覚えているのかな?の方が気がかりだった。
「メールで言ってた取引先が食事したいっていう件はまだ有効?」
再び周りに聞こえても良い様に取引先という言葉を入れてフォローしてみた。
「勿論。先方も楽しみにしています。でも体調が良くなったらで良いですよともおっしゃってました」
「じぁあ副作用に慣れてきた頃を狙って来月の連休明けくらいで調整してくれる?」
等とそれ以外にも周りから聞かれても不自然じゃない程度の会話を楽しんだ。それだけで十分心が暖まった。
優子とはメールの頻度は減ったものののメールはある程度は続けていたし、職場で普通に会話もするが何となくお互い意識するようになっていた。
4月下旬の検査で、もうすっかりC型肝炎ウイルスは無くなっていたので食事の約束を5月12日金曜日の夜に所沢のちょっとオシャレな外観はファミレス、中身は個室割烹みたいな高級居酒屋を予約し、優子にメールで連絡した。味は割烹、雰囲気は個室レストラン、値段は高級居酒屋といった感じで、今はこういう店は滅多に見なくなったので残念だ。
6時の約束に対してやや早めに着いてしまったが、ほどなく優子もエレガントな装いで登場した。会社の事務服に見慣れている私にとってとても新鮮だった。ウイルスが消えたといってもまだC型肝炎治療中で禁酒期間中だったので、アルコールは乾杯のビールくらいにしたと思うが、驚くことに気が付いたら10時くらいになっていた。その4時間に何を話したか、何を聞いたか全く覚えていないが、時間だけ4倍速以上で過ぎた事だけは鮮明に覚えている。とにかくトイレに行きたくて中座した時に時計を見てびっくりしたのだ。優子も同じ感覚だと言っていた。例えるならば何十年ぶりに再会した肉親の会話みたいなものかもしれない。とにかく話が尽きないし飽きないのだ。こんな経験は現在も含めてその時以外無い。ひょっとしてこれが噂の運命の人か?などと思ったが後に本当にそうだったと確信した。この5月12日は今でも記念品として毎年祝っているし、忘れない様にクルマのナンバーにもしている。
ラストオーダーの時間もありその店を後にしたが、何か物足りなくて二次会に誘ってすんなりOKしてもらった。行ったのはカラオケだったが終電まで楽しんだ。そして何のためらいもなくキスまで行った。恭作も優子も妻帯者だし、優子に子供はいないが恭作には2人いる。これってW不倫だけどまだプラトニックだよなと自分に言い聞かせたのを覚えている。
別れる前に次のデートの約束しなくちゃと思い
「また2人で合わない?」と勇気を出して誘ってみた。
「勿論。日時も恭作さんに合わせるからいつでも良いわよ」
恋愛の初期って遠慮したり駆け引きしたり、もし断られたらどうしようなど色々考えてしまうものだがこんなにすんなり行くのは初めてかもしれないと思った。優子も同じ事を考えていたみたいで
「恭作さんとだと恋の駆け引きとか考えなくて素直になれるわ」と言ってくれた。
-続く-




