90.初陣が始まる(1)
北側城壁の東西両端にある櫓の屋根から張り出す形で、玉篝火の設置工事が行われた。
各3台ずつの玉篝火は、北側城壁の外側と足下を斜めに照らし出す。
日没近く夕陽が照らす中、いよいよ短弓隊の第1陣が城壁に登り始める。
便宜上、短弓隊と呼んでるけどチームは混成だ。
短弓の射手2名、槍使い2名、それに熱湯ぶっかけ担当2名、矢や水を城壁に上げる荷運び担当4名の計10名で【1小隊】として、4小隊を編成した。
ほかに、呪符の扱いに慣れてる司空府の職人さんに、熱湯沸かし担当で参加してもらう。
短弓隊による攻撃の基本は短弓による連射だ。人獣の眉間を狙い討ち取る。
城壁をよじ登る人獣を短弓で押さえ切れなくなったら、熱湯をぶっかけて人獣を城壁から剥がす。
それでも上がってくる人獣を槍で突く。眉間を突いて仕留めるのがベストだけど、手を突いて城壁から剥がすのでもよい。とにかく、出来るだけ城壁に上げない。
さらに掻い潜られて城壁に上げてしまった人獣は、剣士が討ち取る。
この連係プレーを基本として、訓練を積んでもらった。
小隊長は常に城壁から身を乗り出すことになる短弓の射手のうちの1人が務め、短弓から熱湯への切り替え、槍の出番、剣士への合図などを出して指揮を執る。
ミンユーに務めてもらうのも、この小隊長だ。
城壁に立つミンユーは、遠目には淡々とその時に備えているように見える。
夕陽が身に着けている装甲の金属に反射して、時折きらめく。
短弓隊が着ける防具をスイランさんに相談して、出してもらったのは衛士の装甲だった。
ジーウォ城の治安を守っていた衛士たちは、人獣が現われた最初の晩に住民を避難誘導させながら、衛士長を含む多くが人獣の牙に倒れた。
新月の暗闇の中、自分がどうして死んでいくのか分からずに倒れた人ばかりであったに違いない。
100名を数えていた衛士で生き残ったのは、メイユイを含む13名だけ。衛士団は壊滅したと言ってよい。
現在、城内の治安は実質的には村長のフーチャオさんに委ねられ、メイユイを除く12名は宮城の警備に就いている。
治安の最高責任者である司空のミンリンさんに、衛士の装甲を使用する許可をもらいに行くと、とても切なそうな表情を浮かべて頷いてくれた。
亡くなった部下たちのことを思い出すのはツラいことだっただろう。それはメイユイも同様だった。
いつも明るくおバカに振る舞ってくれるメイユイも、心に大きな傷を負っている。
なんとか人獣の大波を押し返して、衛士たちの無念を晴らしたい。
俺の召喚前の出来事で、顔も知らない衛士たちだけど、ミンリンさんとメイユイが浮かべる悲痛な表情に、その想いが強く湧き上がる。
同じく幼馴染の仇を討ちたいと言ったクゥアイも装甲に身を包み、ミンユーの側で日没を待っている。
夕陽に照らされたクゥアイの銀髪が、美しく染められている。
皆が、夕陽に染まりながら、その時を静かに待っている。
皆、無事に帰って来てほしい――。