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ロマンチックトゥルフ ~ROMANTIC CTHULHU~

顔に傷のある娘と、目が不自由なピアニスト


セタリカ第二共和国は度重なる内戦を終えたばかりで、いまだ混乱は収まらない。贅沢と搾取を美徳とする国王を追放し、誕生した共和国の独裁政権はクーデターに倒れる。目まぐるしい政変は諸外国のつけ入る隙を与え、今は隣国ガデス帝国の侵攻を受けていた。


セタリカの首都ダゴンは活気に満ちていた。内戦で国力は疲弊したものの、自国は自力で守るべしとする愛国心が国民を鼓舞し、圧政者を二度も追い払って自由を手にした市民は誇りと自信に満ちている。



「ウルリヒ! 酒はまだか! エスカルゴもだ!」


「は、はい、ただいまお持ちします!」



食堂を一人で切り盛りするウルリヒは大忙しだ。かつて店主だった父やお抱えのシェフも戦地から戻らない。背が低く小太りで、不器用に見えるウルリヒだったが、生き残るため必死で働き、客のオーダーに応えるのだった。



「お待たせしました、ご注文は以上ですか」


「追加があれば声をかける、食欲が失せるからアッチ行け」


「あ、あはは、失礼します」



ウルリヒは厨房へ引き下がる。酷い言われようだが彼女は納得していた。内戦で受けた顔の傷、これで生き残ったのだからむしろ僥倖。悔しくない、悲しくない、それより食材の下ごしらえを済ませよう。料理のコツは準備にあり、よ。



「それにしても帝国め、混乱に乗じて侵略とは卑劣な!」


「落ち着けよジェムズ、第二共和国は強い」


「わかってるさ、()()()があれば帝国だって勝てやしない」


「ガデス帝国皇帝ムスティンの額に風穴を、ガハハハ! 」



男たちが手にするのはマスケット銃。大きく長い鉄砲だ。騎士団を背景にやりたい放題の国王は、老弱男女問わず一撃必殺を可能にした近代兵器になすすべを持たなかった。剣と馬が銃に負けたのだ。銃声が王政の終わりを告げた。


誕生した共和国も軍備拡張が仇となり、程なく独裁政権と化す。銃口は守るべき市民に向けられ、王政以上の悲劇を生んだ。しかし共和国は短命に終わる。誰が撃ったか小さな弾丸は、演説中の終身大統領に辞任を強制した。銃声は民主主義の始まりも告げる。



◇◇◇



ギシ……ギシ……


食堂の二階から誰かが降りてきた。客の男たちは一瞥したが、すぐに目を背ける。ウルリヒの食堂の二階を間借りする盲目の青年クリフ、彼は厨房の横に置いてあるピアノの前に座り、美しい旋律を紡ぎ始めた。


~♪


自信過剰で下品な荒くれ男たちが、静かにピアノを聞いている。クリフは元貴族か、あるいは王室お抱えの音楽家だったのだろう。繊細の欠片もない男たちを黙らせ、ウルリヒもまた聞き惚れるのだった。


口ずさみたくなるような、どこか親し気なメロディ

心に背景を映し出す、魔法のようなハーモニー

包み込むような律動 (リズム) は、柔らかく魂を導いた


~♪


父、母、祖父、祖母、友人

広がる麦畑、暖かな日差し

流れる小川、泳ぐ小魚、

踏みにじる騎馬隊、逃げ惑う市民

燃える教会、息絶える隣人

革命、そして革命……



「……ウルリヒ、酒の追加だ、チップもくれてやる」



男は身振りを添えて、控えめな声でオーダーする。ウルリヒは無言で頷き酒を注ぐ。いつものことだ。客が騒がしいとクリフが現れ、無言でピアノを弾き始める。クリフ目当ての男たちが旋律を堪能しチップを与える、それがこの店のルーティーン。


ウルリヒは知っていた。クリフは気まぐれと言い張るが、本当は荒くれ男の集まるこの店で、ひとり店を任されたウルリヒの為に弾いているのだと。客を落ち着かせるだけでなく常連にして、店の収入も安定し生活を助けている。そして何より、私に毎日この美しいピアノを聞かせてくれる。


