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96.信頼の大浴場(3)


「マレビト様が……。城壁を奪還(だっかん)されることを……、私は信じております」


ミンリンさんは、はにかんだような口振(くちぶ)りだけど、ハッキリと確信(かくしん)を持った口調(くちょう)で、俺にそう言ってくれた。


すごく、()()()()を言ってくれた後、それを()(みだ)すような感触(かんしょく)が背中を(すべ)っていくのは、ともかく……。


――むにゅうぅぅ(上)。


うん。滑る感触に、一旦(いったん)、色々と気持ちを持って行かれますね。


「今、設計(せっけい)している(やぐら)は、第2城壁を奪還した後も、上に1段()(かさ)ねて使えるものにしたいと考えています」


「えっ?」


「第3城壁を奪還した後も同様です」


「……」


「今を闘い抜くことは、もちろん大切ですが、先のことを考える者も()ります」


「はい……」


「……これは、私をこのジーウォ城に(まね)いてくれた城主(じょうしゅ)様から常々(つねづね)、言われていたことなのです」


「……」


「今は、剣士たちはもちろん戦闘に(くわ)わり始めた住民も、ひょっとするとマレビト様も、最終城壁で()(こた)えさせることだけで手一杯(ていっぱい)だと思います……。大切なことですし、無理もないことです……。ですが、昨夜(ゆうべ)、ミンユーたちの短弓(たんきゅう)が、クゥアイたちの槍が、一歩前に進めてくれました」


「はい。俺もそう思います」


「そうですよね。ならば、宮城(きゅうじょう)に守られるこの()が出来ることは、10歩先に必要なことを用意することではないかと……、考えたのです」


昨夜(ゆうべ)短弓(たんきゅう)隊の奮闘(ふんとう)は、確かに俺にも住民たちにも希望をもたらした。


それでもまだ、最終城壁の向こう側に大量にいる人獣たちを、第2城壁まで押し返すことに、現実感はない。


誰もそんなことは口にしない。


初めて城壁に(のぼ)った短弓(たんきゅう)隊が翌朝(よくあさ)、無事に()りられただけで、胸いっぱいになっている。(みんな)、そうだ。


俺も、ミンユーとクゥアイが帰って来てくれただけで、目頭(めがしら)に熱いものを感じていた。まだ、第2城壁は遠い。すぐ(そば)に見えているのに、遠い。


だけども、ミンリンさんは、その先を見てくれていた。


人獣(じんじゅう)を「退(しりぞ)ける」と言った俺に「(しび)れる言葉」と返したフーチャオさん。「押し返す」と言った俺にキョトンとしたイーリンさん。


今の時点(じてん)では、俺の夢物語(ゆめものがたり)としか受け止められていない城壁奪還(だっかん)を、ミンリンさんは真剣に受け止め、信じ、その時に必要なものを考案(こうあん)して用意しようとしてくれている。


その(ひとみ)は、先々を見詰(みつ)めてくれている。


夢で終わらせてはいけない。


(げん)に、残りの食糧(しょくりょう)という切実(せつじつ)なタイムリミットもある。人獣(じんじゅう)侵入(しんにゅう)(ふせ)ぐだけでは、(みな)()()ぬ。木材の()りも気がかりだ。


背中をゆっくりと丁寧(ていねい)(すべ)る「むにゅう」という感触(かんしょく)(ほほ)を赤らめながら、一人でも俺と同じ夢を見てくれてる人がいた、ということに胸の高鳴(たかな)りを感じた。


――むにゅ(上)。


「木材は……」


――むにゅ(下)。


「……あります」


「え? どこに?」


唐突(とうとつ)なミンリンさんの言葉に、俺は思わず()り返った。むにゅうが横に滑ると、俺の脇がスポッと()()()()()


うっ、となる感触だったけど、目の前には()()()まったミンリンさんの顔が見えた。


や、やっぱり、()れてるんじゃん!


「最終城壁の向こう側……、第2城壁との間にも備蓄庫(びちくこ)があります。あそこに行ければ、多少の補充(ほじゅう)は可能なはずです」


「最終城壁の向こう側……」


あの昼間も人獣たちがウロついている、最終城壁の向こう側。「ちょっと、取りに行ってきます!」って場所ではない。


「さらに向こう、第2城壁の向こう側、第3城壁との間にも次の備蓄庫があります……。ですから、私はマレビト様を信じております……」


真っ赤に染まった顔を上げたミンリンさんは、恥ずかしげな表情でニコッと笑った。


でも、その瞳には、一点の(くも)りもなかった――。



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