クリフ、愛しているわ……


二人でこうやって生きていけたら、どんなに幸福だろう。

こんな毎日が続くなら、悲しい出来事も報われるだろう。

盲目の彼ならきっと、醜い私の顔も気にならないだろう。


しかしウルリヒは自分を責める。


見えないだろうと安心し、クリフに愛されたいと願う気持ち。それは弱みに付け込む卑怯な考え。本当に醜いのは顔の傷じゃなく私の心。


されど恋こそ盲目、ピアノは深い短調の旋律を奏で、ウルリヒは終わりなき自己嫌悪に沈んでいく。彼女は苦しんでいた。



◇◇◇



「これはこれは、皆様お集りのようですな」



食堂の扉が開き、派手な男が現れた。尖った靴に奇抜な衣装、両耳のピアスが揺れている。店の視線を集めたと知るや、男はルージュのひかれた唇から舌を出し、棒付き飴をペロリと舐める。



「私はカーク、皆様のスカウトに参りました」



カークと名乗る派手な男は、扉近くの小窓に舐めた飴を置き、再び扉の前に立つ。彼は元々道化師で、耳目を集めるのは上手かった。そして万一のため逃げやすいよう、扉の前から離れない。そうやって生きてきたのだ。



「共和国軍独立連隊長さまが、狙撃兵をお探しでして」



派手な男は小窓の飴を指さした。



「アレを撃ち落とす腕のある方は、高額でお雇いします」


「高額とは?」


「入隊時に5,000 ₣の支給を約束いたします」



なんという大金。その場で一斉にマスケット銃へ弾を込める荒くれ男たち。ウルリヒは血相を変え、厨房を飛び出し扉に向かった。父が残したこの店でなんてことを!



「や、やめてください!」



駆け寄るウルリヒを、カークは乱暴に突き飛ばした。



「なんだこの醜い娘は! 近寄るな!」





ダゴンッ!




眩い閃光と火薬の匂い、漂う白煙の中心にクリフが立つ。


大きく伸ばした彼の手にはフリントロックの小型懐中銃。


射出された弾丸はカークのピアスを粉々に弾き飛ばした。


彼の鼓膜が回復した頃に、涼しいクリフの声が聞こえる。




「フォルティッシモだな、音も的も外したか」


「ひぃぃぃぃぃぃ!ま、まま、的は飴! あの窓の飴!」


「汚い声も額を的にすれば、ピアニッシモに変わるかな」


「ああ! (まと)に! 窓に!」



必死で小窓の飴を指さすカーク、しかし手際よく次弾を詰めたクリフの銃口は、明らかに彼の額へ向けられていた。カークは扉から逃げた、それこそ手際よく。



「ウルリヒ! 大丈夫かい!」



クリフは彼女に駆け寄り、強く抱きしめた。



「ごめん! お店で銃を撃つなんて! 本当にごめん!」


「そ、それより、クリフ、あなた目が!」


「ごめん! 本当にごめん!」



クリフは見えていたのだ。目が不自由なふりをして、とある事件の首謀者であることを疑われないよう身を隠していたのだ。しかしウルリヒを愛してしまい、ここに居座ってしまった。彼女が苦しんでいたことも気付いていたが、それゆえに告白も出来なかった。



「おいおい、アンタ見えてたのかよ、人が悪いぜ」


「あのピアス狙ったのか?凄い腕してるなアンタ」


「用心棒でピアニスト、かっこよすぎじゃねえか」


「加えてウルリヒの旦那になるんだろ、祝杯だ!」



実は荒くれ男どもがマスケット銃をバカスカ撃ちそうだったので、あえて先にクリフが撃つことで事態を収めたのだが、彼らはバカなのでそこまで理解はしていなかった。クリフが凄腕の狙撃手であることがバレたのも色々マズいが、彼らはバカなので大丈夫だろう。



クリフはウルリヒを抱きしめた。


彼女はそっと、愛する人の背に手を添えた。



◇◇◇



道化師カークは走る。


もうここにはいられない。


首都ダゴンはもちろん第二共和国にも近づかない。



狙撃手を探しているのは架空の連隊長ではない。


王政崩壊後、身を寄せていた帝国の依頼なのだ。


前大統領の狙撃で政権が崩壊したように


第二共和国の要人を狙撃して混乱させるのが目的だった。



しかし、それどころではない。


あの噂は本当だった……


カークはクリフの顔に見覚えがある。


国王の道化師だったんだ、当然だろう。


セタリカ王国第一王子の顔を!


父の仇を討った息子の顔を!





おわり。


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イイハナシナンダケドナー  ( ;∀;)
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